第17話 忠誠とは
道の真ん中で停車した馬車。
風の音しか聞こえない平原地帯に、オレと対峙する男が発するピリピリとした殺気が満ちている。
「『狼人』の本気を見せてやるぜ!」
ザイカルと名乗った狼男は、姿勢を低くし飛び掛かる姿勢を見せている。
オレは身構え、敵の攻撃に備える。狼男は地面を蹴り、一足飛びに距離を詰めてきた。
――速い!
オレは鉄の盾を生み出し、攻撃を受け止める構えをとる。だが、男の爪は容易く鉄を引き裂いてくる。
勢いを殺すことには成功したものの、爪はオレの腕まで届き、一本の赤い傷を残す。
「あっ!? 御主人様!」
エミリアの悲鳴が聞こえる。どうやら、オレの盾では防げないほどの鋭さらしい。
「はっ! その柔らかい盾がてめえの魔法か?」
「そうとも言えるしそうでないとも言えるな」
「何わけわかんねえこと言ってやがる。このまま切り刻んでやるぜ!」
狼男は腕を振り回しながら突っ込んでくる。オレは避けることに専念し、紙一重で爪を躱し続ける。
「御主人様、防戦一方です……!」
「わ、私の『不平等条約』で支援を!」
「でも、却って邪魔してしまうかもしれません……!」
「うう、どうすれば……」
エミリアたちの心配する声が聞こえてきた。
「お前に聞いておきたい。暗殺依頼は禁止されているはずだ。それも貴族狙いなど……。ギルドは確実に潰れるぞ」
「誰がそいつをチクるんだ? お前らはここで全滅するのによぉ! 実際、低ランクギルドは隠れてやってるとこばかりだぜ! 普通の仕事じゃ全然稼げないからな!」
「そうか。……罪悪感はないのか?」
「罪悪感だと……?」
狼男は一旦動きを止め、突如、高笑いを始めた。
「はーっはっは! 罪悪感!? なんだそりゃ!? 好きなだけ魔法で暴れられるんだぜ!?
それに、オレの魔法で偉そうな貴族や商人たちが恐怖に震え、涙を浮かべながら許しを請う姿。命を手玉に取る優越感。楽しいに決まってんだろ!?」
「……そうか」
「もういいだろ? てめえをとっとと殺して、オレは怯える子羊ちゃんたちと遊びてぇんだよ!」
「ああ、もう聞きたい事はない」
「……じゃあ、死ね!」
狼男は、腕を振り上げこちらへ突っ込んでくる。
「御主人様!」
大振りの一撃が、オレの体に届く。だが、その腕は空を切り、何かがボトリとその場に落ちる。
「ぐおおおぉぉ!? お、オレの腕がぁ!? てめえ、いつの間に剣を……!」
先ほど振るおうとしていた腕は体から離れ、オレの足元に転がっていた。
オレは『錬金術』で生み出した剣を手に持っている。爪がいくら鋭く固くても、腕はそうはいかないだろう。
「オレの魔法を見極めずに仕掛け続けるなど、自殺行為だったな」
男は雄たけびを上げ、痛みにのたうち回る。
「……人であれば命を奪うまではないかと思っていたが、どうやらお前は心まで獣のようだ。ここで殺す」
「ハァ、ハァ……! てめえ、不意打ちで粋がってんじゃねえ!」
まだ力量差が分かっていないようだ。
男は残りの腕を振り上げ、再び仕掛けてくる。だが、振り上げた腕はそのまま静止し、動くことはなかった。
「……?」
「なぜだ、オレの腕が動かねぇ!?」
「フリード、今ですわ!」
ルイーズが腕をぶんぶん振りながら声を上げる。どうやら魔法を使ってくれたようだ。
「終わりだな、愚かな獣よ」
「ま、待て!許し――」
オレは、狼男に剣を振り下ろした。
*
ガラガラガラ。
車輪の音を聞きながら、オレは馬車を走らせている。空はまだ明るい。
「見えてきたぞ、王都だ」
