第28話 子の顔、メイドの顔
季節はもう夏だ。
照りつける太陽の光が世界に平等に降り注ぐ。ここ王都も例外ではなく、オレは首にじっとりと汗をかいていた。
「御主人様、申し訳ありません。荷物を持っていただいて……」
オレたちは無事ディアレンツから王都ハネスへ戻ってきていた。
捕まえたばかりのうさぎだが、夏なので痛むのが早い。早速今夜食べようという事で、市場へ他の具材を買いに来ているところだ。
「エミリアとのデート代と思えば大した負担じゃないな」
「でっでで、デートだなんて、そんな!」
エミリアは顔を真っ赤にして慌てている。
慌てたせいで手に持っていたバスケットから玉ねぎが落ちる。オレは地面に落ちる前にそれを空中でキャッチした。
「おっと。……そんなに慌てることないだろう」
「あう、その、済みません……」
「それで、あとは何を買えばいいんだ?」
「あ、はい! えーと、あとは少し香辛料も欲しいです!」
オレとエミリアは買い物を続けていると、目の前に人だかりが見えた。
「あれは、何でしょうか?」
「人が邪魔で何かわからんな」
この天才をもってしてもよくわからないので、近付いて近くの人に聞いてみる。
「失礼、御老人よ。この人だかりは何であろうか」
「ああ、知らないのかい? 第1位ギルド『王家の盾』が今から出征するんだ」
成る程、第1位ギルドともなれば人気があるようだ。
「きゃー! フレデリック様ー!」
「セシリア様、今日もお美しいっ!」
オレでも聞いたことのあるレベルの名前があちこちから聞こえる。
将来踏み台にするギルドだ、顔を拝みたいと思ったが、民衆の壁に防がれ、結局見ることはできなかった。
*
「すごい人気でしたね、『王家の盾』……」
帰り道でエミリアが話しかけてくる。
「国内で実力トップのギルドだし、ギルドマスターは王族だからな。民衆、貴族、王族全てから信頼されている。……いずれあの声援はオレに向けられることになるがな」
「どこからそんな自信が出てくるんですか……」
話しながら歩いていると、ギルドホームに到着した。
*
夕食の時間になった。
ギルドホーム内にはさっきから料理の匂いが仄かに漂い、いつも以上に空腹感を掻き立てている。
「皆さん、お待たせしました!」
エミリアがテーブルに食事を並べていく。
丸焼き、ソテー、煮込み、スープなど、うさぎ3羽をふんだんに使った豪華な料理がテーブルに揃う。
「おお、美味しそうだ……!」
「とてもいい匂いがしますわ!」
「がるるるる! 早く食わせろ!」
ルイーズとデットが称賛の声を上げる。オレも思わず野生に戻ってしまった。
「もう少しお待ちくださいっ!」
エミリアはそれぞれのグラスにワインを注ぐと、オレの隣に着席する。その着席を合図にオレは料理に手を出していた。
「うおおおお! 美味い、美味いぞ!」
「ちょっと、フリード様! がっつき過ぎですわ!」
「仕方あるまい! うさぎがオレに食って欲しそうにしているのだからな!」
「おい、皿ごとそっちに持っていくな。私がまだ食べていない」
「ふふふっ。御主人様、丸焼きを切り分け致しますね」
4人になったギルドホームはとても賑やかに感じる。
オレたちは時間をかけ、わいわいと食事を楽しむのであった。
*
「ふっ、やはり食後のコーヒーは最高だな」
オレは、コーヒーに口をつけている。深い香りと苦みがオレを野生から天才へと戻してくれる。
「それにしても、食べ過ぎだぞ」
対面に座ったデットが話しかけてくる。
「美味いものは全力で頂く。それが天才だ」
「……良くわからないが」
「デットはあまり食べていなかったな? 動く仕事をしているわりには少食だな」
「たくさん食べるとお腹が目立つからな」
……ならばお腹の隠れる服を着ればいいのでは?
「……ジロジロ見るな」
恥じらいの表情を浮かべ、臍を手で隠す。これではオレが変態みたいではないか。
「ちょっと、2人とも! 休憩してないで、手伝ってくださいませ!」
キッチンからルイーズの声が聞こえる。
「なんだ? もうお腹いっぱいで食べれないぞ」
「手伝ってほしいのは洗い物ですわ!」
キッチンを覗くと、エミリアとルイーズが洗い物をしていた。オレたちが食い荒らしたうさぎの骨と皿が置いてある。
「大丈夫ですよ、ルイーズ様。片付けはメイドの仕事ですから」
「でも……」
「それに、御主人様はいつも戦いで助けてくれますから!」
「くっくっく……。メイド長はそう言っておられるが? 残念だったなぁ、お嬢様?」
「くうぅ……!」
「御主人様、悪人みたいです……」
ルイーズは歯噛みして悔しがる。
ルイーズをひとしきりからかって満足したので、何か手伝うかとキッチンを眺めると、スープの入った鍋が目に入った。
「ん? スープが余っているな」
「はい、少し作りすぎてしまって……。御主人様、このスープは私が貰っても宜しいですか?」
「別に構わないが……」
「ありがとうございます!」
エミリアは嬉しそうに頭を下げる。
……お腹が空いているのだろうか?
*
「御主人様、今日は自分の家で夜を過ごしますね」
私はフリード君……私の御主人様に挨拶をする。
「ああ。夜道に気をつけろよ」
「はい、お休みなさいませ!」
御主人様は優しい声をかけて、自室に戻っていった。私は私服に着替え、帰り支度を始める。
……そうそう、スープも持って帰らなくては。
私はお鍋を持って、夜の王都を歩き出した。
上流地区は大通りに街灯がある。人もちらほら見える。両手にお鍋を持った姿が恥ずかしく、できるだけ端を歩く。
上流地区を抜け、中流地区も足早に抜ける。
私は王都でも端の端、下流地区にあるアパートに来ていた。築何年ぐらいなんだろう。見るからにボロボロだ。
ここは、私の家だ。御主人様にも言っていない、私の秘密。
入り口を通ると、ギシギシと廊下を軋ませながら、3階まで昇っていく。
「お母さん、ただいま」
声をかけると、ベッドの上の人物がこちらを振り向く。
しばらく帰ってこれないうちに、また少し痩せただろうか。
「お帰り、エミリア。仕事は大丈夫だった?」
「うん。いろいろあったけど、また御しゅ……フリード君が助けてくれた。お土産持ってきたよ。フリード君も美味しいって喜んでくれたんだ」
お鍋のふたを開けると、狭い部屋に美味しそうな匂いが漂う。
運んでいるうちに少し冷めちゃったけど、うちに暖める道具はない。
「まあ、美味しそう」
お母さんは嬉しそうに手を合わせる。
私は、小分けにするためにお皿を探す。
*
「とっても美味しいわ。ありがとう、エミリア」
「ちゃんと栄養を取って、元気にならなきゃね」
お母さんが少しずつスプーンでスープを口に運ぶ。
お母さんは病気だ。心臓の病で、私の魔法でも治せない。
普段は問題ないが、少し運動するだけで苦しくなる。
王都には、どんな病気も治せる魔法使いがいるらしいけど治療費は一律1億ベルらしい。
まだ、遠いなあ。
*
「お休み、エミリア」
「お休みなさい」
お母さんはベッド、私はボロボロのソファーにタオルを敷いて横になる。
夏はこれだけでもちょうどいい。
明日から、また頑張らなくっちゃ。




