第48回活動報告:色々ありつつも平穏です
色々ありつつも平穏です
活動報告者:宇野空響 覚得之高校二年生 自然散策部 部長
やれやれ、前途多難というか、なんというか。
王都に向かうこと自体には里中先生の方からは特に問題などは言われなかったが、勉強、学業を疎かにしてはいけないという当たり前のことを、越郁君はどうやら、異世界管理局の補助支援関連で点数上乗せを夢見ていたらしく、遠出をする際に、学校を休み勉強が遅れた場合、不味いということにようやく気が付いたらしい。
ということで、昨夜は久々に一学年の勉強をおさらいすることになった。
もちろん、越郁君に勉強を教える形で、自分がおさらいするという意味でね。
そして、正直に言おう。
越郁君は勉強が得意ではないとはっきり分かった。
いや、むしろ馬鹿の部類だろう。
極端に、興味があることと、そうでないものの差が激しいタイプなのだ。
それはこの異世界調査員になる過程で、異世界の知識の豊富さに驚いた私が言うのだから間違いない。
幸いというべきか、まだ越郁君は一年の一学期、5月なので、期末テストまでは遠いが、不幸にもGWが明ければ中間テストだ。
一般的に成績というのは中間テストと期末テストを合わせて結果が出る。
具体的にいうなれば、中間と期末を足して、二で割った数字が基本的な学校の成績となる。
なら中間テストが悪くても期末で巻き返せればという話になるが、好き好んで不利な状況にする必要もないだろう。
というか、勉強ができない人が勉強を付け焼刃でしたところで、そんなに点数が伸びるのなら、赤点なぞ存在しないし、留年などというシステムも必要はない。
僕たちが王都への遠征に行くために突破するべき課題はツーチたちの実力アップと、越郁君の学力向上が必須となったわけだ。
まあ、学力向上は僕や勇也君も該当するのだが、一応勉強はしているので問題はないと思う。
ちゃんとそれを確認するためにお願いもしてきたのだし。
「ふぁー……。眠い」
横ではぼやーっとしながらパンを焼く準備をしている越郁君がいる。
昨日は急遽、越郁君の学力を知るために夜遅くまで勉強をした結果だ。
朝早い、というか日が出る前から起きなければいけないパン屋をやっている僕たちには短い睡眠時間だった。
「越郁。しっかりしろ。今日のジャムはどれを使うんだ」
「あー、えーと、これこれ。イチゴ」
本日のジャムの中身が決定したところで、もくもくとパンを作り始めるのだが、僕も実をいうと眠い。
流石に、昨日は焦って越郁君の学力調査に力を入れ過ぎたと思った。
スィリナさんたちが泊まっていることもあって、普段よりも夜遅くまで起きていたのに、さらに勉強だ。
おかげで僕も正直眠い。
今度からはちゃんと予定を立ててやっていこう。
焦って失敗をすれば元も子もない。
ということで、眠気をこらえながらも、パンを焼いていると、いつものように、ツーチたちが訓練から戻ってきた。
「た、ただいまもどりました」
「ただい……ま」
「た、だいま、です」
今日で4日目。いや、まだ4日目。
そんな簡単に変わるわけもなく、疲労困憊の様子だ。
「お風呂湧いているから、ちゃんと入って寝るんだよ」
もう返事をする気力もないのか、頷いて、そのままお風呂場へと足を運ぶ3人。
それと入れ替わるようにスィリナさんたちも調理場に顔を出してきた。
「いい匂いにつられて起きてきたが……」
「あの3人。とても疲れた感じよね」
「もしかして、今まで夜も寝ないで訓練してたの?」
3人はすれ違ったツーチたちを見て心配したように聞いてくる。
別に隠すようなことでもないので、越郁君が素直に答える。
「そうだよ。そしてこれからお風呂に入って昼過ぎまで寝る」
「わざわざ夜に訓練をさせて、夜明け前から、昼まで寝かせているのか? なんでまたそんな……」
「あー、なるほど。スィリナ。コイクたちは知られたくないのよ」
「ああ、そっか。秘密の訓練ってやつか。言ってたもんね。強くなるって」
「そうだったな」
非難するような態度だったスィリナさんは2人の説明を聞いてすぐに納得する。
こういう時は、実力者であり秘密が沢山あるっていうのは好都合だね。
勝手にそういう方向で納得してくれる。
いや、言っている通り、秘密の特訓なんだけどね。
里中先生の訓練フルコース。
昨日の報告で少しきつめに行きましょうって言ってたから、きっと僕たちと同じように、木刀でボコボコにされ始めたってところかな?
