第52話 雲に乗って
『浮遊島』への出発日の朝。
「ステラ、デット、準備はバッチリか?」
「はい、お兄様!」
「ああ、大丈夫だ」
準備完了したオレたちは、『ユグドラシル』ギルドホームへ向かうことにした。
エミリアたちも見送りの為、着いてくる。
ギルドホームから一歩出ると、朝方という事もあり非常に寒く感じる。
「……まずは風邪に気を付けないとだな」
そう言いながら、王都を歩いていくと、ほどなくして目的地へ到着した。
『ユグドラシル』のメンバーはもう既に玄関の外で待っていた。一昨日に会ったローズとルナちゃん、そして初めて顔を見る女性が立っていた。
「ルナさん、おはようございます!」
「おはようです、ステラ」
「ヴァレリー、おはよう」
「ああ、今回はよろしく頼むぞ。……こちらの女性がもう一人のメンバーか?」
女性は、年齢はオレより上だろうか。長い黒髪を頭の上で纏め、大きなかんざしで止めている。服装も、赤と金を基調とした派手な服を着ている。
目が合うと、丁寧に頭を下げてきた。
「お初にお目にかかりんす、あちきはフェオドラと申す者でありんす。束の間の旅路ではありんすが、どうか宜しゅう申しんす」
……なんだこのしゃべり方。
「フェオドラは言語学者だ。古い言葉や少数民族の言語に詳しい」
「言葉とは口に出してこそ意味を持つものでありんす。こうして実際に言葉を使い、身を持って知ることもあちきの仕事でありんす」
「……そうか、よろしく頼む」
立派なことを言っているのかいないのか、あまり深くは考えないようにしよう。
「では早速、あちきの『天明雲郭』で旅立つでありんす」
彼女は口から息をふーっと吐くと、その息がみるみるうちに白い塊となっていき、大きな雲の様に辺りに広がる。
「わあ、すごいです……!」
「この雲があちきの魔法でありんす。さあ、早く乗りなんし」
雲に触れてみると、とてもふかふかで心地よい肌触りだ。羊毛のように沈み込むがごわごわしておらず、指を押し込むと柔らかく反発する。
ステラが早速雲に乗ると、楽しそうに上で飛び跳ねている。
オレはふと気になって、一部を千切り取り口に運んでみる。
「ぐっ!? に、苦っ!」
「御主人様!? 何やってるんですか!」
綿菓子のような見た目に反して、恐ろしい渋みと苦みが口の中に広がった。何という罠だ。
「あちきの雲は子供の誤飲防止のため、苦くしてありんす」
……なんだその気遣い。
「フリード様、子供と同レベルですわね」
「ふっ、ステラやルナちゃんが過ちを犯さないように毒見をしただけのことだ」
「そんな過ちを犯すのはフリードだけです」
気を取り直して出発しよう。オレも雲の上へと飛び乗る。6人全員が乗ったところで、雲はふわりと空中へ浮き始めた。
「御主人様、お気をつけて!」
「ああ、お土産を楽しみにしておくが良い」
手を振るエミリアたちの姿はだんだんと小さくなり、やがて見えなくなった。
*
「うおおお、寒すぎる!」
「風がすごいです、お兄様!」
オレたちの乗る雲は高く舞い上がり、他の雲と同じほどの高さだ。風が吹き荒れ、とんでもない寒さだ。
「ちゃんと浮遊島に向かってるんだろうな?」
「ルナの『嫉妬深い目』でちゃんと浮遊島をマークしてるです。どの方角にあってどれぐらい離れているかちゃんとわかっているです」
「この距離だとあと4時間ほどでありんすねぇ」
『ユグドラシル』のメンバーは落ち着いている、これが第3位ギルドの実力という訳か?
