04
朝だ。
小鳥が鳴いて、日差しがはいってふわりと暖かい。
「よう」
そこにはゼロさんがいた。
「ゼロさん!?ちょ、日差し日差し!!」
「あー。いいんだよ。ここのは太陽光じゃないから」
「いやいや、太陽だよ!ほら、空がばっと明るい!」
「…めんどくせ。もう銀に全部聞け」
…なんか見捨てられた気分。まぁいいや。確かに調子が悪そうなかんじには見えないし。
「で?どうだった?あいつを見た感想」
「あいつ?あ、クガネ?というか、クガネどこいったの?」
「じっとしてられない性質なんだよ、あいつ。どっか走ってるんだろ」
走ってるか。確かにそんなイメージがある。なんというか、すごいイヌってかんじだったし。
しかし……感想と聞かれると、なんと答えたらいいんだろう?驚きはしたけど怖くはないし、何と言ってももふもふだし。
よくわかんないから思うままに答えるとゼロさんは、「そうか」と頷く。
「あんなやつらばっかだからな、ここ。あいつに抵抗があったら暮らすのは無理だと思ったたが、そうでもねぇならよかった」
なるほど。心配してくれてたのか。
もっとひどいものも見てるし、抵抗なんて何もないや。
「それよりさ!ゼロさん、本とか読むんだね!楽器も!」
それ以外何もなかったけど。
この部屋もベッドとテーブルと机だけで、植物も置物も何もない。あ、お酒とたばこはあったか。
「本は知識をいれるためにな。楽器は俺に何ができて何ができないかを調べるため」
「ん?できるようになりたかったからじゃないの?」
「記憶がなくても、体で覚えたことはできるらしいからな。戦闘の技術も最初っからできたし、作ることは知識的にもティナ的にも始めから出来なかった。
他に何ができるか調べたかったんだよ。結果、何故か全部できた」
「……もしかして音楽家さんだったりするの?」
「それにしては戦闘能力ありすぎるけどな。大抵の武器は最初から扱えてたし」
料理と絵は、ティナの特性上無理だから諦めたのだそうだ。これで絵も料理もできてたら、それはそれでどうかと思うけど。
「後で銀がくるから準備しとけよ。当面の食材は下に置いといた。船で給仕やらされたなら自分でなんとかできるだろ?」
「うん。ゼロさんとルナはどうするの?」
「あいつはまだ帰ってこれねぇだろうな。俺は寝るからそこどけろ」
「あ、はい」
そういえばベッド占領したままだった。
「いつか聞かせてくれる?」
「あ?なにを」
「楽器だよ。楽器。アガドでもね、音楽はあったんだよ。好きだったんだー」
「どうせ、物ぶっ叩いてただけだろ」
うぐっ、なんでわかっちゃうんだよ。
音楽とはいえなかったかもしれないけどね。
わたしとウラガは、まぁ、ぶっ叩いてただけだったし。うん。
「持ってこい。デカイのはやめろよ」
「うん!!」
急いで楽器のしまってあった部屋へ走る。
小さな部屋に綺麗に並べられた楽器たちは、どれも少し古ぼけていて傷もついている。でも埃かぶったりはしていなくて、自然なかんじで暖かい雰囲気を醸し出していた。
「どれにしよっかな」
楽器はいろいろある。
叩くのと押すのと、これは吹くのかな?よくわからないのもある。
わたしはそのよくわからないものを持ち上げて戻った。大きいけど、思ったよりも重くない。
「これ!」
「……それ一番上にあっただろ」
「うん。登った」
細かい線がいっぱい入った、ゼロさんが言うには弦楽器というもので、リュードという楽器ならしい。ゼロさんの左手が弦を押さえ、右手が弾く。するとトロンと落ち着いた音が響いた。
「…まだ大丈夫そうだな」
一呼吸おくと、シャランと今度は高い音が流れる。
それからは目にも止まらない速さで動く指とかき鳴らす音。高い音も低い音も、大きな音も小さな音も、合わさって膨らむ音の洪水だった。
音だけじゃなくリズムにも変化が入り、力強く力強く響く。
楽しげに口元を緩めるゼロさんと、唖然として何も言えずに釘付けになったわたし。その演奏会は突如黒い翼に覆われて止まった。
「まずっ」
ゼロさんがいつの間にかわたしを抱えて飛んでいた。
「な、なんでやめちゃったの!嫌だよ!もっと聞きたかったのに!!」
「そうなるから」
「ふえ!?」
「悪魔の音楽は人間を堕落というか、誘惑というか、麻薬みたいな作用があるらしい。銀曰くな。まぁおかげでガキの頃はこれで稼げたんだけど」
音楽で生活してたんかいっ!!音楽家じゃないか!!
「その分じゃ無理そうだな。歌なんか聞いたら狂うんじゃねぇか?」
「うううう…」
聴きたい。すごく聞きたい。ゼロさんの歌なんかカッコいいに決まってる。でもこれを思うことがダメなのか。ダメというか誘導されてるのか。
「あとお前以外の音楽好きに聞かれちまった。逃げるぞ」
「え?何から?」
「うるせぇやつら」
その言葉を最後に、ゼロさんの最高速度での空中散歩が始まった。
失礼。散歩じゃない。こんなスピード感のある散歩なんて存在しない。せめてお願いだから真っ直ぐ飛んでほしい。
と思ったら急停止。
「静かにしてろ」
森の中だ。
大きな木の陰に隠れたわたしたちは、息を殺して気配を絶つ。とはいってもわたしは完全にされるがままなので、ゼロさんに全部任せていた。
「ゼロよ」
「あれはゼロの音だったわ」
「どこにいったの。どこに逃げたの」
「遊んでるのかしら。鬼ごっこはだいすきよ」
囁くような小さな声。でもその相手は見えない。
目に力をいれているわたしを見かねてか、ゼロさんが無言で指差す。その方向をみるとほんわりと小さな光があった。言われなきゃ気づかないくらいの、綿帽子のような光。
あれがどうしたと目で訴えると、もっとよく見ろと顎で指される。じーーーっと見つめると、ぼんやりと姿が見えた。
「ふぁ!!!!」
目の端でゼロさんが頭を抱えるのが見えた。