それとも、もう訓練用の刃を潰した剣かな?
……流石に、もう本物の刀剣での訓練やってないよね?
……起きてきたらツーチたちに聞いておこう。
そして、ある程度これからの情報を教えておくのがいいかもしれない。
それが彼女たちの為になるだろう。
「と、すまない。話が戻るが、いい匂いにつられて起きてしまってな」
「えーっと、色々準備しているところ悪いんだけど、焼きたてのパンとか食べられる?」
「そうそう、お腹へったよー」
あ、そうか。
彼女たちは匂いにつられて起きてきたんだから、当然食べてみたいはずだ。
とはいえ、まだ僕たちは作業があるし、出来上がったパンだけ渡しておくかな?
そう考えていると、越郁君がこういう。
「うーん。出来上がったのを渡してもいいけど、こうして朝の仕込みに顔をだしたんだし、作ってみない?」
「作る? パンをか?」
「そうそう。別にスィリナたちが作ったパンをお客さんに出すわけでもないしさ。私たちはまだ仕事残っているし、パンを渡すと3人で食べるって感じになるよ?」
「いいじゃない。面白そう。こんなパンを作ったことないからやってみたいわ」
「私もさんせー。別にお腹減って我慢できないってわけでもないし、ジャムも使っていいんでしょう?」
「もちろんいいよー」
ということで、スィリナさんたちも、パン作りをすることとなる。
まあ、すでに生地は出来ているし、後はジャムを入れて形を整えるだけなんだけどね。
自由に形を作ってもらうなどして、それを焼いて、楽しい朝食となった。
「うむ。焼きたては美味しいな」
「というか、不思議なぐらいふわふわよね」
「うまー」
「「「はぐはぐ……」」」
スィリナさんたちは自分たちで作ったパンを美味しく食べ、ツーチたちは必要以上に言葉を発することなく、食べてすぐ寝た。
まあ、昨日までツーチたちは朝ごはんを食べることなく寝てたからいい傾向なんだろうけど。
「さて、朝食は終わったが、コイクたちはこれからだろう?」
「そうだよ。これから開店。お金の計算とか接客とかもしてみる?」
「いや、流石に商売だからな……」
「え? そう? 私はしてもいいと思うけど」
「うん。私もやってみたい」
「じゃ、スィリナさんは町をぶらぶらしてるか、家のほうでのんびりしてる?」
「うーん。それもどうかと……」
「なら、護衛としてパン屋の前にいるとかどう? そしたら今日も家に泊まればいいし」
「あ、それいいわね」
「宿代も浮くしいいじゃん。スィリナ」
「はぁ、馬鹿アノン。宿代は払う。だが、その話は受けさせてもらおう。だが、毎日というわけにはいかないぞ?」
「ああ、それはオッケー。私たちも仕事を受けたいし、スィリナたちについていった方が楽そうだし」
「なるほど。そういう狙いもあるのか。いいだろう」
そういうことで、スィリナさんたちとは簡単な契約を交わして、パン屋を拠点にリーフロングで活動することが決まって、パン屋をいつもの通り開店することになった。
「「「いらっしゃいませー」」」
相変わらずの人の多さで、いつものようにお昼ごろには完売することになる。
しかし、初体験の3人は予想以上にきつかったらしく……。
「……私は護衛のはずだったが、気が付けば接客をしていたな」
「すごいわねー。奥さんたちって買い物になると冒険者より強いわ」
「……わかる。あんな鬼気迫る表情で来られるとは思わなかったよ。まあ、それだけ美味しいんだろうけどさ」
閉店後にはへばっていた。
慣れないことをすると疲れるのは歴戦の冒険者だって同じだね。
「さて、あとは店じまいをして、売り上げの計算をするだけだから、3人はリビングの方に行ってて、お昼ご飯を食べよう」
「ああ、もうそんな時間か」
「気が付かなかったわ」
「そういわれるとお腹減った。ご飯だご飯!!」
そういって、3人はリビングの方に引っ込んでいく。
それと同じくして、二階から起きてきたツーチたちが下りてくる。
「おはよー」
「「「おはよーございます」」」
「もう、お昼だからリビングに行っててね」
「「「はい」」」
ツーチたちもわかっているのか、そのままリビングへと移動する。
