第19話 ユグドラシル
ここは、どこだろう。
どこか、山の中。強い雨が降りしきる中、2人の人物が見える。
一人は10歳に満たない少年、もう一人は20代ぐらいの男だ。
「ねえ、おっさん」
「おっさんじゃない、お兄さんだ」
「どうしてオレを助けたの?」
「お兄さんは、人助けが趣味なんだ」
「……ねえ、おっさん。」
「だから、おっさんじゃ……」
「どうして、オレを助けるためだけに、そんな大けがをしたの? ……オレを助けなければ、死ぬことはなかったのにっ!」
男は、雨による落石の際、少年を庇って、身代わりになり下半身を失っていた。
もう助からないことは、誰の目にも明らかだ。
「お兄さんは、『未来視』で、人の将来が視えるんだ……。ここで死ぬのは運命だったんだよ。……こっちに来て、僕によく姿を見せてくれ。君の未来を視たい」
2人は無言で見つめあう。
「……やっぱり、君を助けてよかった。僕の読み通り、君は将来、この世界を救う男だ」
「そんな! ……オレに、そんな力なんて……」
「僕の未来視は、絶対だよ。それに、君は『天才』だ。……自分を、信、じて……」
*
オレは、がばっと飛び起きる。そこは、ギルドホームの2階、自室ベッドの上だった。
服にはじっとりと汗をかいている。
……久しぶりにあの夢を見たな。
「御主人様、おはようございます。もう起きていらしてましたか」
エミリアが部屋に入ってきた。
この優秀なメイドは、いつも朝食のできる少し前に起こしに来てくれる。
「御主人様? 顔色が優れないみたいですが」
「……天才でもたまには悪夢を見るさ」
心配そうな顔を見せるが、オレの冗談めいた返しに安心したようで一階へと降りていく。
……オレも一階へ向かうか。
*
ゆっくり一階に降りていくと、キッチンの方から話し声が聞こえてきた。
「ルイーズ様、包丁を使うときは手をこう、猫の手に……」
「こ、こうですの……?」
どうやらルイーズに色々教えているようだ。2人並んで、髪を左右に揺らしながらあれこれやっている。
女の子の後ろ姿って、なんかこう、良いよな。
「あ、御主人様。もうすぐ用意できますので、お待ちください!」
オレは椅子に腰かけて待つことにした。すると、ルイーズが近づき挨拶をしてくる。
「フリード様、おはようございますわ」
「おはよう。もうギルドホームには慣れたか?」
「ええ。でもまだ、わからないことばかりですわ。今もいろいろと、エミリアさんに教わっていたところですわ!」
ルイーズはあれ以来、時折実家(徒歩15分)に帰りつつも、基本はギルドホームで過ごすようになった。普段はエミリアの手伝いをしてくれているようだ。
オレとしても、近くにいてくれた方が守りやすいし好都合だ。
「お待たせしました、御主人様!」
朝食のパンと火を通した干し肉、ポタージュが並ぶ。
「今日は牛の丸焼きの日じゃないのか?」
「そんなの一度も出したことないですよ……」
*
オレは、食後のコーヒーに口をつけている。
……ふむ、やはりビストリア産のコーヒーは違うな。
違いの分かる人ごっこを楽しんでいると、呼び鈴のなる音がした。
「私が見てきますね」
ルイーズと食事の片づけをしていたエミリアが一時中断し、玄関の方へ向かう。
……客とは珍しいな、誰だろうか。
「御主人様、御友人と名乗る方がいらしていますが……」
「ん? どんな奴だ?」
「背の高い男の方です」
「そんな奴は知らんな。きっと詐欺だろう。おととい来やがれと伝えて塩を撒いてくれ」
「それは私にはちょっと荷が重いです……」
「……このギルドは客に塩を撒くのかね?」
男の声が聞こえる。どうやら勝手に入ってきたようだ。
「久しぶりだな、ヴァレリーよ」
「その声は……! ローズ、王都に帰ってきていたのか!?」
そこには体格のいい男が、白い歯をにかっと見せながら立っていた。
「君がギルドを設立したと聞いて、お祝いでもと思ってね」
「そうか、ありがとう。お前もよく無事で帰ってきたな」
オレたちはガシッと抱き合う。
「2人とも、紹介しよう。彼はゲイリー・ローズ。オレの友人でギルド『ユグドラシル』の幹部だ」
「えっ!? 『ユグドラシル』って、国内第3位ギルドの!?」
エミリアが驚いた声を上げるが、無理もない。国内でAランクと言われているギルドは3つしかない。その1つがギルド『ユグドラシル』だ。
魔法を使った探索や調査、魔法自体を学問として研究するなど、学術的な活動をメインとしているギルドである。
病気の治療法確立や農業効率の向上など実績も豊富で、貴族や王家からの信頼も厚い。
「フリード様、そんなすごいギルドと親交がありましたのね」
「ギルドは昔から彼に目をつけていたのだよ。彼は学生時代から優秀だったからね。……残念ながら、逃げられてしまったがね」
「ふっ、この天才にはやるべきことがあるからな」
*
オレは、ローズとしばしの間世間話に耽っていた。やはり数年来の友人と話をするのは楽しいものだ。
話に熱中していると、昼を告げる鐘が王都に響き渡る。
「おっと、もうこんな時間か。ヴァレリーよ、今日の所はこの辺で失礼しよう」
「ああ、久々に会えて嬉しかったぞ」
「そうだ、ルナからも伝言を預かっていたのを忘れていた」
「ルナちゃんが? ギルド設立おめでとう、とかか?」
「『とっとと本を返せ!』……だそうだ」
「……あ」
オレは、借りっぱなしだった本の存在を今、思い出した。