15 はじめちょろちょろ……
つばの広すぎる帽子に、作って貰ったもっさりとしたつなぎの作業服。
髪はお団子にして一つにまとめて、手には魔道具士に作らせた特殊な手袋。
膝をついて、手袋越しに、土に両手をつける。
魔力をお腹に集めて、土の状態を感じ取りながら、じわじわと地面に浸透させていく。
背負っているフェイ・ドラゴンの卵が温かくなるのがわかる。
やっぱり、ここで魔力を広げるのが幸せだ。
私を追いかけまわした鶏は鶏舎の隅っこで、相変わらずうつらうつらと眠そうにしている。
ただ、魔力を土に流し始めると目を開けてこちらをじっと見つめる。
その目力をいつも背中に感じている。
でも、最近はそれ以外、物理的な問題も加わった。
「セシル」
魔力を流す自分の傍に、レオンハルトが膝をついた。
そっと背中に手を置かれる。
さも当然のような仕草は、変な感じだ。
「君は魔力を、道具に依存しながら使っている。自分の魔力の限界は、自分で気づいて調整しなくてはいけないんだ」
「……」
私、五歳ですけども。
横にいるレオンハルトをちらりと見る。
まつげが長く、発光している気がする。
相変わらず、美しい。
そんな美しい彼は、王太子という身分でありながら、我が屋敷に滞在をしている。
もう、一ヶ月になるという。
曖昧なのは、私が二週間、眠りっぱなしであったせいだ。
土魔法で粘土壁を出し、無事にレオンハルト王太子殿下を守り気を失った私は、なぜだかカントリーハウスで目覚めた。
王太子ご一行が、何らかの方法で高速で連れて帰ってくれたらしい。
目が覚めて最初に目に入ったのは、暗闇にぼんやりと浮かぶ般若のお面。
〇〇サスペンス劇場に、年一くらいで絶対に見る、あの湾曲した鋭い角と、と目じりが上がりまくった形相がセットのお面。
私は、三十歳の『現実』に戻ってきたのだと思った。
「セシル」
違った。母だった。
全然、ゲームの世界のままだった。
目覚めた私の顔を、真上から覗き込み、瞬きもせずにお話を始められた。
控えめにいって、成すすべ無し。
「セシル、よろしいですか。まず王太子殿下をお救いしたことは、この上ない誉れです。褒章を賜るに値します。ですが――倒れてしまっては本末転倒です。魔法を六歳から正式に学ぶのは、五歳までは魔力の調整が安定しないとされているから。あなたはまだ五歳なのです。土壁を出すなど……しかも即席で壁を成形するなど、言語道断。あれは命を削る行為です。特に、土は魔力を食う。命を削るのです。魔力を土に流すなとは申しません。しかし、魔法陣も学ばぬまま、イメージだけで高等成形を行うなど、効率も理論も伴わない無茶です。ただ膨大な魔力を消費し、己をすり減らすだけ。――絶対に、二度としてはなりません。いいですか、ダメなのですよ。ダ、メ!」
「す、ずびまぜんでじた……」
声をやっと絞り出すと、お母様はわんわんと泣き出し、その声に釣られたようにスパーンとやってきたお父様に抱きしめられていた。
お父様からも同じようなことを言われたので、本当に私はあの世へ旅立ちかけたのだと悟った。
父は重い口調で、こうも言った。
『王太子殿下が携帯していた、上級魔力回復ポーションのお陰で、お前は助かったんだ』
やだ、シリアス。
あのまずいやつが私の命を救ったらしい。
まじで、まずかった! けど、助かった! みたいな?
