第81話 フリード、ペットを飼う
オレたちは夜になっても歩き続け、何とか日が変わる前に王都に帰りつくことができた。
「何とか帰り着いたな。流石にエミリアたちは寝ているか?」
「疲れたしお腹空いた〜」
もう真夜中と言ってもいい時間帯だ。明かりのついている建物も少ない。
ギルドホームも例に漏れず明かりは消えていた。起こしてしまわないようにそっと入ることにしよう。
「よし、静かに頼むぞ」
「私、何か食べたいな」
「夜でもやってる食堂を知っている。キッチンを使ったら起こしそうだし、今夜は外で食べようか」
「……生首は置いて行った方が良くないか?」
デットの言う通りだな。オレは机の上に亡者の生首を置く。生首はまだこちらを睨みつけ、口をパクパク動かしている。
「気を付けて行ってらっしゃいって言ってるな」
「絶対言ってない!」
とにかくまずは腹ごしらえだ。再び玄関を通り食事に向かうことにした。
*
「ふう、満腹だ!」
「フリードさん、美味しかったね!」
「ああ、春とはいえ夜はまだ肌寒いからな。煮込み料理は体に染みるだろう?」
硬い牛すじ肉を、赤ワインでトロトロになるまで煮込んだ料理は、フラウの口にも合ったようで良かった。
やや遅めの食事の余韻に浸りながら、再びギルドホームに戻ってきた。
「きゃあぁぁぁっ!?」
「な!? エミリアの声だ!」
玄関を勢いよく開け、中に飛び込む。机の傍でエミリアが腰を抜かしていた。
「ご、御主人様!? どうしてここに!?」
「早く仕事が終わったんだ。それより、何があった?」
「し、死体が机の上に……!」
「……あ」
机の上では、オレの持って帰ってきたお土産が顎を動かしていた。
*
オレは、椅子に着席しエミリアに説教されていた。
机の上、オレの目の前には生首が置かれ、エミリアの方を睨みつけている。
「もう、心臓が止まるかと思いましたよ! なんで死体なんて持って帰ってくるんですか!」
「……お土産だと言ったらどうする?」
「捨てます!」
残酷な話だ。少しでも喜んで貰おうと思ったのに。
「わかった。オレが責任をもって飼うとする」
「え……? 飼うんですか? 少女の首ですよ? 異常性癖ですか?」
エミリアはドン引きだ。あくまで資料だというのに、ひどい言い草だ。
「変な言い方をするな。姿の見えない敵の魔法を解析する手掛かりになると考えているだけで、あくまで資料だ。それに、散歩も食事もいらない手軽さがオレの心に響いた」
「響いてほしくなかったです……」
エミリアはしぶしぶといった感じだが、オレの行動を止めることはしないようだ。
「よし、大事に保管をするとしよう。エミリア、植木鉢は余ってないか?」
「植木鉢に入れるんですか? 死者への冒涜ですよ」
「冒涜は1つも2つも変わらん。安心しろ、研究が終わればちゃんと弔う」
エミリアは植木鉢を持ってきてくれた。上げ底をして首をセットする。
「何というか、まるでサボテンだな、これは」
「……怖いからフリードの部屋に置いといてね」
「はいはい、わかったわかった」
ロゼリカに冷たい目で見られたため、部屋で保管するとしよう。夏場は大丈夫だろうか。
「お兄様、帰ってきたんですか!」
部屋に行こうとしたところで、2階からステラが下りてきた。深夜だが、エミリアが絶叫したので目が覚めたのだろう。
「あ! お兄様、それなんですか?」
しまった、見られてしまった。エミリアたちはともかく、妹にまで変態だと思われてはまずいな。兄は常に高みにいる目標でなければいけないというのに、これがばれれば評価は最底辺に急行落下だ。
オレは植木鉢を背中に隠す。
「何でもない、気にするな」
「今のは生首……?」
……ばっちり見られているではないか。終わったな、兄の威厳。
