第26話 麻薬畑
茂みをがさがさと掻き分ける音が、すぐ近くまで迫っていた。
「御主人様……」
「……少し離れていろ。エルデットを頼む」
エルデットはまだ固まっている。余程視界に映ったものに驚いたのだろう。
茂みから計3匹の魔獣が飛び掛かってくる。それぞれ別の魔獣だ。
先頭には筍のような1つの角を持つ鹿型の魔物が突っ込んでくる。頭の角は高速回転している。名前を忘れたのでドリ頭と名付けよう。
鉄の盾を生み出し角を防ごうと試みるが、回転する角によりガリガリと削られる。だが、角が貫通したところで盾の向きを無理やり変え、横向きの力を与えることでボキリと角をへし折る。
「ブオオオ!」
怯んだ魔物の首に鎖を巻き付けると、ギリギリと締め付ける。
「おっと!」
ドリ頭(仮)に気を取られているうちに、もう1匹の魔獣が飛んできた。羽の生えた空飛ぶ蛇だ。もちろん名前など知らないので、ヘットンビと命名する。
そいつはオレの腕に飛び掛かり、肌に牙を食い込ませようとする。腕に牙が届いたが、それはオレの腕を傷つけることはなかった。肌の表面に鉄を生み出し、牙を防ぐ。
そのままヘットンビ(仮)の頭を掴み、鉄の刃で切り落とした。
蛇の生首を捨て足でぐりぐりと踏み潰す。同時にドリ頭も窒息し、大きな巨体がどさりと倒れた。
「もう一匹……はもう終わっていたか」
真紅の狼、ハカスクは弓矢を受け、既に倒れていた。痴女(真)が気を持ち直し、相手をしたようだ。
「御主人様、お怪我はありませんか!?」
エミリアとルイーズが近づいてくる。
「問題ない。……後始末をして早く先に行こう」
オレは鉄を体に戻すと、魔獣の死体を埋めるために穴を掘り始めた。
「フリード。この先には魔獣使いがいるはずだ。そして、ボルカックも……」
魔獣の死体に土を持っているとエルデットが話しかけてくる。
「皆まで言うな、協力するといっただろう。さっき見た情報を詳しく教えてくれ。作戦を練った方が良い」
「……分かった」
「ルイーズ、人間相手なら魔法が使えるはずだ。手を貸してくれ」
「わ、私もですの……」
ルイーズはビビっているが、協力は必須だ。オレたちは顔を突き合わせ、作戦会議を行う。
*
「む! 見えたぞ」
さっき魔獣が飛び出してきた方に進んでいくと、急に開けた場所が見えてきた。
「な、なんだ、てめぇら!? どうしてここに!?」
鞭を持った男が驚愕の表情でこちらを見る。近くには熊を椅子替わりにした少女も見える。
オレも周囲を見渡し驚く。森の中だというのにそこは広大な畑が広がり、獣たちが農作業している。
「くっ! ボルカック……!」
エルデットがつぶやく。鞭を持った男の後ろには巨大な獣がいた。
見た目は猿のようだが、頭に角が生え、大きさもオレの3倍はあろうかという体躯だ。想像よりもずいぶんと大きい。
「御主人様、これって……!」
「……野菜畑ではなさそうだな」
これが魔獣を使ってまで隠そうとしていたものらしい。広大な畑に植えられた低木は間違いなく麻薬の原料だ。
「ドミニク、どうするの」
「……殺すに決まってんだろ! ターナ、お前も戦え!」
「はいはい」
エルデットの話だと、あのターナと呼ばれた少女が探知系の魔法使いのはずだ。
少女は手をこちらへ向けると、白い糸を発射してきた。
……攻撃できるではないか。
オレは鉄の壁を作り、それを受け止める。
「わ。すごい魔法」
言葉は驚いているが、表情はそう見えない。
エルデットが反撃に矢を射かけると、少女は近く木に糸を飛ばし、その糸を利用して木の方へ飛び逃げる。
「魔獣ども、仕事だ! 侵入者を食い殺せ!」
ドミニクと呼ばれていた男が手に持っていた鞭を振り上げ、そのまま鞭を振り下ろ……さなかった。
「え?」
「フリード様、やりましたわ!」
ルイーズの魔法で、腕は振り上げたまま固まり、鞭がポロリと手から滑り落ちる。
オレはドミニクに鉄の鎖を放つ。鎖はジャラジャラと音を立て、男に襲い掛かった。
「ぐっほぉ!」
「うっそ、ドミニク……!?」
まさに瞬殺。ドミニクは鎖で後ろに吹き飛ばされ、遥か後ろの木に叩き付けられる。ドミニクはそのまま気絶したようだ。
作戦通り、魔法を使わせる隙も無く沈黙させられた。
これで魔獣たちも魔法の支配から解放されて……。
「グオォォォ!」
「!? フリード様、ちょっと!? 話が違いますわ!」
間違いなく獣の洗脳は解けたようだが、そのまま森奥へ逃げるという予想が外れ、怒りに身を任せその場で暴れ始めた。
魔獣同士で争ったり、畑を破壊したりするなど、阿鼻叫喚だ。
「もう! ドミニク、逃げるよ!」
この惨状を見て、逃げる判断をしたようだ。少女は気絶したドミニクを糸で引き寄せると、木々伝いに逃げ出していた。
「待て!」
「おい、危ない!」
エルデットは追いかけるが、そこに巨大な拳が飛んでくる。ボルカックの支配が解け、手当たり次第に暴れ始めたようだ。
エルデットに拳が当たる前に、鎖を放つと、幾重もの鎖で動きを封じ込める。
「グオアアア!」
「2人を追ってくれ。こいつはオレが止める」
「分かった!」
エルデットは後を追い、森に走っていく。
「ギャオオオ!」
「うおっ、すごい力だ……!」
ボルカックは巻き付けられた鎖を力づくで破壊しようとする。腕の太さほどの鎖だというのに、少しづつ変形しているほどの力だ。
鎖では締め上げることはできなさそうだ。
だが、オレは次の作戦を既に考えている。
鉄を大量に生み出し、形を変えていく。背丈を超える高さになってもまだ鉄を生み出し続ける。
「御主人様、鎖が!」
「待て、もう少しだ」
ボルカックは鎖を引きちぎろうとしていた。長くはもちそうにない。
「よし、完成だ!」
オレが作り出したのは、鉄のハンマーであった。だが、大きさは周囲の木々さえ超え、まるで塔のように突っ立っている。
そのあまりの重さに、大地がわずかに沈み込んでいた。これに潰されれば、どんな魔獣もひとたまりもないはずだ。
「フリード様! 不味いですわ!」
「大丈夫だ、もう終わっている」
ボルカックはついに鎖を引きちぎり、天を向いて咆哮を上げている。オレはその位置に向けて、ハンマーの塔を倒し始めた。
「ゴァ……!?」
ボルカックが気付いた時には、ハンマーは重力による加速で勢いを増し、逃げる隙すら与えずにそのまま押し潰した。
ズドン!
「きゃあっ!」
その重さは倒れた勢いで、まるで地震の様に周囲を揺らす。ハンマーが倒れた時の音と風圧は、嵐の如く風を巻き起こしていた。
他の魔獣は怯え、森の奥へと逃げ出し始めた。
「グゥゥ……!」
「驚いた、まだ息があるのか」
ボルカックは全身を潰され息も絶え絶えだったが、恨むような目を向ける。
人間に利用され、人間に殺される魔獣に少し憐れみを覚える。
「……あとはエルデットに任せるか」
オレは深呼吸すると、魔法を使い過ぎて疲れたので少し休憩することにした。