「最低だ。全部全部最低だ」
何のための口だ。何のための言葉だ。必要なことを告げられないのならこの声に意味はなかった。どれだけ傷ついても苦しんでも、向き合うべきだったのだ。だって私たちなら解決出来たはずだった。意味が無くなって初めて言葉の重要性を知る。
「私はどっちも選んで欲しかった」
だから、もう手遅れでも話そう。終わる夏に思いを馳せるように、あの日思っていた事を言葉にしよう。私たちに出来る事はもうそれくらいしか残っていないのだから。
「あおいが仕事をしている所を見るのが好きだった。私の知らないあおいになってしまうんじゃないかって不安になったけど、それでもテレビや雑誌、媒体の向こう側で見るあおいはキラキラ輝いてた」
まるで夜空に咲く花々のように仕事をしている君はキラキラ輝いていた。太陽のようだった。
「でも、あおいの事が好きだったから。俳優になる前からずっと、ただの月代あおいの時から好きだったから一緒にいたかったの」
しかし、君の人生は太陽のように晴れやかなものではなかったと私はずっと知っている。辛いことも悲しいことも全部共有してきた。
「私だって両方手に入れたかった」
言い終わると同時に空に一際大きな青色の花が咲いて私の頬に涙が伝った。全部欲しいだなんて強欲だろうか。好きな人と好きな仕事、両方手に入れるのは出来なかったのだろうか。それは許されない事だったのだろうか。祝福されないものだったのか。何かを得るために何かを失わなければいけないのが人間なら、人間なんて辞めてやりたかった。互いの幸せと自分の幸せが同じであったはずなのに、一瞬のすれ違いで全ては崩れた。描いた未来も、幸せな終末計画も、もう何一つ叶わない。手に入れたかった全てを落としてしまった。
「もっと話せばよかったんだ僕たち」
君の指が私の涙を掬った。それでも止めどなく溢れてくるから、泣いてばかりだと自嘲的な笑いが込み上げてしまった。
「当たり前に傍にいたから。言葉の重要性を忘れていたんだ。冷静になって各々の伝えたかったことを言葉にしていたなら、こんな風にはならなかった」
答えは簡単だった。しかし、この正解を手に入れるために大切な物を失くし過ぎた。時間をかけ過ぎた。
「ねぇ」
歪む視界で光に照らされた君を見た。君は泣く寸前の子供みたいに唇を震わせていた。
「コンテンツにされた僕はどうだった?」
死ぬ前にスクランブル交差点で見た光景だ。大々的に貼られたポスター、何も知らぬコメンテーターが話す君の印象。彼の人生は太陽のようだったと言った。そんな訳がないと、正午過ぎ白藍の空に浮かぶ月を見て思った。美談なわけがない。人の死が美しいと言うのなら、彼らは事故で亡くなった一般人の死を美しいと言うだろうか。世間はいつだって他人の悲劇が好物だ。一瞬で忘れ去ってしまうくせに。
「最低だった」
何も言えずその前でしかめっ面をした自分も、君を物にした人たちも、忘れ去った時間すらも。全てが全て最低だった。
「そっか」
君は何も言わず私を抱きしめた。帽子が膝の上に落ちてフィナーレを教えるように大量の花が咲き乱れた。それを目に焼き付けるように見続けた。両目をこれでもかというくらい開いて溢れる涙が君の肩を濡らしても尚、この一瞬を逃してはいけないと思った。
「綺麗だよ」
「うん」
「連れてきてくれてありがとう」
「うん」
「一緒にいてくれてありがとう」
「うん」
「好きでいてくれてありがとう」
「…うん」
光がゆっくり、海へ落ちていく。やがて空を照らすものは月明かり以外存在しなくなった。
もう少しだけでいい。後少しだけでいいから、このままでいさせてほしい。この温もりを奪わないで欲しい。この夢が終わる瞬間まで、一緒にいさせてほしい。帰る事も、共に朽ちる事も選びたくない。それでも選ばなくてはいけない。人生には選ばなければならない瞬間が存在する。この先の未来を百八十度変えてしまうような選択を迫られる事が必ずあるのだ。君が選ぶのではない、私が決めて私が選ばなくてはならない。
この数日間を思い返す。答えはもう、決まっていた。
「あおい、あのね」




