プロローグ3 ~ザイ王子現る~
プロローグ3 ~ザイ王子現る~
「・・・・・・はぁ~」
「?」
私のため息にアインが愛らしく小首を傾げた。
朝になってもアインの愛らしさは衰えない。それどころか朝日を浴びて一層メルヘンチックにキラキラしている。
アインに目覚まし時計より激しい騒がしさで起こされた私は流しで歯を磨いていた。
歯ブラシを動かしてははあ。口をゆすいでからはあ。
朝からため息の嵐だ。
アインについて夢だとか常識的に考えてとか思うのはやめた。
やめたけれども。
(まだ、夢であることを諦めたくなかった・・・)
がっくり膝をつく私。
そう。一晩経ってようやく私はこれが夢でないことを認めたのだった。
「この世に魔法の国があるなんて・・・・・・」
百歩譲って・・・いや一億歩くらい譲って魔法の国があることを認めたとして。
「このボロ屋で王子を預かるってどゆこと・・・・・・」
私の住むアパートは家賃3万円のボロ屋だ。
部屋は二部屋あってひとつはキッチン、もう一つは寝室兼生活スペース。
部屋はそんなに狭くはない代わりにバス・トイレは付いていない。
トイレはアパート共有で一階と二階に一つずつ設置されていて、お風呂は近場のスーパー銭湯で補っている。
今年で高校3年の私は諸事情で一人暮らしを始めたばかりだった。
学費は奨学金制度で賄われるものの生活費はほぼ自分で負担している。
当然生活はバイト三昧だ。
こんな生活の中に王子が来るとは一体どれだけの生活の落差だろう。
私は昨日ちらっとしか見ていない写真の王子を思い出す。
年は同じくらいに見えたがとんでもなく不機嫌そうだった。
正直な印象を言うと王子というよりも不良少年のように見えた。
白い軍服のような服を着ていたけれど、あれを背中に「喧嘩上等」とでも書かれたガクランにして不良座りでもしようものなら完璧だっただろう。
・・・別の意味で不安になって来た。
そんな雰囲気でも王子というからには私には想像もつかない暮らしぶりなはず。
ここに来た第一声はきっとこんな感じだ。
「な、なんだここは?!豚小屋か?!人が住むところだとは思えないっ」
「なに?!この食パン一枚が朝食だと?!お前は俺をなめているのか!」
ひとしきり一人芝居をしてがっくり膝をつく私。
・・・何してるんだろうか自分。恥ずかしいとかを通り越してもはや落ち込む。
「花梨様ー!とーすと、焼けました!!」
「あ、うん。ありがとね・・・」
中古のをもらってきたトースターは時折ヤバイ音を立てるが今もなお現役だ。こんがりきつね色になった食パンをアインがよいしょと皿に乗せる。
「どうですか?!焼き加減はお気に召しましたか?!」
「うんうん。おいしそうに焼けたね」
アインがパアアアと輝く。光の粉が大量発生だ。寝不足の目に眩しい。
「・・・はあ~」
何度目かのため息をつく。
王子が来るのはいつって言ってたっけ・・・。
「・・・・・・王子が来るのは・・・・・・」
脳裏に国王様の声が響く。開催は明日からじゃ・・・明日からじゃ・・・明日から・・・
「・・・・・・。」
明日?
昨日にとっての明日ということは。
つまり今日。
「アイン?!!」
「は、はいぃー!」
突然呼ばれてびっくりした様子のアインにかまわず私は詰め寄った。
「王子!王子って一体いつ来るの?!」
「あ、言ってませんでしたかぁ?えーと、向こうの世界での正午に一斉にいらっしゃる予定だそうですから、この世界の時間で言うと・・・」
アインは壁にかかった時計を見上げ、ニッコリ笑って言った。
「あと1分後ですね!」
いっぷん。
「え?いっぷんって何・・・」
いっぷん。1分?
「1分?!!!」
ずがーん。
私の頭の中を形容しがたい衝撃音が鳴り響いた。
「何で言ってくれないのぉ?!」
なんだそれは。なんなんだそれはぁ!