……そんなこんなで、大人の事情というやつもあるのだろう。
レオンハルトは、我が家に滞在をしながら、お父様にそれはそれは厳しい訓練をつけられている。
稽古を一度見学に行ったが、娘の命を奪ったかもしれない元凶を、許さない系の気迫を父から感じた。
娘への溺愛は、まだ継続中らしい。
ふむ、私が追放された時、家族はどう思ったのか気になりすぎる。
ちなみに、一緒に訓練を受けていた三人護衛は、魔法に剣術に体術と次々に襲ってくる攻撃に、ぎりぎり耐えていた感じ。
レオンハルトだけ、真剣な表情で集中を切らしていなかったのだから、恐るべき王族である。
他にも長期滞在できる理由はある。
エミールお兄様のために雇っている優秀な家庭教師が我が家にはいるし、王宮の礼儀やマナーに関しては元王女のお母様がいるわけで、うちは王族滞在に耐えうる環境が整っている。
土いじりを許されている私がいうと、説得力無いですけれども。
自動的に、エミールお兄様はレオンハルトの学友となり、王太子を支える立場となったわけで。
フリードリヒお兄様に続き、エミールお兄様にも恨まれるかもしれない。
フェイ・ドラゴンが孵化した暁には、賄賂のための鱗をたくさん落としてもらわないといけないなと思う今日この頃。
というわけで、レオンハルトが当然のように隣にいるのだ。
「この手袋、手入れはしている?」
「手入れ、ですか?」
手袋を確認するようにレオンハルトに手を優しく掴まれた。
じっと手袋の魔法陣を見て、表情を曇らせる。
「……セシルは魔力量が多いんだと思う。魔道具の耐用寿命を短くするんだろう。……これ、使わない方がいいよ」
するり、と手袋を外された。
そして、さっとポケットに入れたまま、返す素振りを見せない。
それがないとぉ! 土に魔力を流せないのです!
「か、返してくださいっ。両親との約束なのです。魔力を流すときは手袋を使うと」
「魔力を流す時は一緒にいる」
それは約束ではなく、決定事項な重みだった。
「危ないものは預かる。新しいのは僕に贈らせて?」
「朝から作業をしています。殿下の訓練時間と同じです。無理です」
「殿下じゃなくて、レオンハルトと」
「……」
「レオでいい」
「……」
相変わらず、人の話を聞かない人だな。
これ以上の会話は無理だと、私は鶏舎を見回した。
綺麗にもなったし、あんなに、あーんなに臭かった鶏舎も、それなりの臭いになった。
卵も鶏肉も、いまや街に卸して売れる量が確保できている。
最初は“趣味の延長”みたいな規模だったのに、気づけば立派な伯爵家の商売だ。
結果、いろいろと手狭だ。
近々、お父様に鶏舎増築のおねだりをしようとしている。
きちんと予算を計上して事業計画として提出すれば、お父様だって反対はしないはず。
……たぶん。
その話を、世話人のトマスにしたところ、泣かれた。
『お、お嬢様が、鶏舎を気にかけてくださったからで……』
『ううん。私のわがままに、ずっと付き合ってくれたのはトマスよ』
50代後半の彼は、日焼け防止のつばの広い帽子を、揉んだり伸ばしたりしながら、ボロボロと涙を流し続けた。
日焼けした肌はずっと外で仕事をしてくれたという証。
ありがたし、だ。
『このトマス、どこまでも、お嬢様の味方です。どうか、どうか、ご無理をなさらず……』
……追放ルートの時に、助けてくれるかもしれない人、ゲットだぜ。と思ったのは秘密。
会話を諦めて妄想していた私に、レオンハルトは目を煌めかせて尋ねてきた。
「ところで、米はどうなったの」
どきり。
実は、レオンハルトから献上された米と醤油をもらい受けた。
しかしながら、料理人からすれば未知の食べ物だった。
土鍋は渡した。『はじめちょろちょろ、なかぱっぱ、赤子泣いてもふた取るな!』と伝えたところ、神妙な間が流れた。
料理人の、お嬢様は瀕死の重傷を負われ、おかしくなってしまったのかも……という視線は忘れない。
ていうか、土鍋も作ったし、米を炊くのは不可能ではない。
譲ってもらった米はだいたい五キロくらいしかないから、私は記憶を一生懸命にメモっていた。
それが、つい昨夜、完成したのである。
『最初は中火で一気に沸騰させ、ぶくぶくと泡立ち始めたら弱火に落とす。そして、水分が飛んだら火を止め、蒸らす。決して蓋を開けないこと!』
料理人に実験時間をもらったのは、今日、これから。
私は、嘘を吐けない。
「………………今から、米を炊きに行きますが、来ますか?」
「もちろん。セシルが火を使うなら、僕は隣にいる」
レオンハルトは、美しい顔をますます煌めかせた。
いえ、火を使うのはさすがに料理人です……。
困った顔を笑顔で誤魔化していると、レオンハルトはうっとりと微笑んだ。
「あぁ。セシルは本当に可愛いね! ……誰にも見せないでほしいくらいに」
レオンハルトが、冗談めかして笑う。
誰にも見せないって、何を?
やっぱり、会話があんまり成立しないのである。




