第23話 魔獣の森
オレたちは夕食を摂るためにディアレンツの町を彷徨っていた。
「御主人様、今日も同じ酒場ですか?」
「流石に1週間連続は飽きたし、別の所に行ってみるか。……エルデットに会っても気まずいしな」
町の通りを眺めながら歩いていく。すると、目の前に急に男が立ちはだかった。
「ぐへへ、兄ちゃん。女2人もつれてデートかぁ?」
見るからに小汚い男はオレたちに絡んでくる。口の端には泡がついており、目は焦点が合っていない。
夕方から酔っ払いか? 困ったものだ。王都より治安が悪いのは知っていたが直接絡まれたのは初めてだな。
ルイーズがオレの服をぎゅっと握ってくる。
「お前には関係ない。退いてくれるか」
「うるせぇ! いちいち見せつけやがってよぉ! 掘らせろオラッ!」
まさかのオレ狙い。男は手を出して掴みかかってくる。
流石に町中で魔法でぶちのめす訳にもいかないので、手を掴み背負い投げの要領で投げ飛ばす。
「ぐっへぇ!」
男はあっさりと投げ飛ばされ、白目をむいて気絶した。
「……なんなんだ、一体」
「酔っ払いでしょうか。それにしては様子が変でしたが」
確かに少し気になったが、その理由はすぐに分かった。
「多分、アレだな。あそこの路地を見てみろ」
「あそこ?」
オレは路地裏を指差す。
路地裏では、さっきの男と似た風貌の浮浪者たちがしきりに革袋に口を突っ込み、恍惚とした表情を浮かべている。
「あれは、何をやっていますの?」
「薬を吸ってるんだろう。あまり近づくなよ」
「……流行り病ですの?」
「ピュアか、お前は……。麻薬だ、あれは」
「なっ! ま、麻薬ぐらい知っていますわ! ただ、ちょっと初めて見ただけですわ!」
ルイーズは顔を真っ赤にし取り乱す。
少し邪魔は入ったが、気を取り直し食事を探そう。
*
オレたちは町の中ではそこそこ高級そうなレストランに入ることにした。
クロスの掛けられたテーブルに案内され、腰掛ける。
「うさぎの取れる目処も付いたし、今日は祝勝会だな」
「……勝ってからやるべきだと思いますわ」
「まあそう言うな。美味いものを食うのに理由は不要だ」
「じゃあ何故祝勝会と……?」
適当な話をしていると食事がどんどん運ばれてきた。
「……この町では麻薬は当たり前なのでしょうか?」
食事を口に運んでいると、エミリアが話しかけてくる。
「そんなことはない。国全体で禁止事項だ。……ただ、地方まで目が届いていないのが現実だろう。あいつらを捕らえても残念ながらうさぎ代以下だ。魔法使いはいちいち金にならない軽犯罪を取り締まらないからな」
これは、魔法社会の弊害と言える。魔法使いが優秀過ぎるため、一般の警察組織が育っていない。
そして優秀な魔法使いは金になる依頼しか見ていない。結果が、あの放置された中毒者共ということだ。
「気になるのは分かるが、あれは個人で対応できるものではないな。この町のお偉いさんもバカでなければ、麻薬の出所を探っているはずだ。……現時点で結果は出ていないようだがな」
「……どうにかできないでしょうか」
まったく、エミリアは優しすぎるな。
「まあ、何か策は考えるか。罠猟だと考える時間はたっぷりあるしな」
「ほ、本当ですか!」
「あまり期待するなよ?」
「でも、御主人様なら何とかしてくれる気がします!」
笑顔でプレッシャーをかけてくる。
やれやれ、宿題は増える一方だ。エルデットへの謝罪に、麻薬に、あとはうさぎか。
まあ、天才の腕の見せ所というやつだな。
考え事をしていると、メインディッシュが運ばれてきた。
オレは思考を一旦止め、目の前の食事に集中することにした。
*
朝6時前。
オレはドキドキしながら待っていると、無事エルデットがやってきた。
身なりも昨日と同じだ。
「エルデット、昨日は悪かった」
結局、昨日と同じような謝罪の仕方になってしまった。
「いや、もういいんだ。私も取り乱し過ぎた。お前の指摘を聞いて、少し見た目を意識したんだが、どうだ?」
体をぐいっと前に出して見せつけてくる。
上から下までじろじろと見るが、正直、何が変わったかわからない。
