10 そうだ、土鍋を作ろう
人は……。
人生に一度は、陶器市を訪ね、骨董市を訪ね、当てもなく歩き回り、陶器を買い漁る時期があると思っている。
好きだから上手になるのだろうか……そう思いながら、私は粘土を再び捏ね始めた。
嵌められた指輪を粘土まみれにして。
――時は一か月前に戻る。
王宮でのガーテンパーティで大事故に巻き込まれた私は、ちょっとおかしな王太子の制止を全力で振り切り、『フェイ・ドラゴンの卵が黒ずんてきている!』というとんでもない嘘をついて、フリードリヒお兄様に説明にすべてを丸投げして帰路についた。
お兄様から恨まれるかもしれないが、フェイ・ドラゴンの鱗一枚で機嫌を取れないかなとか、世知が無いことを考えている。
馬車の中で指輪がどうにかこうにか抜けないかを試みているが、指輪より先に指が抜けそうだ。
お父様は馬を早駆けして、私が乗る馬車を追いかけてきた。
もちろん追いつかれたわけで……。
指輪は手袋をして隠した。手袋文化、万歳。
最初に警戒したのは、あの話の通じない王太子が一緒に来ていないかということだけだった。
警戒心丸出しの私に、なぜ五歳児が馬車の手配をしてさっさと帰っているんだうんぬん、とお父様がお話を続けるので、王太子は王都から出られていないようだと安堵した。
馬車の手配は……タクシーを使ったことあるしできますよ。中身は三十歳ですし。
そんなわけで、お父様と一緒に伯爵領に戻ることになった。
王都からグランディエ伯爵領までは、だいたい五日間ほどかかる。
休憩をどれくらい挟むか、宿泊するかによって変わってくるけれど……。
とにかくちょっと地位があるくらいで強引に求めれば女が喜ぶと勘違いしている王太子から距離を取りたかったのだ。
王都領を抜け、伯爵領に入った瞬間、私は緊張から解き放たれた気がした。
わーいわーい、自分のテリトリーに戻ってきたぞー。みたいな気持ち。
ごとごとと揺れる馬車の窓から風景を見ていると、ところどころ煙が上がっているのが見えた。
この地域が領内でも焼き物が盛んな地域であることを思い出す。
「止めて欲しいわ」
御者に馬車を止めてもらうと、誰の力も借りずにぴょんと飛び降りた。
周りの目が厳しい。
そらそうだ、胸元にはフェイ・ドラゴンを抱えていますからね……。
「どうした、セシル」
お父様も馬から降りて私に近づいてきた。
「煙が出ています。この辺りは、焼き物が盛んですよね」
「あぁ……よく知っているな」
うちの娘はどうしてしまったんだとばかりに、普通に引いている。
「料理人に食材について聞くうちに、食器のことも教えてもらえるようになりました」
「ああ、そうか。料理人には礼を言わねばならんな」
本当なので、別に良し、である。
陶器があるということは、それに適した粘土がとれるということ。
貴族でも銀食器を使うのは、お祝いの時くらい。お手入れが大変ですから。
日ごろ使うのは使用人は木製、貴族は陶器や錫の食器。
陶器のお皿が安く、そして使い勝手が良くなれば、庶民にも普及するだろう。
あ、商機がみえる……。
私は空に上っていく煙を見上げながら思った。
あら……、雲が、雲が……、土鍋に見える。
あの王太子は、米を献上されたと言っていた。
いいなぁ、米……。
あの小さな国の名前を覚えられなかったのは痛恨のミスだなぁ。
長くて複雑だったんだよなぁ。
米は鍋で炊けるけど、土鍋で出てきた時の「わぁ!」感には勝てないんだよなぁ。
土鍋って、おでんも作れるし、心の故郷だよね……。
私は辺りを見渡した。
街道より、ほんのわずかに低い、盆のように丸く落ち込んだ地形。
私は卵を抱えたまま、どんどんと何となく歩みを進めた。
お父様が大声を出しながらついてくる。
「川があるから、危ないんだ!」
草むらをかき分けると、確かに川が見えた。
山あいから流れ出た水がここで勢いを失う場所。
扇を広げたようにゆるやかに土砂を押し広げている。
土砂崩れで地層がむき出しになった崖面もある。
粗い砂礫と細かな土が何層にも重なっているのが見えた。
川が運んだ時間の痕跡がはっきりと刻まれている。
村が川の縁に沿うように点在しているのだろう。
その開けた場所で私はしゃがみ込み、卵を抱えたまま土魔法を流す。
「わっ」
魔法に反応したように、卵が発光した。
周りも驚いている。
蓄光キーホルダーか、とか突っ込んでいる場合ではない。
問題は卵ではない、土だ。
やはり屋敷内の土とは違った。多種な層を感じる。沈殿層ってやつ?
