第16話 獣人の襲撃
リューストンに到着して1週間が経過した。
ルイーズは毎日を父と過ごしている。彼女の父エリオットもできる限りの時間を娘に費やしているようだ。
オレはというと、散歩も飽きてきたのでここ数日は農作業の手伝いをしていた。
「うーん、だいぶ錆び付いているな」
錆び付いた鉄製の鍬の先を指で弾くと、錆がぱらぱらと落ち、きれいになる。
これぞ錬金術奥義・錆落としだ。
「す、すごい……! なんて魔法なの!?」
「フリード様、こちらもお願いします!」
「ちょっと、こっちが先だ!」
「慌てるでない、君たち。一瞬で終わる、どんどん持ってきなさい」
農作業をしている者たちが鋤や鍬などを持ち寄り、オレの周りには小さな人だかりができていた。
「御主人様、何をなさっているのですか?」
「おお、エミリア。見ての通り、人気者だ。ついに天職を見つけてしまったようだ」
オレは手を止めずに答える。
「そ、そうですか……。それはそうと、エリオット様がお探しでしたよ」
「エリオット卿が? わかった、すぐ行こう」
残った作業をさくっと終わらせると、屋敷へ向かうことにした。
*
屋敷へ入ると、エリオット卿がロビーで待っていた。ルイーズも一緒だ。
「やあ、フリード君。最近、仕事を手伝ってくれているんだって? 家の者たちからも感謝の言葉が届いているよ。本当に有難う」
「ふっ、何でもこなせてこそ天才だからな。……それで、用事があったみたいだが?」
「明日、ここを発とうと思いますわ」
オレの問いかけに、ルイーズの方から返事があった。
「そうか。もう十分満喫したか?」
「ええ。それに、あまり長居したら父の仕事の迷惑ですわ」
本当はここでもっと過ごしたいはずだが、意志は固いようだ。
「それで、帰りも君たちに護衛をお願いしたくてね」
「元よりそのつもりだ。……気になることもあるしな」
「そうか、それを聞いて安心したよ。……ルイーズ、席を外してくれないか。彼と二人きりで少し話をしたい」
「わかりましたわ」
ルイーズが出ていくのを横目で見送る。
「来るときに盗賊が待ち伏せしていたと言っていたけれど、帰りは大丈夫なのかい」
「いや、恐らく今後もトラブルが起きるだろう。盗賊を雇った犯人を捕まえるまではな」
「……犯人は、やっぱり使用人の誰かなのかな」
どうやらオレと同じ答えにたどり着いているようだ。
「ルイーズの話だと、今は使用人は執事一人だけらしい。馬車を手配したのも彼だ。そいつの可能性が高い。最後まで護衛するから、安心してくれ」
「……君には本当に感謝するよ。そうだ、これを渡しておこう」
エリオットは、小さなタグのついたカギを渡してくる。
「王都の貸金庫のカギだ。中には1000万ベル入っている」
「いっ!?」
「どうか、娘を守ってやってほしい」
流石、貴族様。1000万をポンと出すとは。
オレはカギを絶対に落とさぬよう、服の裏に丁重にしまい込んだ。
*
翌朝。
屋敷の前には既に馬車が準備されていた。御者を頼もうかとエリオットは申し出てくれたが、危険が予想されるので丁重に断っておいた。
本日の御者は、オレだ。
屋敷の前には見送りのエリオットと、使用人や領民たちが並んでいた。
「フリード様、お気をつけて!」
「次来たときは、扉の蝶番の修理をお願いします!」
「うちは呼び鈴の錆落としを!」
「新しい蹄鉄を!」
オレが仕事を手伝った屋敷の使用人たちや周辺の領民が、口々に声を上げる。
「ふっ、すっかり人気者になってしまったな」
「完全に便利屋扱いですけどね……」
いつまでもこうしていても仕方がない。オレはそろそろ出発することにした。
「ルイーズ! ……気を付けて」
「はい、お父様!」
多くの人々に見送られながら、馬車は進んでいく。
*
暇だ。
何故帰り道というのは、こんなにも退屈なのだろうか。
ここまでは順調に来ている。何もなければ夕方には王都につくだろう。それはつまり、あと4時間はこのままだという事だ。
「ああ〜、退屈、退屈、退屈だ〜な〜」
オレはあまりの暇さに、退屈の歌(作詞/作曲:天才)を口ずさむ。2番の歌詞を考えながら馬車を進めていると、道の真ん中に仁王立ちする人影が見えてきた。
「ん?」
その人影は目深にローブを被った姿で微動だにせず、馬車が目の前に来ても退く気配がない。
オレは仕方なく馬車を止める。
「この馬車にはルイーズという娘が乗っているな?」
ローブから低い男の声が響く。
「馬車違いだろう。邪魔だから退いてくれ」
オレはそっけなく答えるが、男は退く気配がない。
「!?」
突如、男が恐るべき跳躍力で、オレの目の前に跳んでくる。
オレは御者席を蹴り、馬車の横に飛び出して回避をする。バキバキという音を立て、さっきまで居た御者席が破壊される。
「はっ、オレの『狼人』の速さに反応するとはな!」
男がフード部分を取ると、そこには狼の顔がついていた。わずかに見える腕は獣のように毛深く、ギラリと鋭い爪が輝いている。
「オレはギルド『獣王』のザイカルだ。暗殺依頼を受けたんでな、恨みはないが死んでもらうぜ!」
「……それはご丁寧に、どうも」
「御主人様、今の音は!?」
馬車の中からエミリアとルイーズが姿を現す。
「!? 危ない、顔を出すな!」
「こいつらが獲物だなっ!」
狼男は2人に瞬時に飛び掛かる。
「え?」
エミリア達が何を起きたかを把握する前に、爪が目前に迫っていた。
ドカッ!
「何!?」
爪がエミリアに届く直前、狼男の腕が馬車の壁に叩きつけられる。オレが瞬時に追いつき、叩きつけた結果だ。
オレの足には、見えないよう服の中にバネ状に鉄が巻き付けてある。鉄の弾性を利用し、自分の体を弾き飛ばすことでの高速移動だ。
「あの距離で間に合うとはな。何だてめえの魔法は!」
「……言う訳ないだろう」
狼男は空いた方の手をオレに振るう。オレはそれを避けるために一歩退くと、狼男も一度馬車の近くから飛び退く。
男はローブを完全に脱ぎ捨てる。顔や腕だけでなく、上半身すべてが毛で覆われ、まさに半人半獣だ。
「どうやら、先にてめえを殺さないといけないようだな!」
やれやれ、やっと本気を出してくれるようだ。
……なら、オレも応えなければな。