11 王太子の正体①
土鍋のほかほかポトフをみて、食べたい、おいしそう、と言った人に、食べさせないなんてできない性分。
しょうがない、と私は陶器のお皿にポトフを盛り付けて、レオンハルトに渡した。
彼はありがとうと言って受け取ると、躊躇なく口に入れた。
え、毒見は……。
「おいしいね、とても」
「あ、村の奥様会が、お料理が上手なのです、が」
ほっこりした笑顔を向けられてしまったので、普通に答えてしまった。
内心では「これ大丈夫なのか?」と冷や汗をだらだらかいていた。
私が護衛騎士に視線をあわあわと向けて助けを求めているのに、
レオンハルトはにこにことポトフを食べ、村の若い娘の目をハートにさせていた。
いや、小さい女の子から、杖をついているおばあちゃんまでだ。
何やってるんだ、この美少年は。
「どうぞ」
「くれるのかい? ありがとう」
小さな女の子からもじもじと渡されたのは硬くて茶色のパン。
王族傲慢オーラを出して、柔らかいパンを所望するとでも言うかと思いきや「ポトフのスープにひたすのにいいね」と、綺麗な所作で食べる。
「……おいしいね。あなたのパンはあるのかい? 僕が食べてしまったのではない?」
「だ、大丈夫、です!」
小さな女の子が顔を真っ赤にして走り去った。
あ、でも五歳の私と同じ年くらいかも……。
罪深美少年のレオンハルトをじっとり見てしまう。
明らかに高貴な風貌なのに、親しみやすい雰囲気を出しているものだから、老若男女問わず、皆がレオンハルトを囲み始めた。
ぽい、と輪の外に追い出される私。
なんだろう、既視感があるぞ。
若い娘は護衛騎士にもポトフを配りはじめる。
ここでも婚活かぁ、だよねぇ。
足りないわ、とか言う声が聞こえたけれど、こんな大人数を想定した材料を持ってきてもらってはいない。
ごめんなさいよ……と思っていると、肩をとんと叩かれた。
「ポトフに入っていた卵、セシルが育てたもの?」
「ひっ!」
気配なく現れたレオンハルトは、輪の中から抜け出していた。
どうやら多種多様な見目麗しい護衛騎士たちに、ご婦人方の相手をお願いしたようだ。
「味が濃くておいしい。食べたことが無いくらいに、うまみがある」
「まぁ! 本当ですか!」
卵を褒められてテンションが一気に上がった。
でしょうよ、うちの卵は世界一ですからね!
でへへ……と令嬢らしからぬデレ顔をしてしまう。
村ではソーセージや鶏を食べることはそうそうないから、お肉は喜ばれても卵はスルーされていた。
鶏がおいしいと言われるのも嬉しい。けれど、卵はもっと嬉しい。
「土鍋、というのかい?」
「土の良さを生かしたものです!」
私は両手を握って、天に突き上げた。フェイ・ドラゴンの卵はベビースリングならぬ、エッグスリングで抱えているから無事である。
レオンハルトはそんな私を見て、にこにこしている。
「熱がゆっくりと伝わる性質があるのです。なので、食材を深部までゆっくりと火を通すことができます。根菜類の甘みが出やすい仕組みのできあがりです。温度が下がりにくいので、長い時間、温かい料理を楽しめるのですよ」
「だからおいしいのだね。あなたは、本当に面白いね」
レオンハルトは笑った。悔しいぐらいに美しい。
食べ物を粗末にしない人に基本的につらく当たれない。
食べ方が綺麗なら尚更。
なんだろう、この食べ方信仰みたいな気持ち。
おまけに、人の話をレオンハルトはちゃんと最後まで聞くのだ。
はぁ、と私はため息をついて、スリングで抱えているフェイ・ドラゴンの卵を撫でた。
「……王太子殿下こそ、私を王宮に召喚すれば良かったのですわ。このような場所に訪れずとも」
「あなたが大事にしているものを、見てみたくて」
レオンハルトは村を見渡した。
お世辞にも栄えているとはいえない、陶器の職人が集まる村。
そこまで流通しているわけではないから、豊かな村ではない。
領内の村なので、それは伯爵家の問題でもある。
「皆、笑顔で良いね」
レオンハルトはまるで自分の子を見るような目で彼らを眺めた。
齢十歳にして、王太子の自覚あるとかすごすぎる。
むくむく、と心に広がるむず痒い気持ち。
たぶん、好意的な何かだ。
私はわざと変顔を作った。冷静になるためだ。
レオンハルトが横でびっくりした顔をしている。
さぁ、基本の「き」に立ち返る時間です。
私は悪役令嬢取り巻きとなり、巻き添え断罪追放ルートとなる回避に為に日々邁進しているわけで。
そんな中、王太子の婚約者に選ばれるルートとか、まったくシナリオわからなすぎて、何をすればわからない、というのが正直なところ。
変顔のまま考えていると、レオンハルトが申し訳なさそうに笑んだ。
「あなたにとっては、僕との婚約は避けたいところだろうけれど、堪忍してもらえると嬉しい」
変顔のままの顔を向けると、レオンハルトに令嬢なのだからやめなさいと窘められた。
スルーしてお願いする。
「指輪をお返ししたいのですが」
「それは無理だね」
「相応しいご令嬢を、わたくしが自らご紹介を」
「あなたが一番相応しいよ」
話が通じんなぁ!
思わず変顔を止めてしまった。
レオンハルトに対する、好意的な何かが萎んでいくのでヨシとする。
「だって、僕は来る魔獣災害のための王だから。あなたみたいに強い令嬢が伴侶でないと、不幸にしてしまう」
へ?
あきらめたわけでもない、ただ受けれた表情は、十歳が浮かべるにはあまりにもつらい。
「僕は、父と同じ。災禍のために、祭り上げられた王太子だ」
私の胸が、ずきりと痛んだ。




