「ウルトラマリンは君の色みたいだ」
海沿いを歩いて十分弱。浜辺から少し高い岩山に建てられた眩しいくらい白い灯台が目に入った。傾斜になっている道を進み潮風により錆びてしまった門の隙間に身体を捩じ込もうとするが挟まりそうで断念する。子供の頃はここから入れたが大人になった今では難しいようだ。
門は私の身長と同じくらいの高さだった。君は角に足を引っ掛けて軽々登っていく。ジャンプをして向こう側に降りた。手招きをする君に呆れてワンピースの裾をたくし上げ片側で結んだ。サンダルを脱いで君に向かって飛ばす。キャッチした君は両手を広げて私を待つ姿勢を作ってしまったから、もう行くしかなくて上がらない足を懸命に伸ばし門を登る。炎天下の中に晒されていた門は熱を帯びていた。熱さに手を離しそうになるが足早に四肢を動かす。一番上まで辿り着いた時、腰を下ろし両足を反対側に投げ出した。出来ることならこのまま地面に足をつけたい所だが満面の笑みを浮かべて君が手を広げているから諦めてその胸に飛び込んだ。勢いよく飛びついたが、君は一瞬よろめいただけで私を抱きとめる。そして地面の上、揃えて置かれたサンダルの上に私の両足を下ろした。
「ありがとう」
「どういたしまして」
足首の留め具をつけ、ずれてしまった帽子を元に戻し前を向いた。広い土地の中にポツンと佇む灯台を見てため息を吐いたのは言うまでもないだろう。私はここに来たくなかった。
「憂鬱そうだね」
「気づいてるなら連れて来ないでよ」
最後にここに来たのは夜だった。灯りのない道で君の手だけを頼りに辿り着いたこの場所で、私は怖い話を聞いた。海で亡くなった人の幽霊がここに出るといった、よくある話であったが当時の私には怖くて仕方がなかった。夜が嫌いだったのだ。真っ暗で照らすものもない夜が。暗闇の中君が話した子供騙しに怯えていたら、どこからか物音がして泣き出したのを覚えている。おかげで、灯台はトラウマになりこの町に来てもそこには近づかなかった。
大人になった私は幽霊を信じなくなった。脅かされたりするのは苦手であるが、目に見えない何かを信じる純真はどこかに捨ててしまった。結局、世の中目に見えるものが全てだと気づいてしまったからである。だから、怖くはない。今だって自分が幽霊みたいなものだ。しかし、子供の頃に植え付けられたトラウマは歳を取っても消えないものだ。現に先程から私は辺りを見渡し過ぎている。右、左、たまに後ろをチラチラ見て自分たち以外の存在がいないのを何度も確認している。そんな私の様子がおかしかったのか君は腹を抱えて込み上げる笑いを我慢していた。大変腹が立ったので横腹に肘鉄をして置いて行ってしまおうと考えたが、何か出た時一人でいるのは嫌なのでその選択肢を頭から消した。
鎖付きの南京錠がかけられた扉はいとも容易く開けられた。どこもかしこも警備が緩すぎる。当時忍び込んだ時もこうやって簡単に扉が開いた。使われてはいたものの使用頻度が減ってきてお飾りになっていた印象が強い。時代が移り変わっていく中で置いていかれた産物なのだろう。
重々しい扉を開ければギィッと嫌な音がして円形のスペースが顔を出す。螺旋階段の始まりが目に入って、上を見ればどこまで続くか分からない階段の先が見える。
「本当に登るの?これ」
「登るよ。いけるってこれくらい」
「私とあおいの体力を一緒にしないでくれない?」
扉の下の隙間に足でストッパーを入れた君が上を指差す。一体上り切るまでどのくらいかかるか分からない。当時のように駆け上がる体力もない。私の手を引いて階段を上り始める君に、昨日と同じじゃないかと小さな声で文句を言う。昨日もこれで神社の階段を登らされた。ただでさえ坂道が多い町なのに、何かと上ってばかりだ。
螺旋階段は好きじゃなかった。グルグル回って目眩がする。壁に等間隔で開いている小さな窓から見える景色は真っ青な海で、パラパラ漫画のように少しずつ情景が進んでいく。少しずつ上昇して、反対側になると木々しか見えなかった景色から町が見え始めた。移り変わる景色の中で、途切れる事のない階段に息が荒くなっていく。上を見ればいつまで続くのか分からず目がおかしくなりそうなので窓の外を眺め続けた。
やがて海が遠くに見え始め、随分と高い所まで上ってきた事を自覚する。先程までキラキラと水面を反射させていた太陽は雲に隠れ始めていた。
階段の終わりが見えて君が扉を押し開ける。風が顔に吹いてきて帽子が飛びそうになり君の背に頭を押し付けて耐えた。そのまま外に出て目を開ければ手すりの先、雲間から覗いた太陽の光が海に差し込んで幻想的な景色を目にすることが出来た。
「綺麗…」
「凄いね」
帽子を脱いで両腕で抱える。吹き荒れる風に髪が攫われていく。天気が悪くなった事で鮮やかなウルトラマリンの海はコバルトブルーへと色を変えていた。それすらも美しく、ここから飛び降りたら飲み込まれてしまいそうだった。




