第41話 ドジっ娘
「エミリア、火はもういい。怪我人の治療に専念しよう。デットとルイーズは怪我人を一か所に集めてくれ」
オレは3人に指示をする。戦いは終わったが、早く怪我人を処置しないと手遅れになってしまう。まだ休むわけにはいかない。
「は、はい、御主人様! でも、治療する道具が……」
「……これを使ってくれ。頼む、オレのギルドメンバーも……」
声のする方を見ると、ブライザが荷物を持ってよろよろと近づいてきた。持っているのは彼のギルドの医療道具だろうか。それを受け取ると、そのままエミリアに渡す。
「ブライザ様も怪我をしてらっしゃいます。ここで治療を……」
「いや、先に他のメンバーを頼む……」
オレも、自分にやれることをしよう。怪我人の回収をしようと歩き出そうとしたとき、凛とした声が響いた。
「これは、どういう状況ですか?」
いつの間にそこにいたのだろうか。戦場に似合わない綺麗な髪をたなびかせ、白銀の鎧を着た美女が離れた位置に立っていた。
……こいつも侵入者か?
美女は怪我人や戦場の様子を見ると、オレに話しかけてきた。
「この状況は、貴方が?」
「そうだ」
「では、すぐに排除が必要ですね」
どうやらオレを倒すつもりらしい。こちらも怪我人のことを考えると、時間を無駄にできない。手から鎖を生み出し美女を狙う。
「な!?」
「すみませんが、一撃で決めさせていただきます」
美女はさっきまで立っていた位置からふっと消えたかと思うと、オレの目と鼻の先に瞬間移動し、剣を抜いていた。その剣は金属製ではなく、刀身が眩く輝いている。
この魔法は……。
オレは銀の盾を生み出し防ごうとするが、それよりも早く剣がオレの胴に振るわれる。
ああ、これは、死んだかもな……?
「セシリア様、その者は味方です! お止め下さい!」
ブライザの声が響く。その声に女性は剣を止めた。
「い、痛ってぇ!」
「御主人様!」
オレは傷口を押さえる。
オレの脇腹は、剣幅の3分の1ぐらいの深さまで切られていた。腸までは届いていないが、刃物で切られるなど数年ぶりだ。
「ブライザ……無事で何よりです」
女性は剣を収め、ブライザに声をかける。……まずオレに謝罪しろと言いたい。
オレはエミリアに支えられ、ゆっくりと立ち上がる。
「失礼しました。てっきり貴方が侵入者かと」
「勘違いで殺されかけたら堪らないな。ドジっ娘というレベルじゃないぞ」
「……本当に済みませんでした」
女性はやっと謝罪の言葉を口にするが、オレは小言を言う。
「お前のせいで怪我人が増えてしまったぞ。詫びとしてオレの代わりに怪我人の治療を手伝え」
「……わかりました」
「おい、この方が誰かわかっているのか!? 『王家の盾』のギルドマスター、セシリア様だぞ!」
「何? 第1ギルドの……?」
しゃべり方や立ち振る舞いから、良いとこのお嬢様かとは思ったが、王族ではないか。
……だからどうした。こっちは被害者だ。文句を言う権利はあるはずだ。この天才を傷つけて間違えましたじゃ済まないのだ。
「良いのです。今回の事は私のミスなのですから」
彼女はそう答えると、怪我人の下へ近づいた。
「物分かりが良いみたいだな。第1ギルドの長ともあれば傲慢な性格かと思っていたが」
「傲慢なこと言ってないで、御主人様も治療しますよ!」
「ぐっ! も、もう少し優しく頼む……」
オレはエミリアに引き倒される。……怪我もあり、だいぶ疲れたので素直に治療を受けることにしよう。
*
「御主人様、一通り治療は終わりました。……生きている人は、ですけど」
「……そうか」
今回の戦いは、死者0人とはいかなかったようだ。横を見ると、顔に布をかけられて横たわる者たちの前でブライザと他の生き残った者が黙とうしていた。シャルティオーネも生きていたようだが、同じく横たわる仲間の前で自らの顔を押さえていた。
「下らないな、戦争なんて。オレたちは勝利したと言えるか? 失ったものはあれど、何も得たものは無いではないか」
「御主人様……」
怪我はエミリアのおかげで完治したため、オレはゆっくりと起き上がる。そのオレの下へセシリアが寄ってくる。手には袋に包まれた敵の首があった。