「ヴァレリーよ、暇ならば酒でも飲まないか? 旅先で見つけた桃のお酒を持ってきたのだ」
「流石だな、ローズ。喜んで飲ませていただく」
酔いの力でこの寒さを紛らわせようと、酒を開けることにした。コルクを抜くと、フルーティーな甘い香りが漂う……が、この強風により一瞬で香りが吹き飛ばされる。
オレは掌に銀の器を作り出し、こぼれない様慎重に注いでもらう。
「やや甘いが美味いな。とても飲みやすいぞ」
「たまにはこういう酒も悪くないだろう?」
「あちきも一杯注いでくんなんし」
大人3人衆で酒盛りが始まった。お互いに酒を注ぎながら味を楽しむ。
「まったく、大人はすぐ酒です」
「……デットさんは飲まないんですか?」
「いや、ちょっと気分が……」
子供2人と痴女は離れた位置で座っている。……酒も無しに既に酔っている奴がいるようだな。
なぜ酒は時間を加速させるのだろうか。瓶が空っぽになるころには、浮遊島が目に見える範囲まで迫っていた。
*
「大丈夫か、デット。……空には吐くなよ、地上の人間が可哀想だ」
「……わかっている。だが、ちょっと待ってくれ……」
ついに浮遊島に到着し、オレたちは雲から島へと降りようとしているところだ。オレはデットの補助をするが、立ち上がることができないようだ。
「仕方ないな、じっとしてろ」
「なっ! ちょっと、フリード!?」
オレはデットをお姫様抱っこし、島へと飛び移る。意外としっかりした地面の上に優しく降ろしてやる。
「お兄様、私もちょっと気分が悪くて一人で降りられないです!」
「……さっきまで元気だっただろ」
オレはステラを抱きかかえ、同じように降ろしてやった。
「……やっと到着したな。ここが浮遊島か」
オレは眼前に広がる森を見る。この浮遊島はほとんどが森のようで、奥が見えないほど木がびっしりと生えている。こんな空高い位置にあるのに不思議なものだ。
浮遊島に着くまではごうごうと吹いていた強い風も島の上には影響を与えていないようで、地上と同じようなそよ風が吹いていた。
「ローズ、どうする? あくまでオレたちは調査隊の護衛だ。基本はお前たちに合わせるつもりだが」
「まずはベースキャンプが必要だな。私たちは森の外に準備をしておくから、今日は自由としよう」
初日から自由行動とはな。ぼーとしておくのも時間がもったいないので、ちょっとだけ森に入ってみるか?
「ステラ、少し散歩しないか? 近くに何かあるかもしれない」
「はい、お兄様!」
ステラはオレの下に駆け寄り、腕を絡めてくる。さっき気分が悪いとか言っていた気がするが?
デットは雲酔いで死んでいる。今日はそっとしといてやろう。
まずは2人で少しだけ森に入っていくことにした。
*
足を踏み入れてすぐに分かった。この森は地上のものとは全く違う。
いうなれば、古代の森だろうか。地面や木の根元には苔が生えそろい、木も花も生え放題だ。
人間どころか獣さえいないのだろう、獣道の様に慣らされた地面すらなく、苔で滑りそうになる。
「足元に気をつけろよ」
「はい!」
少しずつ森へ入っていくと、実をつけた植物を見つけた。大きな木に絡みついた蔦に、青い小さな実がたくさんついている。山ぶどうに似ているが、やや大きく感じる。
「第1食物発見だ。まずは味見をしてみよう」
「大丈夫でしょうか……?」
「ステラよ、天才とはチャレンジをし続ける者のことだ」
実の1つをちぎり、口に含んでみる。味は問題なさそうなので、そのまま飲み込む。
「やや酸っぱいが美味いぞ、いくつか持って帰ってローズに食べられるか聞いてみよう」
「食べた後なのに聞くのですか?」
「自分が正しいか答え合わせをする。それも大事なことだ」
「なるほど……流石です、お兄様!」
適当なことを言いつつ、山ぶどうの実を集める。ローズの魔法があれば、数は少しでも大丈夫だろう。
「む? 下の方の実は残ってるのに、上の方は無くなってるな……」
下から集めていたが、よく見ると上の方には実が無かった。実がなってないわけでなく、千切られた跡がある。
……鳥が上の方を啄んだのだろうか?
「ふんふんふん〜♪」
「お兄様、何か声むぐっ!?」
何者かの声が聞こえた瞬間、オレはステラの口を塞ぎ木の陰に隠れる。
「ふんふんふー♪」
楽しそうな女の声が、オレたちの隠れた木の後ろから聞こえる。もちろん、オレたちの仲間の声ではない。
オレは、手に銀の鏡を生み出し、こっそり様子を見る。
「……!?」
オレの鏡には、羽の生えた小さな少女が写っていた。
オレの3分の1ぐらいの大きさだろうか。羽はまるで虫のような4枚羽根で、それをパタパタとはばたかせて山ぶどうを集めている。
この少女は、一体……?
「むぐ〜っ!」
「わ、悪い!」
オレが口を塞ぎっぱなしだったため、ステラが暴れる。そのせいで、つい声が出てしまった。
「えっ!? な、何かいるの!?」
小さな女の子がこちらに気付いたようで、キョロキョロと辺りを見渡す。これはまずいな。
「ニャ〜!(裏声)」
「なんだ、猫か……」
少女はオレの迫真の演技に騙され、どこかに去っていった。
「お兄様、さっきのは一体……?」
「さっきのは錬金術奥義・猫の鳴き真似だ。なんとかごまかせたな」
「いえ、そっちでは無くて、さっきの少女は……?」
「……わからんな。かえって皆と相談しよう」
この森は空中にあるだけあって、謎があるようだ。オレたちは一度、相談するためにキャンプに戻ることにした。




