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続・修羅場


「良い話だった。とくに、最後の方で改心した司祭が親指立てながら溶解炉に沈んでいく場面とか、涙なしには語れぬな!!」


 全力で拍手し、感涙に咽びながら私はうんうん、と何度も何度も頷いた。


「そのような場面はございませんが」


 ちゃんと聞いていたのか、とリコリスに胡乱な目を向けられる。私は子供部屋にあるソファにゆったりと身を沈ませ、足を組み替えた。


「まこと、良い話である。悪しき薔薇の悪女の残虐非道は、太陽の王子の勇敢な行いによって終止符を打たれ、国が栄える英雄譚であろう」

「……」

「ははっ、良い顏だな。リコリス・コルヴィナス。そなたでもそのような顔をするのか」


 私の反応が予想外だったのか、美貌の夫人が嫌そうに顔を顰めた。彼女は私に対してあまり良い感情は持っていないはずだが、祖国で私が現在どのように扱われているかについて、少なからず胸を痛めてくれていたらしい。善良なことである。


「……貴方様の名誉を、死を侮辱したのですよ?」


 村や国を焼いたり滅ぼした件については冤罪ではないが、確かに父や兄と寝たなどというのは冤罪だな!まあ、少々刺激が強い気もするが、わかりやすいタブーを入れることで嫌悪感を抱かせる手はそう悪くはない。


 なるほど、アーサーは私が弟に裏切られ、祖国での名誉を汚されたことを知らずにいられるようにとでも願っていたのか。


「というか、そもそも私は16歳で死ななければ火刑台で死のうと思っていたのだ」

「……は?」

「20、いや、18歳くらいまでは王位についてもう少し国を安定させておきたかったが、どのみち私は魔女として死ぬつもりだったぞ」


 呪われて死ぬのは本当に予定外だったけれど、現在の国での私の扱いについて、概ね、予定通りである。


「私のような女が泰平の世を治められるものか。このような女はさっさと燃やして、あとは優しく愛ある者が王となり民を守るべきであろう」


 苛烈に生きて、最終的に火炙りになる。自業自得というものだ。


 そもそも、カールの才覚だけであの国を治められるとは、残念だが私は思わなかった。か弱く優しい心だけで出来ているような弟だ。何か劇的な事がなければ人心はついてこないし、王座への説得力がない。


 ので、王座をバトンタッチするために『よし、私が死のう!』と思いついたのである。


 カールにはその事は告げていないが、側近のヨナーリスには十歳のころからその未来を告げていて、そのための根回しもしていた。


「ふざ……けるな!」


 よしよし、ヨナーリスや側近がうまいことやって、私の悪行を広めてくれた良い結果であろう。優しいカールはきっと心を痛めているだろうが、可愛いお嫁さんもいるはずなのでその辺のケアは大丈夫なはずだ。王座についてさえしまえば、甘い事も言っていられなくなるし、がんばっているのだろう!


 うんうんと自分の死後も問題なさそうなので微笑んでいると、リコリスが激高した。


「ふざけるな……!わたくしの国を、家族を、友を焼いておいて……お前は何も手にする気がなかったというのか!!?わたくしたちを、多くを踏みにじっておきながら、お前は……!!」


 掴みかかり、その燃えるような感情を宿した青い目に私が写る。なぜ怒るのだろうか。私の前々世における行いの、リコリスは被害者である。私に全てを奪われて、今なお、私の代役なんぞさせられている身の上で、いったい何を怒るのか。


 ザマァ見ろと言うべきではないのか。自業自得と、かつてのアーサーのように私を詰ればいいものを、つくづくリコリス・ボルジアという女性は善良な生き物なのかもしれない。


「……何でもかんでも、ご自分の思い通りにいくと思わぬことです」


 ぐいっと、リコリスは私の腕を掴んで立たせた。リコリスは女性にしては背が高い。私は彼女の胸部が目線になるくらいの差があった。


 睨むようにじっと、リコリスは私を見つめ、そして貴婦人に相応しく優雅に一礼して見せた。ここが王宮で、舞踏会で、公爵夫人が目上の者に対して恭しく応じる手本のような姿。


 いや、これは臣下の礼だった。


「……リコリス?」

「――貴方様があまりに愚かで傲慢でどうしようもなく幼稚であらせられるので、わたくしはわたくしの名誉のために、いいですか、殿下。いいえ、イザベル・コルヴィナス。――わたくしは母として、あなたのその歪んだ性根を叩き直して差し上げます」


 よろしいですわね、と、既に確認と言うより確定事項で告げられ、私は一歩後ずさった。


「……え、なんで?お前、私のこと嫌いじゃないの?」

「ハッ」


 親切にする理由ある?と素直に問うと、リコリスは鼻で笑い飛ばしてきた。


「わたくしが小娘であればこのような思いは抱きません。しかしあなたが亡くなられてから流れた時間が、わたくしの少女時代を終わらせた。どうしようもなく、わたくしは、目の前に道を踏み外して突き進んでいる愚か者がいるのを黙って見ている悪意など、持てません」


 善意ではなくて、自分の矜持の問題なのだという。そう言われると、わかるような、わからないような微妙な心持だ。


 私は全く、何も間違っていないと思うのだが。


「ところでイザベル。赤子とその姿、どちらが今のあなたなのですか?」

「うん?あぁ、生まれ変わってるらしいので赤ん坊である。このおしゃれで素敵な黄金の指輪をちょいちょいっと使うとな、」

「なるほど、こちらですか」


 私が左手の薬指を見せると、リコリスはひょいっと黄金の指輪を取って、それをゴクン、と飲み込んだ。


「お、おぎゃあぁああああああーー!?」


 一瞬で私の姿は赤ん坊のものになる。落ちる前に受け止めたリコリスは、唖然とする私の顔を覗きこみながら微笑んだ。


「悪名高き薔薇として生涯を終えて構わぬとおっしゃるのなら、もうお忘れくださいませ。今後一切、あなたはイザベルとして生きます、そうします」




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