そして、直感。ここの土は、土鍋に良い。
「お父様、私はここに残ります」
「え?」
土鍋を作るため、そして王太子から逃げるためとは言えない。
お父様が何も触れてこないから、私も何も言わない。
触らぬ神に祟りなし。
だが。
どうにかこうにか、指輪を取る方法を探さねばならない。
――そして時は今に戻る。
お父様は数名の護衛騎士を残して、屋敷へと戻った。
私はこの一帯の陶器のギルド長でもあるギュンター・ヴェルトの家に厄介になっている。
「お嬢様、その、土鍋っていうのは、こういう感じで?」
ギュンターさんは黒い釉薬が美しい土鍋を手に持ってきた。
焼き上がったのだ。
「まぁぁぁぁ!!!」
私は感嘆の雄たけびを上げた。
周りの職人がびくりと身を震わす。
まさに、四人家族で囲める大きさの土鍋。
「まあ! ギュンターさん! 私の想像そのままですわ!」
愛くるしく大きな声で感謝を感動を伝えると、
ギュンターさんは孫に褒められたように不器用に微笑んだ。
彼には昔気質な職人! みたいな堅苦しさはない。
自分、不器用ですから。……みたいな無骨さゆえに、はにかむと可愛い系。
五十を過ぎた彼の手はところどころ白く変色していた。
高温の窯に何度も腕を差し入れてきた証。
親指の腹は固く、節は太い。
ただ、粘土に触れた瞬間、動きは驚くほど力強くも、繊細になる。
なんとかっこいいのだろう。
んで、やっぱり経験って大事。
粘土から陶器になるまで、とんでもなく工程が大変ってことは知った。
取った粘土から不純物を除いて~空気を抜いて~硬さが均一になるまで練って~。
成形して、乾燥させて、釉薬をかけて、焼いて、窯出し!
一か月は掛かります。
大事に使いたい、本当に。
この一か月……、ギュンターさんを始めとする職人さんが土鍋? なにそれ? を具現化をしてくれて、伯爵令嬢がこんな辺鄙な村に滞在する? って奥様会が慣れないお世話をしてくれている中、私がしていたことは、主に粘土遊び……。
いや、難しいんですよ、成形。
こうさ、魔法が使えるんだからさ、ドーンでバチバチィっでヒョイってできるもんじゃん。
ひどいよねぇ、モブの扱いって。
でも、イメージを物理で形にしていく訓練にはなったと思う!
何の役に立つかは聞かないで!
せめてできることとして、お世話になっているので、土魔法は施しています。
やっぱり土魔法を施すと土の状態は良くなるらしい。
職人さんがあれ、最近の仕上がり良くないか? とか言ってるので、そうなんだろう。
フェイ・ドラゴンの卵は赤ちゃんを抱えるベビースリングみたいなのをギュンターさんの奥さんに作って貰った。
胸に背中に移動させながら、常に持ち歩いています。
卵って温めるものかなぁ……? と思って。
村の人とも仲良くなったし、土鍋完成記念として、おでんを作ることにした。
土鍋はいくつかできたので、お昼に振舞えるようにと用意をする。
大根、人参、鶏、ジャガイモ、卵、ソーセージ……結果、ポトフになりましたけれども。
でも最後は麦を入れて〆たいとは思っている。
「おいしいなぁ」
絞めた鶏、ソーセージや卵だけでなく、麦・野菜類も伯爵家から運んでもらっていた。
半年も土魔法を施したせいか、けっこうな広範囲で豊作なのだ。
ある程度土魔法で活性化させると、土の機能が回復して自浄していくのかもしれない。
村の人、小さな子供から、高齢者まで喜んで食べてくれるのを嬉しい気持ちで見つめた。
この鍋は俺たちが作ったんだ、なんて家族に誇らしく伝えているお父さんとか見てると胸熱。
鍋を売るにあたっては、アイデアの主が伯爵令嬢の私なもんで、伯爵家にまず相談することになっている。
何にせよ、新しい商品ができるのは良い。販路拡大ですわ。
どうせ営業するなら、食材と一緒に持っていって、その場で調理して食べてもらうのが一番だよね。
お、これで伯爵領の野菜もアピールできるのでは?
伯爵領での私の地位を高めれば、追放回避できるのでは!!!
お金を生み出す人間は大事にされるって、会社員時代に学んだ!!
その逆も!!(泣)
その枷になるのが、この指輪だ。本当に取れない。
ていうか、五歳児の指にぴったりの指輪とか現実的に考えて怖い。
この指輪を取るには、あの変人変態王太子に会わないといけないらしい。
つらい。
「僕も頂いていいかな」
「もちろんですわ。まだまだたくさんありますから……。とてもおいしいですから、たくさん召し上がってくださいましね」
後ろからふいに声を掛けられて、生き残り戦略的な笑顔で振り返った。
非常に整った顔立ちをした美しい少年がいた。
簡素な旅の装いでも、その高貴な雰囲気は隠せていなかった。
フードを取った途端零れ落ちる、淡い茶色の髪。
日差しを浴びて、柔らかく艶やかに光っている。
純粋を表現したような、澄んだ深い蒼の瞳が、私をとらえた。
私の目が、文字通り飛び出す。
レオンハルト・セヴェリン・アウレリウス王太子殿下だ。
「ひぃぃぃぃぃぃ!」
「伯爵に聞いたらここだと言われたんだ。また、面白いことをしているようだね、セシル」
ファーストネーム呼びを、許した覚えはありませんわぁぁ!
レオンハルトの視線が、私の手袋をした右手薬指を見た。
「君が婚約者で、とても楽しいよ」
知らーーーーん!
穏やかな生活が、欲しいだけなのにぃぃ!
私は心の中で、思い切り叫んでいた。




