3.南へ<2/3>
納戸から使えそうなものを出してもらっている間、三人は食堂で簡単な朝食を振る舞われていた。馬にも、飼い葉と水を与えてくれるという。
先を急ぎたいのは山々だが、人は多少の無理が利いても、馬にも休息を与えなければいけない。ここは甘えることになった。
といっても、ギリェルは最低限のものを手早く食べると、あとは壁にもたれ、座った形のまま目を閉じていた。
考えてみれば、少し休む時間のあったランシィとオルフェシアはともかく、ギリェルは高級住宅地から抜け出してきてあの騒ぎに出会い、すぐに町を飛び出してきた。昼夜が逆転した生活を送っているから、普段ならそろそろ二階で休み始めている頃合いなのに、今までまったく疲れた様子を見せていない。
「……彼は、短い間に効果的に休息をとる方法を心得ているのですね」
先に食べ終えたオルフェシアは、ギリェルを気遣うように、静かにランシィに囁いた。
「彼は、あの建物にいたモイセとユーゴとは、まったく違う経歴を持っているようです。戦うことを生業にしていたのかも知れません」
確かに、金串を投げた際の動きは、曲芸とはまた違う鋭さがあった。そもそも、普通の市民はあんなものを隠し持ってなどいない。アルジェスもそうだが、ギリェルも経歴が推測しづらい。
アルジェスといえば、彼らは大丈夫だったろうか。
あの場に刺客が差し向けられたこと、タリニオールがすぐ駆けつけてこられなかったことを考えれば、アルテヤ軍だけでなく、サルツニアの支援部隊のなかにも情報を外部に漏らすような者がいたということだ。自分たちが送り出された後、事態が悪化していたら……
「……『竜斧の戦乙女』の話は、私も知っています」
ランシィの不安な様子を読み取ったかのように、オルフェシアは微笑んだ。
「彼女の元に集い、槍を手に立ち上がった女達は、王都の門を開けたあと、それぞれ功を誇るでもなく、名も名乗らずに市民の中に戻っていきました。その時のつながりが、まだ生きているのではないかと考えられます。ランシィが歌姫と連絡を取ったあと、タリニオール卿とつなぎをとったのも彼女でしたね?」
「うん……」
「キアラさんと仲間達は、普通の市民として過ごしながら、危難の時にはまた集いあえるよう連絡を取り合っていたのでしょう。だからこそ、キアラさんは歌姫の指示にすぐに応えて、必要な行動をとることができた。あの鎧姿で待っていたのも、刺客の襲撃を予測していたと言うより、歌姫が可能性のひとつとして考慮していたのでしょう」
確かに、ただ迎えに来るだけの心づもりであれば、あんな装備など用意はしてこなかったろう。
「逆に賊にしてみたら、歌姫とキアラさんは想定外の存在です。歌姫を上回る手だてを用意することはまず無理でしょう。あまり心配する必要は無いと思います。もちろん、その歌姫自身、私たちがこうやって飛び出してくることまでは、予測できなかったかも知れないのですが……」
パルディナが話してくれた将棋盤の勢力図の中に、ジェノヴァ神殿とそこに護られる神剣の姿はなかった。王女を助ければ、即反転攻勢の体制を整えられ、サルツニア正規軍が一気に優位になるとパルディナは踏んでいたはずだ。
支援部隊と合流しないまま、王女が先に町を飛び出してしまう可能性までは、さすがに考えなかったろう。だからこそ、一時的に身動きがとれなくなるのを承知で、自身が囮になって、アルジェスを店の建物から引き離そうという行動に出たのだ。
「……アルジェス達は、心配する必要はない」
目を閉じたまま、ぼそりとギリェルが呟いた。
「アルジェスもあれで、剣を持たせればそれなりに使える奴だ。それにあの竜斧の戦乙女とやら、かなり手加減していたぞ。お前の手前、血を見せるようなことはしたくなかったんだろう。あっちにあの倍の援軍が来たところで、敵う相手ではなさそうだ」
ランシィは戦斧を使う戦士にはまだ会ったことがなかったから、キアラの強さがどれほどのものか推測するのは難しい。でも確かに、ランシィが対峙したとしても、小手先の技量と速さだけでは、あの力強さには敵わないかも知れない。
「……しかしもし、お前が王女を連れ出そうとせず、アルジェスも外出していないで、全員が建物の中にいたら、かえって危なかったかも知れない」
「え?」
「あのまま待っていれば、タリニオールという騎士が明け方には踏み込んでくる予定だったんだろう?」
「そうだけど……」
「だったら、お前が黙って助けを待っていたところを、建物に刺客が押し込んできたらどうだったろう? ユーゴとモイセはすぐに襲われ、お前は刺客を騎士の仲間だと思って止めに入り、そのまま殺されていただろう。アルジェスも、狭い場所にあの人数で押し込まれていたら、さすがにどうなっていたかは判らない。王女は連れ去られ、騎士が駆けつける頃には、建物には火をつけられて誰も入れない状態になっていただろう」
「……」
それまで思い至らなかった可能性を指摘され、ランシィはさすがに青ざめた。
オルフェシアを一歩早く連れ出し、アルジェス達の今後の処遇について相談することを、もしランシィが決断できなかったら。
パルディナがアルジェスを建物から引き離そうとすることもなかったし、キアラが迎えに来てくれることもなかった。もちろん、なにかの形で成り行きを見守ってくれようとはしただろうが、賊が押し込んでくるのに気付いたときには、既に手遅れだったろう。
アルジェス達を少しでも助けようというランシィの行動が、結果的に自分自身まで救ったのだ。
「……お前は俺達を助けた」
相変わらず目を閉じたまま、ギリェルは続けた。
「お前が王女を助けるというなら、俺もそのお前を助ける」
ギリェルは、アルジェスに言われたから、オルフェシアのために一緒についてきたのではなかったのだろうか。
相変わらず目を閉じたままのギリェルに、ランシィは目をしばたたかせた。オルフェシアがくすりと笑う。
「お礼を言っているのですね。アルジェスの仲間なのに、言葉にはあまり器用ではないのですね」
ギリェルは片目を薄く開けてじろりとオルフェシアを見ると、何も言わずにまた目を閉じた。




