03
ゼロさんにポイ捨てされて光をくぐり、目を開けるときちんとした一室だった。
銀さんの執務室というか社長室は、綺麗に整っており装飾品までもある綺麗な個室で、ふかふかのソファー、つやのあるデスク、暖かいカーペット。装飾品も豪華すぎず、部屋事態も茶色やベージュ、黒が多いため落ち着いた雰囲気の部屋だ。
「ちょっと。大丈夫?」
リオが追いかけて床に転がるわたしを心配そうに見つめる。
いや、痛みでうめいてるんじゃなくて、絨毯が気持ちよくてですね。
「早く起きて。着替えるよ」
「着替える?なんで?」
「場に合わせるの」
リオはわたしを引っ張り上げ、別室の扉を開く。
長い廊下には等間隔で扉があって、リオはその中の一室に手をかけた。どれも同じ扉だし、立札もなにもないけど、リオはどれがどれかを覚えているのだろう。
「はい。どうぞ」
その部屋は洋服だらけの部屋だった。しかも女性ものばかり。
サイズも色も雰囲気も全部違って、リオがいつも来ているスーツみたいな、びしっとした服から、ゆったりとしたラフな服まである。これこそより取り見取りだ。銀さんが集めたのかとちょっと面白い。
「イーリスは小さいからなー」
「あ、でもね。すごい急成長中なの。銀さんは今までの栄養不足が解消されたからだろうって」
「確かに細いけどガリガリじゃないし、身長も少し伸びたか」
「リオの身長と比べると、まだまだだけどね」
リオは身長高いから。
「髪はあとでするとして、服の色をどうするかなー」
顎に手をあて、わたしの服を選ぶ。わたしをリオの後ろで、豊かな尻尾がゆらゆらするのを眺めていた。
「リオ、ズボンってどうしてるの?」
「尻尾のこと?ティナ持ちはね、所有した瞬間服がもらえるというか、装備されるというか…」
「尻尾の穴とか気にしなくていいってこと?」
「じゃないと普通の服を着たら、このふっとい穴が9個も開けないといけないんだよ。絶対着たくない。ゼロの上着と一緒で通り抜けてるというかすり抜けてるんだよ」
それはそうだ。
あの尻尾のふかふか具合だと、全部出そうと思ったらおしりまで見えちゃう。
「じゃあいろいろな服は着れないのかー」
「ゼロも言ってたと思うけどデザイン変更はできるよ。ただ、あたしはパンツだけにしてるし、ゼロも上着だけにしてる。
下も上もってすることはできるんだけど、それだけ薄くなるから、耐久性がなくなるんだよね。ゼロの上着なんてあの力で作ってるんだから、あたしのより相当強度あるし便利だよ」
確かにポケットとか便利すぎる。わたしもゼロさんの服、欲しいもん。
「それはいいとして、これはどう?」
リオはそう言って、白い服を取り出した。
暫くして、わたしたちはゼロさんと銀さんと集合。執務室から出ることになった。リオはそのまま仕事にいくということで、スーツに白衣を纏ってどこかへ行ってしまった。
ちなみにわたしは、緑色のワンピースを着用することにした。
リオがいない今だから言えるけど、見かけによらずとはこのこと。リオのセンスは壊滅的だった。
白に白に白、レースにレースにレース。同系統だらけ。
そう思ったら赤に緑に青。調和がなさすぎ。最後にボーダーに星に○。絵柄対決でしょうか。
結局自分で選んでこれにした。
自信満々のリオにはいえなくて、そことなく普段はどうしてるのかと聞いたら、スーツ以外は着るなと言われているらしい。なるほど。的確である。
「私も仕事だ。二人で好きにしていろ」
そう言った銀さんは、裏の世界と違って和装ではなく、ネクタイまでしっかりとしめたスーツ姿である。色は紺色でハンカチやピンまでした、完全に隙のない恰好だ。
対してゼロさんは、珍しくも白のジーンズと灰色のシャツ、その上に濃い赤色のロングジャケット姿。楽そうだし、なんというか、戦うかんじじゃない!
