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Liminal Zone

…傷口がうずく。


神薙透子の小さな身体は、その奇妙な空間の中心に吊り下がっていた。

不可視の力が彼女を持ち上げ、耳障りな蛍光灯のノイズ音が鳴り響く中に、掲げ持っていた。

透子は周りを見回す…いや。

見回す必要などない。

一瞬で理解した。

何故なら…全てが視えるからだ。


今や彼女自身の身体は、皮膚上に発生した無数の切れ込みの奥から覗く、虚ろな眼に埋め尽くされていた。


あらゆる方向が視える。


それだけではない。


天地万物、それらそのものが持つ、ありとあらゆる可能性。

過去から現在、未来に至るまでの運命すら、今の透子には細部に至るまで明らかだった。


千里眼、過去視、未来予知。


彼女は理解した。

それらの全てを獲得したのだと。


広大な空虚に、厳かな朗笑が木霊した。


「ーーーーーー!!」


周りはカビた臭いを漂わせる、黄ばんだカーペットと壁紙に囲われている。

不快な蛍光灯のハム音がざぁざぁと、閉塞感の漂う空間に満ちて、静かによどんだ空気をかき混ぜていた。


…突如として、それは訪れた。

凄まじく力強い、見えざる“手”が身体を再び、握り締めて引きずり始めたのだ。


「!!」


透子は隠された力に引かれる間、頭の中に直接、“声”が流れ込んでくるのを感じていた。

“声”は言う。


『言いなさい。さあ。私はカラス。カァー、カァー。』


「!?」


奇怪な事態に臆している間にも、彼女の身体は空中を引かれていく。

やがて今までいた広間の様な空間よりも更に広い、大ホールの如き場所へ辿り着いた。

神薙透子の身体がゆっくりと、静かに黄ばんだカーペットの床に降ろされる。

彼女は立ち上がり、“それ”に対峙した。


「………………。」


一つの巨大な眼が、透子の不安に満ちた顔を覗き込んでいる。

打ち捨てられた大聖堂の中庭の、寂れた天使像を思わせるシルエット。

純白の羽毛で覆われた翼が三対。

一対は頭を覆い、一対は胴を隠し、また一対は脚部を覆い隠す。

女神は彼女に告げた。


「ここは貴方の家じゃない」


「……。」


言葉もなく、立ち尽くす少女に、女神は更に続ける。


「私は千里眼、アル・ウッザー。その名はすなわち強き者、すなわち力そのもの。円舞を舞い踊る者。終わりの始まり。境界線上に佇む者。汝、その身を私に捧げ、世界の一部と成り得ようか?」


無数の瞳で神薙透子は女神の荘厳な姿を見つめる。

そして頷いた。

しっかりと前を向いて歩み始める。

黄色い輝きが空間を満たしていく。

構わず彼女は歩を進め続け…姿を消した。

そして、二度と姿を現さなかった。

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