「済みませんが、私はこれで失礼します。他の者が待っていますから」
「ああ、お疲れ」
「最後に貴方の名前をお伺いしても良いですか」
「フリード・ヴァレリーだ。天才錬金術師と呼ばれている」
「……覚えておきましょう」
セシリアは前線の方角を向くと、跡形もなく消失した。
「ん? 朝日か……」
地平線の奥から太陽がかすかに見え始め、眩しさがオレの目を細めさせた。その鋭い光は、まだ戦争が終わっていないとオレに注意しているようにも思えた。
*
セシリアは、フリード達から別れてすぐに自陣へ到着していた。
「セシリア様!」
「フレデリック、シャオフー、まだ起きていましたか」
「当然です。……その袋は、襲撃者ですか? この短時間で流石です」
「私が付いた時にはすでに終わっていました」
「……護衛部隊に負けるとは、大した敵ではなかったようですね」
「いえ、護衛の中にとても優秀な者がいたようです。……信じますか? その者は私の魔法を一瞬で"光"の魔法だと見抜いたのです」
セシリアはやり取りを思い出す。彼は間違いなく、銀で鏡を作ろうとしていた。セシリアの魔法を少しでも防ぐために。
「まさか、ありえません。光の速さを目で捉えることなど、ましてや理解することなど不可能です。恐らくどこかでセシリア様の情報を手に入れていたのでしょう」
「その通りですニャ! この国に、いや、この世界にセシリア様以上の魔法使いはおりませんニャ!」
「いいえ、私はまだ未熟です。これからも精進が必要だと気付かされました」
セシリアはフレデリックに首を預けると、執務室へ戻っていった。
*
……戦争が終わったのは、食糧庫での戦いから約2週間後だった。オレたちを襲った者はサリア王国の魔法使いを束ねていた男だったらしく、その男の死により敵前線はほぼ総崩れになったようだ。
魔法使いと王侯貴族の対立もあったようで各都市は抵抗できず、第1ギルドは兵を率いて王都まで一気に攻め込み、制圧した。
兵隊から報告を聞いたオレは、やっと気を休めることができた。
「御主人様! やっと帰れますね!」
「うう、もうずっとこのままかと思いましたわ……」
「しばらく、何もしたくないな……」
エミリアたちは口々に喜びの言葉を口にする。オレもいい加減疲れを感じていたところだ。
「フリード」
オレの下にブライザが近づき、声をかけてくる。
「やっと終わったな。護衛部隊の統率お疲れ様だ」
「この勝利は、お前のおかげだ。お前を見くびっていて済まなかった」
「オレじゃない、オレたちだ。うちにはこの天才に相応しい優秀なメンバーが揃っているからな」
「御主人様……!」
「そうか。みんな、ありがとう。……私は報告があるからしばらく残るが、お前たちは帰って落ち着くと良い。陣の撤収も我々がやろう」
「そうか、悪いな」
オレたちは、馬車の一つを借り、自分たちのギルドホームに帰ることにした。
目の前では兵隊たちが馬車の準備をしてくれている。
「ギルドホームが恋しいですね! 早くホームでゆっくりしたいです」
「そうだな。だが、帰る前にやることがある。帰る途中に温泉の有名な村があるらしいから、そこに寄っていこう」
「ちょっと! ステラがホームで待っていますのよ! 一刻も早く帰るべきですわ!」
「だからこそだ。……ルイーズ、耐えられるのか? ずっと風呂に入っていない姿で帰って、『ルイーズさん、臭いです! おぇっ!』と言われることに」
「なっ!? た、確かに、そんなこと言われたら、私……!」
「そんなひどいことは言わないと思うが……」
そんなことを話していると、馬車の用意ができたようだ。
「……よし、出発しようか」
オレたちは馬車に乗り込み、悲しみしか生まない戦場を後にすることにした。
*
『王家の盾』によって制圧された、サリア王都カルラント。
その様子を遠くから見つめる人影があった。
「ふん、バルゼロめ、功を焦って命を落とすとは。……だが、貴様がサリア王国の中枢に入り込んだおかげで、封印された"竜の眼"を手に入れることはできた。この国にももう用はないな」
漆黒のローブの男、ユリアンは影に溶け込むと、その場を後にした。