「ゼロさん、装備服は?翼大変じゃないの?」
「飛ぶことなんかねぇだろ。消しといた」
光が嫌いだからとサングラス姿は相変わらずだけど、それ以外はおしゃれにまとめている。いつもは真っ黒にしているから新鮮だ。
「何かあったら連絡しよう。イーリス、ゼロから離れるな」
「うん。またあとでね、銀さん」
こうして執務室から出ると広いホールにでて、それから先に玄関のような大きな扉がある。
ホールは主要なパーティーで使われたり、大きな行事をする時に利用するらしい。ちなみにこの執務室というかフロア全体が、銀さんの力を受けているらしいから、裏のルナティクスほどではないけど、常識とずれたことができるらしい。
「ホールとあいつの部屋以外にも、客間だとか休憩室も書斎もある。
この建物自体があいつの家で、裏のルナティクスとつながっている場所でもあるからな。下手なことをしたら何がおきるかわからねぇ」
そう楽しげにゼロさんは言った。
たぶんだけど、何か恐ろしいことがここで起こることもあるのだろう。
「で、あの扉が転移魔法陣。あれをくぐったら、完全ランダムでどこかの扉から出ることになる」
「なんで普通に外に出られるようにしなかったの?」
「見張られると面倒だろ。銀の見かけに騙されたファンは多いし、そうじゃなくても重要人物が出てくる可能性が高い扉なんだ。誰もほっといてくれねぇよ、そんな扉。
自然と混ざれて、来たことも去ったことも知られないようにしないと安全とはいえねぇな」
「なるほど…」
一応、普通の扉もあるようだが、それは銀さんの許可なしでは開かないそうだ。それは、直接ルナティクスのカジノとここを繋げる扉で、開けるとそのままカジノに出られる。緊急用だね、たぶん。
そう考えると仕組みを考えるのも大変だっただろう。
入り口もない建物を建てるわけにもいかないし、自由に誰でも入れるわけにもいかないし、出待ちされても困る。基本的には転移を使うほかなかったわけだ。
「というかゼロさん詳しいね。ここにどのくらいいたの?」
「ここって…ルナティクスにか?どのくらいっていうか…この街自体、俺と銀で考えて作ってんだよ」
「はい!??」
ななななななななんとぉ!??
「人間の誘惑も混乱も、依存性も堕落性も。どれもあいつが考えるわけねぇだろ?
あいつが考えたのは実質的に必要なものとか、魔力共有のシステムだけで、その他は俺の提案」
な、なるほど。そういう犯罪めいたところはゼロさんが考えたのか。
そうか……。
「納得」
「うるせぇよ」
ゼロさんはにやりと笑って、わたしの背中を押しやって扉の中に入った。
移動は意外なほどスムーズで、目を開けると海岸。ザザーンと特徴的な海の音と、柔らかな砂浜。夜のせいで海は暗い。どうやら少し街から離れた位置に出たようだ。
「ちょうどいいな。来い」
街の方へ行く前に、またも首根っこを鷲掴みにされてゼロさんはトンとジャンプした。
わたしたちは灯台の扉から出てきたらしい。そして灯台のルールをがっつり無視して、灯台の壁を登っていくゼロさん。ちょっとずつ足場ができてるのが、故意的にしか思えない。
「ほらよ。これがルナティクスだ」
そして頂上まで登り、街を見下ろす。
「ふ、ふぁぁぁぁぁああ」
そこは光の集合体だった。
煌びやかな光は色も違うし、大きさも違う。華やかで派手でも嫌味じゃない。夜を貫く光の渦は、夜の景色の中で一番美しい。息をのむほどに綺麗な夜景だった。
「夜の街なんざ腐るほどみてきたけどな。セントラルも王都も、この夜景には敵わねぇよ。なにせここは日の登らない街だ。夜景にはどこよりも手をかけてる」
「日が昇らない?太陽がないの?」
「ほとんど昇らない。特殊な場所でな。明るくなるのは3日に1回くらいじゃねぇか?」
特殊すぎる。
そしてゼロさん向きすぎる。
「ここで暮らせばいいじゃん!」
「無理。年中無休でがちゃがちゃしてる場所だぞ。うるさくてしょうがねぇし、敵も多い」
眉をひそめたゼロさんは、そのままわたしを抱え、灯台から飛び降りる。
なんともなしに着地して、ワンピースの裾を抑えるわたしに何かをすぽりとかぶせた。
紐で石をしばったネックレスだ。
「これゼロさんが作ったの!?」
