02
ゼロの判断は早かった。一瞬で破壊の力を行使し、血の海から抜け出す。戦力外の3人は物のように放り出された。
「さっさと行け!!」
振り返る余裕さえなく、背を向けたままゼロは叫ぶ。
武器がなくとも、ゼロにはルナに劣らない魔力がある。弱っていたとしても遅れをとるほどではない。ただ、周りを気にするほどの余裕がないのも確かだった。
「熊!さっさと船をだせ!」
「馬鹿言うな!あの魔物と戦った後で出せるはずがな…」
「それなら全員ここで首を切って死ね!傀儡にされたら面倒だ!」
ゼロの言葉に息をのむシャーク。船でしか逃げられない、逃げられないなら死ね。それはここにいる3人と、遠い船にいる船員たち全員へ向けた言葉だった。
おそらくゼロは、自分が船を出さないなら船ごと全てを破壊する。敵を増やさないためという理由で。殺気だつ後ろ姿にそれが容易に想像できた。
「…わかった」
シャークにはそれしか言えない。言わなければ自分も他の皆も命はない。
それにゼロは不可能なことを強いたりはしない。あの船も、きっと動くのだ。
「ヤマト!力を貸せぃ!!」
「力仕事は無理だよ!絶対むり!」
「期待しとらん!お前は風魔法と器用なことくらいしかいいとこないわい!」
シャークは涙を浮かべながらゼロを睨む少女へ目を向けた。
「いくぞ、ありんこ。お前も手伝え」
「・・・・」
悔しくて悔しくて、何もできない自分を呪った。
なぜ魔法がきかないだけで、魔法が使えないのか。なぜ助けられてばかりで守られてばかりで
それでも変わることができないんだろうか。
イーリスの唇から血が伝った。動かなければならないのに、動けない。
「おい、ガキ。泣くな」
ゼロは闇を切り裂くように、口の端をつり上げた。
「迎えに行ってやるっつってんだろ。楽しみに待ってろよ」
それを最後にイーリスの視界は閉ざされた。強烈に首を撃たれたのを最後に。
シャークはゼロの行為に何も言わずに、ひたすら背を向けて走り出す。その後ろをヤマトが続き、やがて戦闘音が響いた。
「それで、どうするよお?船長さん。船が動かないと話にならねぇぜ?」
「動くと信じるしかねぇ。それにあのヘビイカとやりあってる時にワシの船を呼んどる。倅がくれば最速最強の船で、逃げるも戦うも自由じゃ。とりあえずはあの金持ちどもと怪我人を岸に送ってやらなならんがの」
戦闘音は激しさを増し、大地が削れ木々が吹き飛ぶ。誰も言いはしないもののわかっていた。
ゼロは戦える状態ではない。
使えないと言い切った船員たちや護衛たちを指揮し、自分は目に徹するまでに。その方が”面倒”なのに。
しかし、ティナに呑まれた上で理性があるルナ。つまり制御されたティナ堕ちであり、ティナの力を最大限使える人間ともいえる。そんな彼女の相手が、自分たちにできるわけがなかった。満身創痍であろうがなかろうが、変わらない。
ティナの力を最大限制御した人間であるゼロしか、彼女の相手ができる者はいないのだ。
「わかってはいるが。歯がゆくてかなわんの」
シャークのつぶやきは爆音でかき消され、誰の耳にも届かなかった。




