第51話 空に浮かぶ島
王都のはるか上空。
空を飛ぶ鳥以外は存在しないと思われる高度に、雲に乗る4人組の姿があった。
彼らは『ユグドラシル』のギルドメンバーであり、毎年恒例となっている天体観測を行っていた。
「クロード様、今日は満月で雲もなく、星を見るのは最高ですね」
「ローズ、そうではござりんせん。わちきの『天明雲郭』に乗ってありんすから」
「はっはっは、確かにフェオドラの言う通りだ、失礼した」
「ローズの言う通り星を見るには良い空模様じゃ。しかし、旅が長くなってしまったせいで少し肌寒いのう」
「マスター、済みませんです。ルナのわがままに付き合わせてしまって……」
「いいんじゃ、いつも留守番を任せてしまっておるからのう」
クロードは朗らかに笑うと、ルナの頭を撫でる。
「さあ、星を楽しむとしようかのう」
「はい!」
ルナは持ってきた小さな望遠鏡で空を眺める。
「夜風を浴びながらの酒も乙なものでありんすなぁ」
「酔っぱらっても雲の操作は間違えないでくれよ?」
ローズとフェオドラはお酒を酌み交わしている。
クロードはその様子を楽しそうに見ていた。
「……あれ? 何か見えるです」
月を見ていたルナが声を上げ、他の3人も同じ方向を見る。
そこには白い満月を背景に、浮遊する島のシルエットが映っていた。
「……マスター、あれを御存じです?」
「わしも初めて見たのう。まさか、浮遊する島が存在するとは……。ルナや、お主の魔法で”マーク”をつけておいてくれるか」
「は、はい、マスター」
……。
*
もう秋も終わりに近づき、日増しに寒くなってきている。冬の到来だ。
息をは〜っと吐くと、白い煙となって当たりに漂う。
「大分寒くなってきたな。デットもそろそろ冬服にした方がいいんじゃないか?」
オレは横を歩くデットの姿を見ながら話しかける。
こんな寒いというのに、いまだにデットはヘソだし脇だしのスタイルだ。常識の範疇を超えている。
「……私はもう冬仕様だ、よく見ろ」
「よく見ろと言われてもな」
オレは顔を近づけ、じろじろと体を見るが、違いが分からない。素材が違うのかと思い、ほとんどない布地を触れてみる。
「お、おいっ! 触るのはルール違反だ!」
何のルール違反かは知らないが、怒られてしまった。
「ちゃんと内側がファーになってるんだ、ほら」
「オレは素材より表面積の方が大事だと思うのだが」
いかん、デットの姿を見ているだけで寒く感じてきた。足早にギルドホームへと向かう。
「……それにしても、その紙切れが1億とは恐ろしい話だな」
デットはオレの手にある紙をちらりと見て、口を開く。
オレとデットは、『ブランディーニ総合病院』に行ってきたところだ。運良く手に入れた虹蓮を渡し、代わりに紹介状を貰ってきた。
「1億で命が救えるなら、安いと感じる奴の方が多いだろう。……その恰好で風邪を引いても、これは使わせないぞ」
「悪いが私は風邪を引いたことはない」
……筋金入りの痴女という事か。
やっとギルドホームに帰りつき、中に駆け込む。解禁した暖炉のぬくもりが玄関まで伝わっており、入った瞬間に全身がじわりと温かくなる。
「お帰りなさいませ、御主人様、エルデット様」
「ああ、ただいま。……何をやっているんだ?」
ロビーにいたエミリアたちを見て声をかける。ロゼリカを椅子に座らせて、その周りでエミリアとルイーズがあれでもないこれでもないと彼女の髪型をいじっていた。
「角を目立たないようにできないかと思いまして。うーん、やっぱりリボンの方がいいのでは……」
「今は冬ですし、帽子の方が角を隠せる上に暖かいと思いますわ」
「2人とも、私のことは気にしないでも……」
「そうだな、そのままでも十分可愛いと思うしな」
「わ、我が可愛いだと……!」
「我? 魔王の振りは辞めたんじゃないのか?」
「あっ、ごめん。今までずっとやってきたから、つい魔王が出ちゃった」
「……そうか、出ちゃったか」
ロゼリカがオレたちのギルドに来て約1週間。少しはここの雰囲気に慣れてくれただろうか?