「んなわけあるか。俺の魔力を込めた魔石を銀が加工したもんだよ。
俺は魔力があるからいつでもコイツで連絡できるが、お前はそうじゃねぇだろ?」
ゼロさんは耳のピアスを指して言った。
あれに魔力を込めることで登録している魔力の元へ連絡するのだ。登録する魔力も魔石に込めることで行うらしく、銀さんが連絡先として別に保管している。
わたしは魔力がないからそれができない。連絡がとれないのは、きっとこんな場所では問題なのだろう。
「こいつは俺へしか連絡できないが、俺の魔力で繋げることができる。お前の魔力消費はないから使えるはずだ。とりあえず持ってろ。なんかあったら呼べ」
「やってみてもいい!?」
「やらなくていいだろ」
「でもやり方わかんないよ!」
「持って考えればいい」
おーい。ゼロさーん。ゼロさんにつながれーい。
『くそばかがき』
「おお!聞こえる!」
そして石が淡く光っている。黒色に光るってなんか変だけどゼロさんっぽい。
『切るときはどっちかがそう考えればいい。つーことでじゃあな』
光が消え、ただの石になった。
小さな石なのにすごい力だ。
「どのくらいもつ?」
「5日は連続利用可能」
「それすごくない!?」
「ただし使い捨てだからな。普通なら元の吸魔石に戻るんだろうけど、俺の魔力は石事態を壊すんだよな、めんどくさいことに」
わたしは首から下げたそれを目立たないように服の中に入れて、先にすたすたと進んでいたゼロさんを追った。海岸に砂浜。ちょっと遊びたかったけど我慢しよう。
道のりはそんなに遠くなく、すぐにわたしたちはルナティクスの入り口にたどり着いた。
街には門番もいなければ警備さえされておらず、誰でもどうぞのオープン状態。
入り口の上に「ルナティクス」の看板が出ているだけで、身分証の確認も一切ない。こんなにスカスカでいいのか。いや、スカスカだからこそのルナティクスなんだろう。
道はもっとごちゃごちゃしているかと思えば、ものすごく広い。人はいっぱいいるのに、人ごみというほどの滞りがないほどに、だ。
それなのにわざとらしい細道や路地、光も届かない暗い所さえある。うん。これもルナティクスだからなのだろう。
「とりあえず何がしたい?」
ゼロさんはいつの間にか仕入れてきた串焼きを持ってきた。
最初から食にいくとはすばらしい。そして街で食べ歩きは禁止されていることも多いんだけど、ここは当たり前のようにOKである。
ちなみに串焼きは肉じゃなくて貝とか野菜が刺さっている。おいしい!
「え。なんで焼いてるだけじゃない!?おいしい!?塩だけじゃないぞ、これは………」
「おい聞け」
「はっ」
心の声が漏れまくっていたようだ。
「あ、えっと、何がしたいか?うーーーん…」
なんだろう。
食べたいし飲みたいし、作るところもみたいしカジノも行きたいし街も回ってみたいし…。
「そうだ!仕事探したい!」
「そっちかよ」
がっくりと項垂れるゼロさん。
それから後頭部をべしんと叩かれた。串、食べてなくてよかった。
「いいから今日は遊べ」
「だってお金ためないとゼロさんに依頼できないでしょ!シルクとウラガのこと!」
「あー、そんなこともあったなぁ」
あったなぁ、って…忘れてたんかい!
「ならてっとり早く、カジノにでも行くか」
「てっとり早くない。てっとり早くない。むしろ茨の道だよ!」
「俺、そういう運は悪くねぇんだよなぁ」
「わたしの話じゃないよね!?それ!?」
そう言いながらも結局行くことになった。
まぁルナティクスの中でも名所だし、一応リオの勤務先だし、お金もたまるし遊べるし。良いとこばっかなのかもしれない。
そしてその名所は、入るのにもお金が必要だった。
ゼロさんが二人分支払って、指輪や腕輪などのアクセサリーを選ばされた。これが何かと聞いたら、受付のおねえさんは優しく「魔力を奪うものです」と言った。
恐ろしい。
何でも魔法で不正を働いたり暴動や破壊行為を防ぐために、カジノ内では一切の魔力利用ができなくなるらしい。
それがこのアクセサリーのせいで、アガド牢獄と同じような素材で作られているようだ。魔力での支払もこれからするらしい。まぁ、わたしには関係ないんだけど!