だが、女性は変化に気付かれないのを嫌うと識者に聞いたことがある。
「昨日より落ち着いた雰囲気で悪くないような気がする」
「ん……。そうか」
エルデットは満足そうに頷くと、森へ向かって歩き出した。
「御主人様……」
後ろからメイドの視線を感じる。言いたいことは伝わる。だが、これ以上オレを責めないでくれ……。
オレは気付かないふりをし、エルデットの後を追いかけた。
*
「うう、手がびちょびちょですわ……」
オレたちは、水につけていたワイヤーで再び罠の設置を始めていた。ルイーズは泣き言を言っているが、頑張っているようだ。
そして、横目でちらりとエルデットの後ろ姿を見る。
エルデットも何故かオレたちの手伝いをしている。面倒見がいいのだろうか。本当に見た目以外は完璧と言っていいな。
彼女は体をびくっと震わせ、こちらをちらりと見る。
……そういえば見てることが分かるんだったな。あまり見ないでおいてやるか。
罠の設置が終わった頃にはもう太陽は真上に上っていた。
「エルデット様、折角ですし一緒にお昼でもどうですか?」
エルデットにエミリアが話しかける。オレがお願いして4人分の食事を準備して貰ったので、大きいバスケットを手に下げている。
「いや、私は……」
「助けてもらってばっかりだし、お礼もしたい。少しぐらい、構わないだろう?」
「……わかった」
オレもエミリアに加勢すると、エルデットも了承してくれた。
「よし、昨日は魔法を見せてもらったし、今日はオレがお見せしよう」
オレは錬金術で椅子とテーブルを生み出し始める。
鉄製のテーブルの上に更にガシャガシャと銀の皿やスプーンを並べる。中心には金の燭台も添えておいた。……肝心の蝋燭はないが。
これぞ錬金術奥義・テーブルセットだ。
「なっ!? この魔法は……?」
「これがオレの『錬金術』だ。木漏れ日の中のレストランも悪くないだろう?」
*
オレたちは4人でテーブルを囲み、食事を始めた。
「エルデット、金毛うさぎって知ってるか?」
前から気になっていたことを聞いてみる。
普通のうさぎすら捕まえられていなかったので忘れかけていたが、元々はそれも目的の一つだ。
「金毛うさぎならもっと奥地で捕まえたことがあるな。ただ、累計で3羽だ。狙って捕まえるものじゃない」
ベテランでもそのレベルか。……諦めた方が無難かもな。
「奥地は魔獣の生息地なんだ。危険だし近づかない方がいい」
「そういえば、魔獣の森なのにこの辺りは魔獣がいませんでした。奥の方には生息してるんですね」
「人の目につくところには滅多に現れない。肉や毛皮の価値もうさぎや狐、猪に負けるから狩人も奥には行かないんだ」
話を聞いていると、ルイーズがオレの体をちょいちょいと突く。
「フリード様、魔獣とは何ですの? 熊は魔獣ではありませんの?」
「ふっ、この天才に問いかける判断は称賛に値する」
「……いいから早く教えてくださいな」
「説明しよう! 魔獣とは、その名の通り魔法を持つ獣だ。
火を噴く犬や空を飛ぶ虎、石化の毒を持つ鳥などがいる。
多種多様な魔法を持つ人間と違って、種で魔法が決まっているのが特長だな。
戦闘力で呼び分けているわけでは無いから、熊より弱い種も存在するぞ」
「な、成る程ですわ……」
オレの怒涛の説明を聞いて、ルイーズは理解したようだ。
「魔獣か……。せっかくここに来たのだから、見に行くのも一興だな」
「御主人様!? 危険なことは止めましょうよ!」
「私も反対だな。理由なく立ち入るには危険すぎる」
「無理についてこなくてもいい。ふっ、楽しみだ」
エルデットは、はぁ、とため息をついた。
「そこまで言うなら案内しよう。だが、せめて明日にしてくれ。少し準備がしたい」
「いや、そこまで頼む気はないが……」
「嫌だと言ってもついていかせてもらう。一人で死なれても寝覚めが悪いからな」
「……わかった。じゃあよろしく頼む」
「ちょっと、御主人様!」
「いいじゃないか、少しぐらい。魔獣の頭の剥製をホームの壁に飾ろう」
「……悪趣味ですわ」
2人の視線も何のその。オレは、明日の冒険へ思いを巡らせていた。
……麻薬? なんのことだそれは?