第39話 金の玉
フリード達が守る食糧庫。
当たりがすっかり暗くなっている中、遠くから食糧庫を眺める男がいた。
その男――侵略者ユリアンは、着ているローブを翻す。すると、ローブの影の中から3人の人間が現れた。
「どうやら前線を通り抜けることには成功したようだな」
「恐らく、存在自体はバレたがな」
現れた者の1人、バルゼロがユリアンに話しかける。
「ソニ、エンリケ」
「はは、バルゼロ様!」
バルゼロが名を呼ぶと、2人の人物が応える。
「作戦通り、敵の食糧を襲う。エンリケよ、貴様は『熱風拳』で全てを焼き尽くせ。我とソニは、邪魔するものを排除する」
「……殺しても問題ありませんか?」
「無論だ」
バルゼロの答えに、ソニはにやりと笑みを浮かべる。
「ユリアンよ、お前は影に潜み、撤退に備えておけ」
「……」
「よし、作戦の確認は終わりだ。太陽が昇る前、明け方が一番油断しているだろう。その時が作戦開始だ」
「ははっ!」
*
「よし、これで全ての食糧庫に対策完了だな」
オレは、持ち場の穀倉の全てに魔法で細工をしておいた。
「フリード、とりあえず罠は仕掛け終わったぞ」
「もうっ! 手が鉄臭くなりましたわ!」
デットたちが近づいて話しかけてくる。
念には念を入れ、鉄のワイヤーで作った鳴子も周囲に仕掛けて貰ったところだ。
空を見上げるともう暗く、既に月が浮かんでいる。
「ふう、少し汗をかいてしまったな。ルイーズ、お前の『掘削縦ロール』で温泉でも掘ってくれ」
「そんな魔法持っていませんわっ!」
魔法で手を操られ、頬を引っ張られる。
「まあ、こんひゃは寝るとひゅるか」
変なしゃべり方になりながら言うと、ベッドに入ることにした。
*
「……ん様! 御主人様! 起きてください!」
「んん、あと3日……」
「馬鹿なこと言ってないで、起きてくださいっ! 敵襲ですっ!」
「敵襲!? ふんっ!」
「きゃあ!? 変な起き方しないでください!」
オレは鉄のベッドをばね状に変え、反発力を利用して飛び起きる。錬金術奥義・スプリング起床だ。
テントから出ると、当たりが真っ赤に燃えていた。周囲の穀倉や柵には火が放たれている。
「やれやれ、また火事か」
「感想を言っている場合ではありません! どうすればいいですかっ!?」
エミリアは火事のトラウマか、かなり焦っているようだ。
「火事の対策は発生源を無くすことだ。侵入者を探して、とっとと潰すぞ」
「フリード、あそこにいる奴じゃないか?」
犯人はあっさりと見つかった。やや離れたところで、両腕が赤く燃えている男が火を眺めている。
どうやら放火魔とは、自分のつけた火に思い入れがあるものらしい。まだこちらに気付いていない為、死角から一撃で決めてやろう。
「御主人様、危ないっ!」
「!?」
突然、横からバケツ1杯ほどの液体が飛んできた。オレは鉄の壁を生み出し、それを受け止める。
液体はべちゃりと鉄の壁に当たると、煙を出しながら溶かし始めた。
「これは、酸か?」
「ご、御主人様の壁が……!?」
液体の飛んできた方を見ると、1人の女が立っている。
「お前が侵入者か?」
「……恨みはないけど、死んで貰う」
オレの問いかけは死刑宣告と言う形で帰ってきた。女は再び酸をこちらへ放ってくる。また鉄の壁を生み出し勢いを殺すと、横へ飛び退く。
鉄は攻撃を受け、時とともに崩れていった。
「ふふふ、どうやら私の魔法を防げないようだな」
「……いや、もう防ぐ必要はない!」
デットは弓を構えると、女に向かって矢を放った。こちらからの反撃の矢は真っ直ぐに飛んでいき、女の額に直撃する。
「よし!」
「流石ですわ、エルデットさん!」
ルイーズが歓喜の声を上げる。
……だが、女は額に刺さった矢を引き抜いた。矢は酸の影響で、ボロボロと崩れていく。
「なっ!? まだ、生きていますわ!?」
「残念だったな。物理攻撃は私の『貪欲な臓腑』には通用しない」
女はその魔法の通り、放った攻撃だけでなく体自体がどろどろとした液状であった。
こんなところに、珍しい魔法使いがいたものだ。数ある"超人型"の魔法の中でも、物理攻撃の効かないかなり特殊なタイプだ。
「御主人様、どうすれば……」
「敵はこいつを含めてオレが相手する。お前たちは他のギルドメンバーと協力し、火消しと救助活動を頼む」
「で、でも、御主人様の魔法が……」
「安心しろ、オレは天才だ」
3人は逡巡するが、他の者の所へ走っていった。
目の前の女は動かない。素直にオレの相手をしてくれるようだ。
「自分を犠牲に3人を逃がすとは、なかなかの男だな」
「ふっ、馬鹿を言うな。お前を殺す残酷な姿を見せたくなかっただけだ」
「……魔法が通用しないのがわからないとは、ただの愚か者だったか」