「さて、僕が今日は売上確認するから、お昼ご飯の準備をお願いするよ」
「わかりました。今日は昨日のビーフシチューが残ってますから、オムライスにかけて食べましょう」
「いいねー。ビーフシチューオムライス!!」
「ああ、そういえば、麦飯を使うのかい?」
「そのつもりですよ。麦飯でも十分美味しいですからね。楽しみにしててください」
「そういえば、せんぱいはオムライスはふわトロ派? しっかり包む派?」
「僕はどちらかというと、しっかり焼いて包んでくれる方がいいかな」
「りょーかい」
僕の希望を聞き届けた2人はすぐにお昼ご飯の準備に向かう。
さて、お昼ご飯ができる前に僕もさっさと売り上げを確認するとしよう。
しかし、売り上げを見て多少げんなりする。
薄利多売方式だから、細かいお金が多く、しかも、現代の地球と違って、コインは擦り切れているのも存在する。所謂、悪銭というやつで、価値が半減しているという判定を受けたりもする。
僕たちの店では、悪銭でも同じ額で扱うようにしているのだが、僕たちが管理する上ではやはり悪銭は分けなくてはいけない。
というか、どこからが悪銭で、どこからが良銭という判断がとっさにできないことにあるんだけどね。
こればかりはこの世界に慣れていくしかない。経験が不足しているといやつだ。
まあ、大きい額のコインじゃないから、被害もそこまでないんだけどね。
そんなことを考えながら、売り上げの確認が終わる。
「ふーむ。悪銭を除いても、普通に黒字だね。単価としては普通のパンより2、3倍高いのが効いているのかな?」
まあ、とりあえず、店舗は賃貸じゃないし、商買権とか税金とかは、免除もらっているから、万が一、ツーチたちが先生の訓練についていけなくても、ここで食べていけるとは思う。税金を払ったとしても貯えはできるだろう。
……このまま売れればだけどね。
商売の素人である僕たちは楽観できないよね。
一か月、二か月、半年、一年がたたないとこういう商売は見通しが立たないね。
商売はギャンブルと似ているっていうのはわかるし、周りをよく見て流れをしればやっていけるって言うのもわかる。
……あれだ、商売は難しいということだね。
そんなことを考えながら帳簿を見つめていると、越郁君がやってきた。
「せんぱーい。お昼ご飯できたよー」
「ああ、今行くよ」
ともあれ、まずはお昼を食べよう。
越郁君に呼ばれて、リビングに行くと、テーブルにはオムライスが置いてあり、真ん中にビーフシチューの鍋が置いてある。
「オムライスは初めてだと思いますから、まずは食べてみて、口に合うようだったら食べてもらって、ビーフシチューをかけても美味しいので、途中で試してみてください」
「なるほど。ソースとして使うわけだな」
「贅沢ねー」
「うひゃー。ねえ、たべていい!?」
「いいよー。せんぱいも来たし食べてよう」
「ああ、いただこう」
ということで、待ちきれないといった感じのアノンにつられるようにみんなオムライスを食べ始めて、幸い、全員の口に合ったらしく、ビーフシチューもかけて美味しく綺麗に頂かれた。
その最中に思ったのだが、このスィリナさんたちを見て気が付いた点がある。
この一帯の人たちは1日3食のようなのだ。
リーフロングだけかな?と思っていたがそうでも無いようだ。
不思議に思って、スィリナさんたちに話を聞いてみると、やはりこの世界ならではという感じで、夜は夜で活発になる魔物がいるので、警戒の手は抜けないのだそうな。
あと問題となる灯りだが、それぐらいは魔術で補ったりできるので、一般家庭はともかく、夜警の兵士の為の灯り代で領主が困ることはないそうだ。
まあ、日本も確か徳川幕府が出来て100年後ぐらいには1日3食になったという文献もあるから、そこまで不思議でもないんだろう。
この異世界であるからこそ、灯りを確保する特殊な方法があったということだ。
平和になったから、夜遅くまで起きているのではなく、危険だからこそ、夜遅くまで起きていて、ご飯を取る必要性があったというわけだ。
これは、報告書に書いておくべきだね。
何はともあれ、今のところは順調なんだろうね。




