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夏に空想、ただ君を描く  作者: 優衣羽
生きるとは、この世で一番稀なことだ。大抵の人は、ただ存在しているだけである。
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「十年越しの恋は、ここでようやく形を成した」


「それでさ僕東京来たんだけど」


 私の肩を掴んで引き剝がした君と目が合う。真剣な表情が三年前と重なった。


「返事教えてよ」


 今日はついていない一日だった。エアコンは壊れコンビニで読んだ雑誌には知らない話が書かれていて手に取ったアイスは美味しそうもなく、帰ってきたら君がいてぶつかり合って終わりを覚悟した。しかし、それら全てわひっくり返してしまうほど、この言葉には幸福が詰められていた。


 君と出会ってから十年、幾度となく言葉を交わしてきた。しかし、一度も口にしなかった言葉がある。心の奥底、大切に仕舞われていた一言は歳月を重ねようやく発する許可を得た。


 私は笑った。三年前よりもずっと感情を込めて。私は今日という日を忘れはしない、今まで生きてきた中で一番幸せな日になるからだ。


「大好きだよ、あおい」


 言葉と共に再び勢いよく胸に飛び込む。今度は君が耐えきれず床に倒れてしまった。鈍い音を立て床に転がった君の上に乗るようになってしまった私は、思わず身体を起こそうとする。しかし、それは背に回された君の手で止められてしまった。


「ちょっと大丈夫?」


 頭が胸の上に押さえつけられる。耳を当てれば鼓動が驚くほど早く鳴り響いている。身体を震わせ、突然大きな声で笑い始めた君に驚き顔を上げた。


「変な所打った?」


「あはははは!!」


「やばくない?ちょっとあおい」


 焦る私とは裏腹に君は笑い続けていた。そして私の頭に添えていた手を高く上げた。


「やったー!!!」


「は?」


「やっと叶った!!長かったあー」


 両手を床に広げた君は目を瞑って微笑んでいる。私は腕を立て君の上で馬乗りになった。


「怖いんだけど」


「感慨深くて。十年だよ?十年。よるに恋して十年も頑張ってきたんだ。それがやっと今日報われた」


 今日死ぬかもと言葉を続けた君に、それはやめようと返事を返す。再び笑い始めた君を見て私も釣られてしまった。君が手を伸ばしてきたからその手に従い胸に顔を埋めた。笑い声が振動になり身体を揺らす。抱きしめられた腕には力が込められていた。


 私も君も単純で馬鹿みたいだ。先程までの険悪な雰囲気は消え去り、六畳半のワンルームに私たちの笑い声が響く幸せな空間に変化していた。


 君に想われて十年、約束をしてから三年。ついにこの関係性に名前が付く日が訪れた。幸せとは今日みたいな日のことを言うのだろう。笑いが絶えない夜は暑さすらも吹き飛ばした。


 ひとしきり笑い合った後、君は身体を起こしビニール袋を手に取った。


「そういえばアイス買ったんだ。よるが好きなソーダアイス」


「私もアイス買った。何味か分からないやつ」


「何それ、何でそんなの買ったの?」


「怒りに任せて」


 見慣れたソーダアイスのパッケージを手に取った君が固まる。不思議に思い肩口から除けば、固形のはずだったアイスの袋の中に液体が溜まっていた。


「あ…」


「溶けてるんだけど」


 急いでもう一つのビニール袋を手に取り中を確認すれば、パッションピンクの液体が袋の中に零れていた。


「あああああ」


「落ち着いてよる、多分まだ間に合うはずだ。今から冷凍庫に入れれば何とか。てかずっと思ってたけどこの部屋暑いね」


「エアコン壊れたの!うわああこんなはずじゃなかった!!」


 カップアイスはまだ間に合うだろうが、ソーダアイスはもう元には戻らないだろう。半分に折る事は出来なくなっているに違いない。涼を求めにわざわざコンビニまで歩いたのに、喧嘩している間に溶けてしまったとは。


「最悪だ、あおいのせいだ」


「僕のせいなの?よるのせいでもあるよ!?」


 罪を擦り付けて形状の変わってしまった二つのアイスを持ち台所へと向かう。完全に液状化したソーダアイスを上から触ってもう元には戻らない事を知り嘆きながら封を切って流し場に流した。


「もったいない!」


「じゃああおい戻せるの?戻せないでしょ!」


 続けてカップアイス蓋を開ければこちらも液状化しており流すことを決めた。冷凍庫に入れればまだ間に合うだろうが、思いの外ショッキングピンクの色が酷かったのと、パッケージに書かれていた『西瓜とマンゴー常夏フレーバー』という文字に惹かれなかったからだ。


 流し終え手を洗いゴミをまとめれば君は何故か財布を手に取り靴を履いていた。


「何してるの?」


「仲直りと付き合った記念。アイス買いに行こう」


 差し伸べられた手に思わず呆れてしまう。しかし、その手を取らない選択肢はなかった。


「とんだ無駄遣い」


 文句を言いながらも再び玄関を開けた私の表情は晴れやかだった。


 コンビニに向かうまでの道で、先程の件に関して質問攻めにあったので、しつこい人間は嫌いと言えば一瞬で静かになり思わず噴き出した。君以外の手を取る選択肢は存在しなかったと言えば調子に乗るだろうから、今はまだ口にするのをやめようと繋いだ手を握りながら思った。


 そんな、夏の終わりだった。

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