「……あくまで研究資料だ。死体を操る魔法で動かされている、哀れな少女だ。そしてオレは異常性癖者と勘違いされた哀れな天才だ」
「わあ、可愛いです! これが魔獣ってやつですか? 学園で学びました!」
ステラは目を輝かせている。どうやらオレの評価が下がることはなかったが、逆にオレはステラのことが心配になった。
「魔獣ではないのは確かだ。噛みつかれると危険だから触るなよ。オレの部屋で保管する」
「お兄様だけずるいです!」
「ステラ、今度ペットを飼ってやろう。普通の奴をな。……今日はもう寝なさい」
「ほ、本当ですか、お兄様! おやすみなさい!」
生首を飼っているなんて言ったら学園でいじめられる。オレはステラと約束し、今度こそ部屋へ戻ることにした。
「はあ、疲れたな……」
机の上に生首を置くとベッドに飛び込む。精神的、肉体的に疲れていたオレはすぐに夢の中へと落ちていった。
*
第1ギルド『王家の盾』ギルドホーム。
真夜中だというのに、執務室では相変わらず忙しそうにセシリアが書類に目を通していた。
「シェレミーの報告。奪われた竜の体。そして、死体を操る魔法、ただ事ではありませんね」
ぽつりと独り言をつぶやく。当然聞く者は誰もいない。
そうしていると、扉をノックする音が聞こえた。セシリアは答えると、部屋の中にシャオフーが入ってくる。
「シャオフー、夜分遅くに呼び立てて済みません」
「いえいえ、セシリア様の為ならいつでも現れますニャ! それで、話ってニャンですか?」
執務机に近づくシャオフーに、セシリアは1枚の紙を見せた。
「第3位ギルド『ユグドラシル』の報告書です。中身は、死体を操る魔法使いがいる、という事のようです」
「へえ、珍しい魔法ですニャー。でも、そう驚異的だとは思いませんニャ!」
「人間だけであればそうでしょう。しかし、もし人間以外……例えば魔獣や、竜も操ることが出来るとすれば……?」
「……! 先代ギルドマスターの『未来視』で見えた、竜の復活……」
シャオフーは少し真面目な顔つきになる。
「『未来視』は、その人が将来見る風景を覗くことができる魔法です。私の未来には、竜の復活は見えていたようですが結末までは映っていなかったようです」
「……未来が分かっているのであれば、変えることはできないですかかニャ?」
「それが理想ですが、どこまで変えられるかわかりません。先代も、大きくは変わらないと言っていました」
セシリアはふぅ、と大きく息を吐く。
「話は分かりましたニャ。それで、私は何をすれば?」
「私たちにできること、それは準備です。まずは魔法がどれだけの影響力があるかを調べましょう。国内で、操られた人間以外の死体は無いかを調べてください。私も『巡礼』の依頼をしましょう」
「死体を操る魔法が、竜を復活し得るかを調べるのですね、わかりましたニャ! 部下を総動員しますニャ!」
シャオフーはビシッと敬礼すると、執務室を後にした。
部屋の中にはセシリアだけが残される。
「竜が復活したときに私を助けてくれるという、ミスリルの鎧で全身を包んだ勇者様……。いつ、私の前に現れるのでしょうか」
彼女はまた独り言をつぶやく。彼女の言う勇者とは、『未来視』で見えた謎の人物だ。
未来に登場すること以外何もわかっていない勇者の姿を、セシリアは思い浮かべる。
「ミスリルという貴重なものを大量に持っているのですから、貴族、または他国の王族? 歳はどのくらいなのでしょうか? 助けるという話も、どのように助けてくれるのでしょうか」
大陸最強と称されるセシリアは、戦闘で他の者に助けられたことが無かった。だからこそ、いつか助けてくれる勇者を、まるで白馬の王子かのように思い描く。
「……ふふっ。私としたことが、まるで少女のようですね。今日の所は切り上げるとしましょう」
セシリアは自虐的に笑うと、執務室を後にした。




