31.道をつくり星となりて<7/8>
そもそもツハトの村周辺は、山からの雪解け水で水源は豊か、人が住んでいた頃は麦畑だけではなく、水路や水車を利用した粉挽き小屋なども整えられていた。
そこを再整備して去年から再開された麦畑は、収穫がもうすぐ迫っている。生育は順調で、このままいけば定住者も増やせる。単なる宿場町というだけではなく、将来的には大規模な町になる可能性も出てきた。
オルフェシアの提案が通り、山間の民の希望者にはサルツニアの市民権も与えられた。だが中には、町で生活はしたいが、事情でサルツニアには行きたくないという者が一定数いた。
そうした者の中には、新しく発展していくアルテヤ側になら、移住したいという者も現れた。
今は定住を希望する者達と、工事の人足を支援するための食堂や宿泊所を拡大運営するための人手が出入りして、とても賑やかだ。もちろん国からは衛兵もかり出されて、定期的な巡回もある。入植者が増えれば、いずれ衛兵が常駐し、アルテヤ側の国境検問所が設けられるだろう。
峠を越えた先には、イーノス達が居を構える集落がある。そこがいずれはサルツニア側の検問所として機能することになり、集落は新たに村として広がっていきそうな気配だった。
「オルフェシア姫はお元気かい」
二階の大部屋の一角の大きなテーブルを利用して、昼食を並べてくれた。この部屋は、冬場や雨の日の宿泊所にもなる。最近めっきり動きの緩慢になったジャンが、昼寝の窓際から起き上がり、ランシィの足下でまた丸くなった。
「うん、たまにクノハまで視察に来るから、時々お供するよ。橋が通ったら、落成記念の式典があるだろうから、その時にこの村まで来たいって言ってた。キアラさんにまた会いたいんだって」
「おやおや、嬉しいことを言ってくれるね」
黙々と食べているギリェルに感想をせっついていたキアラは、ランシィの言葉に相好を崩した。
「いつでも来ればいいじゃないか、大歓迎だよ」
「そうはいかないよ、王女様が国境を越えるんだもの」
「貴い方はいろいろ大変だね」
本好きのオルフェシアは、アルテヤを救った「竜斧の戦乙女」の話にも精通していた。ランシィと会うたびに、ランシィがキアラと出会い、どうやってみなと連絡を取り合ったかも聞きたがった。
災難ではあったが、オルフェシアもまたあのとき、ランシィとは別の冒険をしていたのだ。
「でも、橋が通ったら、今度はサルツニアの酒も仕入れやすくなるね。早めに手形も申請しておこうか。サルツニア側の町にも倉庫が確保できたら助かるね。イーノスの旦那とやらに、一度挨拶したいもんだねぇ」
「……イーノスといえば、アルジェスが集落に顔を出していたな」
酒屋の女将らしい感想に、先に食事を終わらせて気配を殺していたギリェルが、ぼそりと呟いた。
「あの色男はなにやってんだい。あんたと同じ騎士見習いじゃなかったのかい?」
「おれたちは騎士見習いなどではない、ただの下男だ」
ギリェルは表情も変えずに答える。
もろもろ叱られはしたが、オルフェシア誘拐の実行犯であったアルジェス、モイセ、ユーゴ、ギリェルの処遇は、双方の王に委ねられることになった。
アルジェスとギリェルは、形だけはオルネスト預かりになっている。オルネストのいいつける仕事をこなす以外は今のところ、アルテヤとサルツニアを行き来するランシィの護衛と手伝いが主な仕事だ。
アルジェスは最初のうちはしおらしくしていたが、生来の気ままな性根が顔を出し、今では三回に一回くらいしか同行しない。なにをしているのかと言えば、治安の維持と称してあちこちの町に顔を出しては、謎に人脈を広げている。
「今回もまた変な奴を連れてきていたな。冒険家などと名乗っていた。あちこちの貴族に援助してもらって、大陸の地形や地質を調査しながら、地図を作っていると言っていた」
「今度は船で大陸の海岸線の調査をしたいから、出資者を探してるんだって。そしたらアルジェスが、『じゃあ王様に会いに行こう俺が紹介する』って盛り上がってたよ」
「相変わらず調子がいいねぇ色男、立場ってものが判ってるのかね」
「この山地が街道として整備されてるのを見て、感動してるって言ってた。そのひとは、オヴィル山脈も何回か超えてて、街道に使えそうな場所の案をたくさん持ってるんだって。ヴィエリもイーノスも感心してたよ」
「確かに、オヴィル山脈に街道が通ったら、旅もしやすくなるだろうけどさ」
「アルジェスが好きそうな話だな。放っておくと一緒に行くとか言いかねないぞ」
「オヴィル山脈って、サルツニアからもっと南だろう? あの向こうってどういう所なんだろうな? 砂漠とかあるのかな?」
「それはもっと遠い南の大陸じゃないっけ?」
首を傾げるユーゴに、モイセがよくわかっていない顔で答える。
モイセとユーゴの処遇は、アルテヤ側に預けられた。
アルテヤ王リュゴーの采配で、二人は一定年数の国外渡航の禁止を言い渡され、キアラの保護観察の下で、工事が終わるまではこのパン工房兼食堂で従事する。街道が開通する頃には、この工房と宿自体の管理が、彼らに任されることになるだろう。
甘々な恩赦にも見えるが、これはキアラの存在があってこそだった。
アルテヤにとって、竜斧の戦乙女とその仲間達は、一四年前の戦争で都市を開放した英雄なのである。その竜斧の戦乙女に、二度も危難を救われたアルテヤ王にとって、ツハトの村の復興に彼らを協力させたいというキアラの提案を、無碍にする選択肢はなかった。
「ここにいれば、みんな会いに来てくれる。おとがめなしで、こんなにしてもらって、ランシィとキアラの姐さんには感謝してもしきれないよ」
「なに言ってんだ、ランシィの生まれた村を任されたんだ、責任重大だよ」
涙ぐんで礼を言う二人を、キアラは豪快にどやしつけたものだ。




