「欲しがったのはただの幸せだった」
ふと、横を盗み見れば光に照らされた横顔は微笑みを浮かべ眉を下げていた。瞳は輝いているのに、希望の色とは違っていた。この光景を懐かしんで戻れぬ時に思いを馳せていた。今にも消えてしまいそうな儚さに、私は握っていた手に力を入れた。行かないでくれなんて傲慢だ。私がこの世界を作り出しているのなら、君はそれに付き合わされているのだからいつ消えてしまってもおかしくはない。戻る手段を持った私と、戻れない君。この一瞬さえもその違いに気付かされる。
手を握り返してきた君は、空を見上げたまま、綺麗だと呟いた。それに返事をするように肩に頭を乗せた。水面にはまだ花が揺らめいている。
「付き合ってから初めての夏、よるはこの花火を見ながらスケッチをしてた」
叔父が見せた花火の絵だ。コンクールで賞を取って、初めて多くの人に絵を評価された。夢を叶えるための、最初の一歩だった。
「僕はその時、花火に照らされたよるの絵だけを見てた。鉛筆が線を増やす度真っ白だった紙に息が吹き込まれていく。僕はその瞬間が、花火よりも何よりも大好きだった」
爆音を鳴らし一際大きな花が咲いた。連続して小さな花火がシャワーのように降り注ぐ。
「月並みの言葉かもしれないけどさ、小さい頃からよるの手には神様が宿っている気がしたんだ。よるが描く絵は他の人とは違う、よるが作る物語は生きている。ただの絵本じゃなくて、紙の上で息をしている気がした」
初めて聞いた言葉だった。君は私の絵を好きだと言ってはいたが、こんな風に言ってくれた事はなかった。
「幼馴染だから彼女だからとか、そんな理由じゃなくて。僕はずっと隣で、神様の作る物語を見ている気分だった。羨ましかった。僕にはそんな特技有りはしなかったからね」
「でもあおいは人気俳優になったよ」
世間を虜にするほどの演技力を持ち合わせた人になった。私の知っている月代あおいではなく、俳優の月代あおいというもう一つの側面を持ちその才能を遺憾なく発揮した。
「そう。だから嬉しかったんだよね。羨ましいなんて感情も抱かないくらい、よるにとっての絵であるように僕にとっての特別が見つかったのが。だから頑張ろうと思った。よるの事が好きなのと同じくらい演じる事は僕の一部になった」
パチパチパチと拍手のような音を立て小さな花火が連続して咲き、数秒後大きな紫色の花が咲いた。
「僕はさ、両方手に入れたかったんだ。小さい頃から好きだった女の子との幸せな未来と自分が心から楽しいと思える仕事。よると結ばれて俳優業を出来たらそれが一番だった」
「私も同じ事思ってた」
「でもそれが天秤にかけられるとは思わなかったんだよね。よるを選ぶか仕事を選ぶか、どうすればいいのか分からなくなった。でもよるが出ていった時、仕事を入れず一緒にこの町に帰ればよかったんだって凄い後悔した」
「…そうだね」
もっと話せばよかった。会えなくなってから言いたかった事が腐るほどある事に気付いた。生きている内に伝えられていたのなら、二人で死ぬ事もなかったはずだ。あの時飛び出す事も、君が死ぬ事もなかったはずだ。




