お前の死後の話をしてやろう
「……」
「…………こ、こんばんはー……は、はは……」
薄暗い室内に、向かい合って暫く。
あまりの沈黙に私は耐えられなくて、なんとか会話のきっかけにならないかと挨拶を口にしてみたが、リコリス・コルヴィナスは冷たい目を向けてくるばかりだ。
私は筋肉隆々の武人や、鬼のような形相の戦士などは全く恐ろしくないのだが、どうにもこう、冷静過ぎる女性には弱い。いっそ感情を振り乱し罵ってくれたりすれば楽なのだが……。
「……そ、そなた、は。その、私、じゃなくて……イザベルの……様子を見に来てくれたのであろう?う、うむ。見ての通り、これ、このように……すっかり良くなって、」
「お黙りなさい」
「……ハイ」
リコリスは手にタライとタオルを持っていた。イザベルが寝汗をかいているかもしれないからと用意したのだろう。日中はルシアやメイド三姉妹がいて、イザベルに対して後ろめたいことのあるリコリスは看病に関わっていないようだった。
「……ふっ……はは……!!はははははは!!」
私が大人しく黙り続けていると、リコリスが声を上げて笑い出した。
淑女にあるまじき大笑いである。大きく口を開け、目はやや……正気を失っているように、見える。自分が育てようと思っていた赤ん坊が、まさか因縁ある女だったなどと……普通に考えて、気がくるってもおかしくないだろう……
「あの、その……すまない……」
「ふははは……ははっ、これが、これが笑わずにいられるものですか!つまり、はは……あははは……あの方は、コルキス様は……!最も愛しい女が間近にいるというのにまるで気付かず、愚かな家族ごっこを続けているというのですか!」
そうだよ!
などと相槌を打てば睨まれるだろうから黙って、微動だにしない。
「何を企んでいるのです?あの方を、あの忌まわしき国に連れ戻すおつもりですか」
「……忌まわしき、とは。随分と無礼な口を利く」
私のことを何と言おうと構わないし、彼女にはその権利があるが、我が国を馬鹿にされては黙っていられない。私が口を開いて反論すると、リコリスは冷たく笑った。
「あら、御存知ないのですか。そうですか」
リコリスの口元に浮かんだ微笑は、あまり性質の良いものではなかった。自分の方が相手より優位に立てると思う女の勝利の笑みだった。私が僅かに顔を強張らせたのも、彼女の心を満足させたのだろう。
私はこの期に及んで、この第三の人生にてリコリスが自分の母親役になってくれればいいと考えていた。目の前の自尊心の高い女性は、ロゼリアの実母より「大分マシ」で、イザベルの時の私に対しての愛情というものが、白状すると私には心地よかった。母というものを、己は初めて持てるのではないか、慕えるのではないかという下心があった。
こうして面前に対して、イザベルの正体を知られてしまって、それはもはや叶わないのだと、それを惜しむ己がいた。それは身勝手な感情であるが、どうにも捨てがたい理想であった。
が、一度瞬きをして、私はその願望を捨て去る。
よし、殺すか。
惜しい女だったが、正体を知られ、そしてアーサーと異なり私の味方にはならんだろう。
母親役ならルシアがいるしな。
淑女教育や礼儀作法も、王族との繋がりが持てるのならなんとでもなる。
「アグドニグルへ、連れて行ってさしあげますわ」
気の毒だが仕方ないな、と私がリコリスの殺害方法を刺殺か絞殺か撲殺か考えていると、被害者になるだろう女は静かに告げた。
「取引しようと?」
「提案、です。今この場でわたくしを殺したところで、何か得られますか。わたくしはこの屋敷から逃げ出す準備が出来ています。それに乗じて、殿下を祖国へお連れすることもできます」
現状。リコリスを殺しても今の状況が維持できるだけ、ではある。赤子の私はここで育つ気満々だったが、どうも、どうやら、そうもいかないらしい。
……リコリスの口ぶりは私が国に帰ることを望む、理由があるという感じだ。
「私は別に、ここで新たな人生、新たな名で生きて構わんが?」
と、嘘をつく。リコリスは微笑んだ。
「気高き薔薇の剣帝亡き後、弟王がどのようにして国を治めたかおわかりになりますか?」
「十全に準備はしてあった。有能な忠臣、同盟国が弟を支え導いてくれたであろう」
元々私は、自分の死後にコルキスが国の戦力、忠臣になるとは計算にいれていなかった。ので、コルキスが他国に行ったとしても揺るがないように土台は作っていた。
私の時代で乱世は終わり、あとは争いのない国を治める。それはそれで問題もあるだろうが、ヨナーリスやゼラスという優秀な腹心がいればどうにでもなるはずだ。
私はリコリスの問いに自信を持って答えた。何も問題はない、と。
「弟王は、貴方の名誉を貶めて国を治めているのですよ」
アーサーが語らなかったことを、リコリスは語る。
吟遊詩人のように、美しい声で歌い始めた。
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アグドニグルの第一皇女は、幼い頃から男狂い。
黄金の寝台に宝石をばら撒き、酒や肉を浴びるように食らう。
常に騎士や軍人と行動を共にし褥に侍らせ、その体で実の父や兄をも誘惑した。
欲に塗れ、権力を欲し、女の身でありながら戦場に出て多くの人間を喜々として殺し、
貴族の財を己の物として無理矢理徴収し、湯水のように使い果たした。
王妃は娘の恥知らずな振る舞いに胸を痛め、自らの命と引き換えに娘を呪った。
夫を取られた女の妬みを包み隠した一矢は、醜い皇女の身を焦がした。
呪われた悪女はしぶとく毒をまき散らし、逆上しながら王宮にいる半数の人間を殺した。
血に染まる廻廊。次々と凶刃に倒れる家臣たち。
しかし!
幼く唯一、悪女の体におぼれずにすんだ賢き第三王子が忠臣の騎士と共に悪女を打ち倒した。
おぉ、偉大なる御方、暗き時代に終焉を齎し、我が国を照らす太陽の王子。
おぉ、勇敢なる御方、悪しき魔女を滅ぼし、我が国を繁栄に導く太陽の王。
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美しい声で静かに歌うその内容。
まさにまさしく、国をめちゃめちゃにした悪女を倒した王の、英雄譚だった。