1分後ってあんた。急すぎるでしょう?!
私は未だパジャマ姿の自分を見てがばっと立ち上がり、混乱のあまり部屋をぐるぐるする。
違う。ぐるぐるしたいわけじゃない。一刻も早く着替えなくては・・・。へ、部屋の掃除が先?
1分でできる掃除とは何?!と、とりあえず制服を・・・!
「10秒前です!・・・・5、4、3、2、1・・・!」
「え、ちょ、まっ・・・!!」
ぼんっ!!!
いつか聞いたコミカルな爆発音。もくもくと一瞬部屋を煙が覆い、風もないのにスーッと霧散していく。
霧散していく煙の行方を目で追う。煙の出どころは昨日から可憐に咲き誇るヴィンキュラムの花だ。
アインの髪とお揃いの淡いブルーの花弁がゆらゆらと揺れている。
その、花弁の中。
彼は立っていた。
赤い短髪につり目。王子とは思えない粗野な雰囲気のその風貌。
ザイ王子。その人がおやゆび姫サイズで。
「・・・・・・・。」
ザイ王子はポカンと私を見上げていた。
私といえばかなり前から思考停止状態だ。
お互いに無言で立ち尽くす。
「いらっしゃいませ、ザイ・フィンルグ殿下!無事にこちらに到着なさったこと、お喜び申し上げます!」
一人アインだけが元気だ。妖精さんは空気を読んだりしない。
「・・・・・・おい」
ザイ王子がアインの姿を見て一瞬たじろぐ
「妖精が巨大化したのでなければ・・・これは俺が縮んでるのか?」
「はいぃ!開催期間中はみなさん自由のきかない姿で過ごされます!こちらの世界ではミニマム化必須です!」
「ミニマム化・・・必須・・・・・・」
はっ額に青筋がっ!ザイ王子がキレる!私の脳裏に「喧嘩上等」のガクランが翻る。
しかし。
深い深いため息。青筋は消えて表情には諦めが浮かぶ。
どこか自嘲的に。
「・・・・・・あんた」
「は、はい!!」
突然話しかけられて私はつりそうな勢いで背筋を伸ばした。
ザイ王子がしげしげと私を眺める。
「こちらの服は随分ラクそうだな。・・・腹のど真ん中に描かれてるウサギに見える生き物は何かの呪いか?」
「・・・・・・いえ、これは・・・・・・」
王子の想定外すぎる登場の仕方に自分の格好のことなどすっかり忘れていた。
パジャマの胴体部分には全くメジャーじゃないウサギのキャラクターがでかでかプリントされている。
ま、呪い。向こうの世界ではこのプリントが呪いに見えるのか。上下セットで300円という破格の安さで買った品で、安っぽいとかみすぼらしいとかなら分るものの、何というか、斬新な感想だ。
しかしながらホームステイ初日からおかしな勘違いをさせるわけにはいかない。
私は恥を忍んで告げる。
「その、すみません王子。こんな朝早くいらっしゃるとは思わず、あの、ぱ、パジャマなんですこれ。まだ着替えてなくてデスネ・・・・・・」
「え」
向こうの世界にパジャマの概念があるのか心配だったが、ばっちり意味は伝わったらしい。
私を見上げていたザイ王子は慌てて目線を外した。
「わ、わざとじゃない、知らなかったんだ!下心とかそういう気持ちで見てたわけじゃ・・・!勘違いするな本当だ!」
そっぽを向いたザイ王子の耳が赤い。
その耳を見ながら私はぼんやり思う。
実物のザイ王子はカタログとは全然雰囲気が違った。
「ぷ、ふふふ・・・・・・」
「・・・・・・笑うな」
そう言って横目で睨んでくるザイ王子を私は不良とか怖いとかもう思わなかった。
だってその表情は怒るより、私が笑ったことに安堵する気持ちが大きな割合を占めているように見えたから。
私が一人芝居した彼の言動の予想はどれもまるきりはずれ。若干の肩透かし感と、胸に湧き上がったのは喜びだ。