王都の城壁が姿を見せ、そして大きくなってくる。
「やっと帰ってこれましたね!」
「ふう、疲れましたわ……」
二人が馬車から顔を出し、声を上げる。
……さて、最後の仕事だな。
*
オレたちは馬車を置き、ルイーズの屋敷の前に到着していた。
「セバス、今帰りましたわ!」
扉を開け、屋敷の中へと入っていく。
「なっ!? お、お嬢様……!」
執事は驚いた表情でこちらを見る。
「何か変わったことはありまして?」
ルイーズが執事に近づこうとするが、オレは首根っこを掴み、引き寄せる。
「きゃあ! ちょ、ちょっと、フリード!?」
「暗殺したはずのお嬢様が帰ってきて驚いたか?」
「な、何を言っている!?」
「フリード、それってどういう……」
オレはルイーズの言葉を遮り、続ける。
「行きと帰りで2回も襲われれば狙われている事など誰でも気づく。お前が犯人という事もな」
「えっ!? セバスが……?」
「ふん、バカな。何を根拠に!」
どうやらあくまで白を切るつもりらしい。この様子だと、証拠になるものは残していないだろう。
「バカはお前だ。天才のオレが、お前を犯人だと確信しているのだからそれが根拠に決まっている」
「……聞く価値もない!」
「まあまずは捕まえさせてもらうぞ。王都の監獄には触れるだけで嘘を見抜く魔法使いがいるからな。そいつの前で無実を思う存分叫ぶと良い」
「なっ!?」
オレの言葉に執事は顔色を変える。
「セバス、本当ですの……? 嘘ですわよね?」
ルイーズはまだ信じられないらしく、問いかける。
「……奥方様が生きていらした頃は、この屋敷も笑いにあふれていた」
執事は急に自分語りを始める。
「だが、今はどうだ!? そこの娘のせいで、使用人は皆辞めてしまった! そいつはわがままで回りを振り回すことしかしない!」
「せ、セバス!?」
「奥方様は、皆が笑う屋敷を愛しておられた。だが、そいつはそれを全て破壊したんだ! 奥方様の愛したものを守ろうとして、何が悪い!」
「そんな……」
「屋敷を守るのが、私の仕事だ! 『鋼鉄爪』!」
執事は爪を硬質化し尖らせると、ルイーズへと向かってくる。
「何!?」
オレはルイーズの前に立ち、鉄の壁を展開する。分厚い鉄の壁に、執事の爪は簡単に折られてしまう。
「『鋼鉄爪』、ねえ。まがい物だな。魔法も、忠誠心も」
オレは執事の怯んだ隙を見逃さず、鉄の鎖で執事を引き倒す。
「オレも一週間あっちで色々聞かせてもらった。奥方は確かに優しかったみたいだな。使用人のミスも笑って許すほどに」
「……!?」
「奥方のおかげで笑っていられただけの無能共が、少し厳しくなっただけで命を狙うとは滑稽だな。奥方に助けられたのなら、その恩は返すべきだろう。奥方の愛した娘を助けることでな。それが忠誠心じゃないのか?」
「違う!違う、私はただ……」
執事はぶつぶつとつぶやいていたが、鎖の締め付けによって、やがて意識を失った。
「ふう」
執事を連行するために、衛兵でも呼んでくるか。玄関を出ようと振り返ったところで、ルイーズに抱き着かれる。
「おっと、ルイーズ?」
「フリード、私、私……!」
信頼していた人間に裏切られ、ショックなのだろう。涙声が聞こえる。
「……エミリア、悪いが代わりに衛兵を呼んできてもらっていいか?」
「あ、はい!」
エミリアは少しこちらを気にかけていたが、玄関を出てパタパタと駆けていく。
……胸を貸すのも、まあ護衛の範疇か?
そう考えながら、オレは身動きできないまま衛兵を待ち続けた。