魔法とは欠点ではなく、個性であり長所なのだから自信を持てるようになってもらいたいところだ。
「エミリア、手が空いたらコーヒーを淹れて欲しい。ちょっと外に出ただけなのに体の芯まで冷えてしまった」
「はい、わかりました」
*
ロビーの椅子に座り熱いコーヒーを少しずつ啜っていると、玄関の方から音が聞こえた。
おそらく学園からステラが帰ってきたのだろう。
「お兄様、ただいま帰りました」
「……お邪魔するです」
ステラだけでなく、ルナちゃんも一緒に入ってきた。
……ついにステラも家に友達を連れ込むようになったか。
「エミリア、今夜の食事は飛び切り豪勢で頼む」
「急に言われても、もうほとんど準備しちゃってますよ……」
ルナちゃんはオレたちの会話を黙って聞いていたが、やがて口を開く。
「フリード、今日は遊びじゃなくて仕事の依頼に来たです」
「……なんだ、つまらんな。オレたちは所詮ビジネスの関係という訳か?」
「ルナだって不本意ですが、ローズ様たっての願いだからわざわざ来てやったです」
「そういう事だ、ヴァレリーよ」
「ローズ……帰ってきていたのか」
ルナちゃんの後ろから声がし、体格のいい男が現れた。我が友人、ローズだ。
わざわざ幹部が現れるという事は、くだらない依頼ではなさそうだな。
2人に椅子に座るよう促すと、しっかり話を聞くことにした。
「第3ギルド『ユグドラシル』からの依頼とはまた珍しいな。オレたちで力になれそうなことなのか?」
「うむ、急に調査したい場所が現れたのだが、我がギルドはただでさえ戦闘系は少ない上に、忙しい者が多いのでね。調査隊の護衛をお願いしたいと考えているのだよ」
現れた、というのも少し気になるが、護衛の依頼というのが引っかかるな。
「オレたちは別に武闘派のギルドじゃないぞ? 護衛ならば正直もっと最適なギルドがあると思うが……」
「ふっ、ヴァレリーよ。君の言葉が正しいことは認めるが、大事なことが見えていないようだね。私が君に依頼したい理由? 友人だからという事以外に理由が必要なのかね?」
「ローズ、お前……!」
オレは机越しに手を伸ばす。ローズも手を伸ばし、がっちりと握手を交わした。
これが男の友情というやつだ。ビジネスの関係ではなかったのだ。
「この依頼、喜んで受けさせてもらおう。ルナちゃんもよろしくな」
オレはルナちゃんにも手を伸ばす……が、そっちからは握手が返ってこなかった。ここはまだビジネス以上フレンド未満といったところか。
「よし、そうと決まれば準備をしたい。もっと情報を教えてくれ」
「ああ、我々が今回調査するのは『浮遊島』だ」
「『浮遊島』……だと?」
何だそのロマン溢れる場所は。もう既に興奮してきたぞ。
「3日ほど前、たまたま空を見ているときに見つけたです。マスターすらも知らない場所で、早速王国に調査を申請して、昨日許可が下りたです」
クロード様も御存じないとは、かなり凄い場所に違いない。そこに立ち入れるとは名誉なことだ。
「我がギルドに空を飛ぶことのできる魔法使いがいる。彼女の魔法で浮かぶ島にたどり着き、調査をするつもりだ。出発は明後日を予定している」
「成る程……。分かった、すぐに準備しよう。オレたち総出で護衛をさせて貰う」
「……済まないが、今回連れて行けるのは3人までだ。魔法にも制限があってね、同時に6人ぐらいを運ぶのが限界なのだ。我々は3人行く予定なので、そちらも3人で頼むよ」
「むう、そうか……」
残念だが仕方ない。何人かはお留守番になってしまうな。
「明後日の朝、『ユグドラシル』のギルドホーム前に集合としよう。ヴァレリーよ、よろしく頼む」
ローズとルナちゃんは話を終え、帰っていった。
「御主人様、どうしますか? 3人だけとの事でしたが……」
「お兄様、私も行きたいです! ルナさんの力になりたいです!」
ステラは友人と行動をしたいようだ。危険なことはやらせたくないが、友人を盾にされると弱いな。
「……ステラの分身で1枠取ると、結構辛いな」
「お兄様、今回は分身じゃなくて、ちゃんと自分で行きたいです。ルナさんの為に……ダメですか?」
上目遣いで目を潤ませ、お伺いを立ててくる。こうすればオレが何でも言う事を聞くと思っているのか?
「わかった、大切な友人を守りたいという気持ちは大事だからな」
「ありがとうございます、お兄様!」
……!? 兄としてビシッと否定するつもりが、別の言葉が出てしまっただと?
オレの口はステラのおねだりに抗えなかった。ステラは嬉しそうにオレの体に抱き着いてくる。
「もう1人は天才ジャンケンで決めよう。これは従来とは違い、チョキがグーに勝ち、グーがパーに勝ち……」
「……普通のジャンケンで決めますわよ」
オレの発言はきれいにスルーされ、他の4人が普通のジャンケンを始める。
「……私か」
3人目はデットに決まったようだ。探知系なら調査にも活かせることができるだろうし、結果オーライといったところか。
「御主人様……」
「エミリア、心配するな。オレがいない間、ギルドを頼むぞ」
「……はい」
行けない者たちは残念そうにするが、仕方ない。ギルドメンバーも多くなってきたし、常に一緒には行動できないという事だな。
気を取り直し、明後日の出発に向けて準備をすることにした。