ここは例え古くて質素でも、私がやっと借りた自分の城なのだ。ただでさえ貧乏生活なのに王子の生活ぶりと比較されたらみすぼらしいに決まっている。
だから私は無意識に何度も想像していた。写真で見た不機嫌を隠さない瞳に、浮かぶであろう侮蔑の色を。この部屋や私に対する軽蔑や憐みの目を。
だから私は思わず言ったのだ。
「私は花梨って言います。ようこそザイ殿下。これからよろしくお願いします」
写真で不機嫌さと嫌悪感を隠していなかった目は今、困惑と戸惑い、少しの気遣いが入り混じった複雑な色で私を見つめている。
「いや、その・・・・・・。あんた・・・いや花梨。花梨はいいのかそれで。あんただってあの人のバカな企画に巻き込まれただけだろ。俺のことは別に放ってくれてもいい。・・・ちょっと、いやかなりミニマム化は予想外だったが、自分のことはどうにかする」
予想外は私の方だ。
「バカな企画って・・・だって、ちゃんとホームステイしなきゃ国王になる資格がなくなっちゃうんでしょう?そりゃ、この部屋は住み心地がいいとは言えないかもだけど・・・・・・」
思わず言葉が尻すぼみになる。一度浮き上がった心が沈む。
「なる気ねぇよ、そんなもん」
まだぶつぶつ言っていた私の声が聞こえていないように、ザイ王子が少し強い口調で言った。
「え?」
「なる気ねぇんだよ。国王なんか。だいたい、ホームステイで素養を見る?そんなもんあの人の道楽だ。あんたは巻き込まれてんだよ」
ザイの顔から表情が消えていた。なのに今までで一番強い感情が私に突き刺さる。最初、その感情の名前が何か分からなかった。
でも、私はその感情の名を知っていた。何故わかったんだろうと思って思い出す。
そうだ、私はこの目を見たことがある。鏡で。自分の顔を見て。
凍るような強い憎しみ。
「・・・でも、この世界のこと何も知らないじゃない」
「・・・・・・ど、どうにでもなる」
いつの間にかため口になっているのに気が付いて、言いなおそうか迷ったけれど、ザイ王子は気にしてなさそうだ。
「俺は元々王宮暮らしは長くねぇんだ。その気になれば期間中くらい生き延びられ・・・」
「そのミニマム化した体で?」
「・・・・・・・・・。」
完全に沈黙したザイ王子。
もしかして、このミニマム化は対ザイ王子用なのではと一瞬思った。
国王の逃げるなよ、というメッセージ。
「ザイ王子」
「・・・あ?」
「いいじゃないですか、バカな企画。楽しみましょう。どうせなら素養ばっちり見せつけて国王候補ナンバーワンになって帰ってください!」
「だから俺は・・・!」
「それで国王の椅子を思い切り蹴飛ばしてやればいいじゃないですか」
ザイ王子は初対面した時と同じくらいポカンとして私を見上げた。
「国王候補ナンバーワンになって、辞退してやるんですよ!俺は国王に収まるしけた器じゃねぇんだバーカって!かっこ良くないですか?ザイ王子!!」
私は必死だった。何でなのか自分でもよくわからない。ザイ王子も私の必死さに驚いている。
それはザイ王子のあの目が頭から離れないからなのかもしれない。
「・・・・・・花梨」
「え?・・・はい」
戸惑いばかりが浮かんだその目を見返す。迷子の小さな子供みたいだ。寄る辺ない頼りなさと不安で光を奪われた瞳。
「王子をつけなくていい」
「へ?」
脈絡なく言われた言葉に呆気に取られて彼を見つめる。
「王子をつけて呼ばれるの嫌いなんだよ。・・・ザイでいい」
迷子が差し伸べた手に恐る恐る近づいてくる。
「・・・しばらく、やっかいになるが、・・・いいか・・・?」
手を取った迷子はほんの少しだけ笑った。
やっと次から本編かけます・・・!長かった。