そして中に入る。
無駄に大きな噴水に像にプールに音楽にダンスにお酒に料理にsdfじゃおsjdふぃあfh………。
もう何でもあった。何でもあるけど、何でもお金か魔力が必要だった。
カジノといえば賭け事での遊びのイメージが強いけど、服や食器、食べ物を売るところまであって、ここに来れば何でも揃うし何でも食べれるし何でも遊べる。
本当の意味で何でもできる場所だった。にぎやかな場所も静かな場所も、休める場所も楽しむ場所も全部全部ある。
そんな連合の誇るカジノの名前は「エデン」
楽園という意味なのだそうだ。ぴったりである。
「おめでとうございます。番号130番さま、赤枠大当たりです!」
楽園かー。
「おめでとうございます。番号130番さま、29番ピタリ賞です!」
怖いなー、楽園って。
「おめでとうございます。番号130番さま…、青の1番…不正してないですよね?」
「してない!!どうやってするのか教えてほしいくらいだよ!」
「ですよねー…」
今やっているゲームは、くるくると回るボールが、いっぱいある区切りの中におちてそこを当てるゲームだ。色は5色、赤・青・緑・黄・橙。魔法と一緒の色で、数字は1から30まである。色だけでも数字だけでもその両方でも、決めるのは何でもいいんだけど倍率が違う。
わたしは1ゴールドから始めた。ゼロさんから借りたのだ。
好きな色で赤を選び、倍率3倍で3ゴールドに。次は数字と3ゴールドをかけて倍率6倍で18ゴールド、そして数字と色で倍率10倍…。
その全額投資がずっと続き、ずっと成功して、わたしの周りはチップだらけになった。もういくら分になったのかもわからない。
「…お前俺が席外してる間にとんでもねぇことになってんじゃねぇか」
ゼロさんがグラス片手に声をかけてきた。
ありがたい助け舟。周りの妬ましい目がも一瞬で驚きに変わる。
だが、ディーラーは特別態度を変えず軽く会釈しただけだった。さすがは銀さんの選んだ人だ。
「いらっしゃいませ、闇の帝王様。ご利用ありがとうございます」
「構うな。俺もただの客の一人だ」
明らかに周りへの牽制だ。
わたしは傍から見たら戦力皆無のか弱い少女だし、この金額に目がくらんだことで起きる何かを防止したのだ。このディーラーさんも、ゼロさんも。
「……それよりゼロさん」
わたしは指さした。
「なに、その大きい人形」
ゼロさんの脇には抱えるほどの大きな人形が。手足を伸ばして不機嫌な表情をした白い猫のぬいぐるみ。精一杯険しい顔をしているのが、なぜか泣きそうな顔に見える。
「ゲームで捕った。いらねぇから返すっつったんだけど、商品だからってよ」
なにやっちゃってんの。
大きな猫の人形なんてがらじゃないでしょ。
「クガネにでもやっとけば喜ぶだろ」
そういって脇に抱えなおすゼロさん。不機嫌な表情の猫さんはなんだか無性に可愛く思えて、抱えられてる姿がなんだか自分と重なった。
「ゼロさん、それ欲しい」
「あ?お前こういうのが趣味かよ」
「なんか、仲間な感じする」
「仲間?」
受け取り、わたしの足から肩くらいの人形をすっぽりと包み込む。
よしよし。怖かったね。抱えられるってなんか怖いよね。だってゼロさんが放したら顔面から直撃だもんね。
「…不正は行っていないようですね」
ディーラーの男の人は悩ましげに頭を抱える。いつの間にか、席やわたし自身を調べていたらしい。
これがすべて確率だと考えたら頭が痛くなったんだろうけど…。でも、確率なんです。運なんです。実はじゃんけんだって負けたことないんです。
「申し訳ございませんが、当コーナーは一時休止をいたします。残念ながらお支払できるチップをすでに切らしておりますので」
「あ、はい。いいですよ。なんかごめんなさい」
わたしはチップを受け取り、それがシュンと消えたかと思ったら最初にもらった腕輪にチャージされている。手荷物がなくて楽だなー。
というか、本当にハイテクだな!ここ。
「力ずくで奪われるのを防ぐため、な」
「うんうん。わたしみたいなのには必要だよ。あんな量のチップを持ってたらしろべえをだっこできないし」
「…しろべえ?」
「この子の名前」
ねー、しろべえ。
「………………よし、飯食いに行くか」
「うん!」
ルナティクスという時に貴族でさえ来る場所。
そんなところで出される料理なんて……楽しみすぎる!