女は再び、酸を放ってくる。だが、オレは既に対策を考え済みだ。
オレは再び壁を作り始める。ただし、今度は鉄ではなく、金だ。
「な、金……!?」
「どうだ、オレを鉄だけの男だと思ったか?」
金の壁は、完璧に酸の攻撃を防いだ。金は美しさだけが注目されがちだが、他にも鉄より優れている部分がある。その一つが、酸の腐食にも耐えるほどの安定性だ。
目の前の女は魔法を防がれたことに狼狽している。
「どうだ? 降参するなら命だけは助けてやってもいいぞ」
「ば、馬鹿をいうな! 魔法を防げたところで、お前の魔法も私には通用していない!」
やれやれ、仕方がない。オレは女に向けて、更に金を生み出し続ける。
「魔法が通用しないと、何度言わせれば……」
女はオレの魔法を侮り、棒立ちで金属を迎え入れる。だが、オレは直接女を狙わずその周囲を黄金で取り囲む。地面からも、上からもだ。
「し、しまった!」
やっとオレの意図に気付いたのだろう。慌てて金の檻から逃げ出そうとするが、一歩遅く完全に周囲を塞ぐ。
オレの目の前には、大人一人を包み込んだ黄金のボールが出来上がる。
これぞ錬金術奥義・金た……いや、これ以上は止めておこう。
黄金のボールの中からドンドンと叩く音が聞こえる。だが、比較的柔らかい金属である金も、分厚くすれば生身の人間では突破できない。
「このまま全て終わるまでそこにいるがいい。貴様の他の仲間が瞬殺されれば、もしかしたら生きているうちに解放されるかもな」
オレはボールを脇に蹴り転がすと、次は燃え盛る腕の男を止めるために走り出した。
*
「ま、まずいですわよ、これ……」
「ううう、どうしましょう、エルデット様……!」
「くっ! 私もどうすればいいか」
3人はテントの裏に隠れて、とある場所を見つめている。
目線の先では、ローブを被った男とブライザが対峙していた。2人の足元には、ブライザのギルドメンバーが倒れている。エミリアたちの位置からは気絶しているのか死んでいるのか判断がつかない。
そして、ブライザは男に殴りかかるような格好で、宙に浮いたまま止まっていた。ブライザの拳はバチバチと音を立て雷を纏っており、それが彼の魔法だという事が見て取れる。
「な、何だ、この魔法はっ!? 体が、動かん……!」
「くっくっく、その拳も我に届かないようでは意味がないな」
ローブの男は剣をゆっくりと抜き、高く天へと突き上げる。身動きの取れないブライザに対して、それを振り下ろそうとしているのは一目瞭然だ。
「魔法で間接的に殺すこともできるが、やはり直接肉を断つ感触を味わわなければな。……この命を奪う感触こそ、至上の快楽だ」
「ぐ、ぐおぉぉぉっ!」
ブライザは雄たけびを上げて体を動かそうとするが、体は空中で止まったまま動かない。
「……?」
ローブの男は、剣を突き上げたまま静止する。
「ルイーズ様、流石です!」
「ふ、ふん! これくらい、当然ですわ!」
ルイーズが魔法で男の腕を止めていた。デメリットで、ルイーズの腕がブンブンと上下に振られる。
「何だ、腕が……? まだ、誰かいるのか!?」
ローブの男は怒りの声を上げ、周りを見渡す。その時、隠れていたテントにルイーズが腕をぶつけてしまい、音を立ててしまう。勝手に動いた手がぶつかってしまったようだ。
「ああ、音が……!?」
「そこに隠れていたか、ネズミどもが!」
男が腕を振るうと、見えない魔法がテントを薙ぎ払った。3人の姿が露わになってしまう。
「おーっほっほ! わわ、私に気付くとは流石ですわね! 間抜けにも手を上げ続けた気分はどうですのっ!?」
ルイーズは腹をくくり、堂々と姿を見せる。だが、虚勢を張っているようで、足は震えていた。
「小娘が、調子に乗るな!」
男はかなり頭に来ているようだ。再び腕を振るい、見えない魔法でルイーズたちを狙う。
「ルイーズ様!」
エミリアがルイーズを地面に引き倒す。魔法は見えないが、上手く躱せたようだ。
「エミリア、ルイーズ、距離を取るぞ! どんな魔法も、魔法使い自体から発射される! 離れれば少しは安全のはずだ!」
エルデットは目くらましに矢をいくつか放つと、その隙に2人を起こし逃走を始めた。放った矢は空中で何かにぶつかったように跳ね返り、その場に落ちる。
「ふん、その手には乗らんぞ。先に貴様を殺して、ゆっくりネズミを追うとしよう」
男は剣を拾い、再びブライザを狙う。……だが、その手からポロリと剣がおちた。
遠くにはルイーズの姿が見える。
「おーっほっほ、学習能力が無いようですわねっ!」
「……。殺すっ!」
男はブライザを投げ捨てると、完全に標的をルイーズに切り替えたようだ。ルイーズたちを追って走り出す。
ルイーズたちの勇気ある行動は、ブライザの命を救った。