「命のように一瞬で人生のように鮮やかだった」
「よし、着替えよう」
寝室に戻ってクローゼットの扉を全開にし、君は手を叩いた。そして真っ白なワンピースを手に取って私に押し付けてきた。それは見えない所に入れて避けたワンピースだった。シンプルだが上質なレースのワンピースは君が一番好きだと言ってくれた服装だった。当時の私はこれを繰り返し着ていた。胸元のボタンを開いて腰のリボンを解く。
君は空色の半袖シャツに七分丈の白いズボンを手に取っていた。雑誌の中で見ていた君が一生着ないであろう格好だった。しかし、私にはとても馴染みが深かった。
「花火、見たいでしょ?」
「うん」
夏の終わりだ。夏休みの終わりは必ず空に花が咲いた。海を反射させて煌めく光が帰りの寂しさを思い出させる最後の夜だ。懐かしさにはにかんで服の袖に腕を通した。君はいつの間に部屋から出ていた。脱ぎ捨てた服が床に転がっていて、変わらない事に気付きまた笑みが浮かんだ。
胸元のボタンを閉め腰のリボンを締める。乱れた髪を手櫛で整え鏡の前に立った。帽子を手に取って被り一度回ってみた。久し振りに着たワンピースは私の身体にフィットしていた。
「うん」
一人で納得してみる。変わってしまった所はあるが、まだ似合っているようで良かったと安堵した。鏡に映っている私はあの頃のままで懐かしさが込み上げてきてまた微笑んでしまった。懐かしさが笑みを浮かべる理由になるとは思いもしなかった。私が思っていたよりも、思い出は優しく温かいものであったからだろう。
寝室を出て廊下を歩く。風鈴が鳴って夜風が鼻を燻った。向日葵はまだ咲き誇っている。完全に夜の帳が落ちてしまう前に君の背を探した。歩く度に軋む床も古びた匂いも全てが愛おしい。居間に空色の背中を見つけてまたにやけてしまう。ああ、思い出は捨て去るようなものではなかった。思い出してから君がずっと愛おしく感じる。前よりずっと眩しく見える。終わりがもう目に見えているからなのかもしれない。
「あおい」
その名を呼んだ。振り返った君は少し目を見開いた後目を細め口角を上げた。
「やっぱりその服だよ」
「久しく着てなかった」
「よるは明るい色が似合うからね」
よるなんて名前を付けられたのに明るい色が似合うとは面白い矛盾だ。玄関に足を運びサンダルを履く。引き戸が音を立てて開かれ、消え入りそうな蝉時雨が耳に届いた。
「行こう」
手を繋いで坂道を下っていく。目指すは堤防だ。灯台とは反対の方向にある堤防は人が少なく花火を見るには絶好の穴場だった。毎年と言っていいほどそこで花火を見ていた。ここには人がいないから、どこで見たって変わらないのに私たちの足は自然とそこに向かっていた。坂道を下って横断歩道を渡りバス停の進行方向である方へ歩き始める。細い月が空に浮かんでかもめが飛んでいた。歩き続けて前方に堤防が見えた時には完全に夜になってしまった。そして、ヒュルルと音が聞こえた。
「あ」
次の瞬間心臓が止まりそうなくらい大きな音が鳴って空に花が咲いた。驚いて足が止まってしまう。着く前に花火が始まってしまった。君と顔を合わせて走り始める。どうせなら一番綺麗な場所で見たいのだ。私たちが走っている間、空には何度も花が咲いた。視界を眩ますほどの光が目に入って足を取られそうになる。何とか辿り着いた堤防で息を整えながらその場に座る。足を投げ出して帽子のつばを上げた。
爆音を鳴らし咲いた花は海上を明るく照らし道を作った。赤い花が海上を揺らめき消えかけたと同時に、流星群のような火花が散っていく。色を変え、青、黄、紫に桃、様々な花が咲いていく。それをただ眺めていた。
人の命のようだった。ヒュルヒュルと音を立て空に上がり咲くと同時に散っていく。水面はそれを映して消える。生まれてから死ぬまでを一瞬に詰め込んだようだった。咲いた瞬間は人生の最高潮を表すなら、消える光は終わる命、散っていく灰は思い出を表しているようだった。今まで見た花火の中で一番綺麗な気がした。それは間違いなく、君と見る最後の花火だからなのだろう。




