間章──書き人は鼻唄を口ずさむ──
“「お前は勇者のくせに剣すらろくに扱えん愚か者よ。」
「うるさい──剣など無くともお前を倒してみせる!」
アルスは走り出し、ジャンプして、高く高く跳んだ。
そして一気に突っ込んで、自慢のパンチでドカッと殴った。
「ぎゃあ!!」
魔王は叫んだ。
アルスは着地してガッツポーズを決める。
「やったぜ!」
こうして勇者アルスの活躍により、世界に平和が訪れた。
めでたしめでたし。”
「──これは酷い。」
阿久津は頭を悩ませていた。
もう三時間ほど、自室のパソコンのモニターと睨めっこを続けている。
それだけならまだなんて事はないが、画面に映し出される“吐き気を催す文章”が、余計に彼を苦しめていた。
「没!」
マウスを動かして、ポイントを合わせる。
タイトル『勇者と剣』は完全に消去された。
「なんてことだ! まさか小説を書くことがこんなにも難しいだなんて。」
手元に置いてあった『孤独』を手に取り、ページをめくる。
同じところを何度も読み返してみる。
「ここの表現はこうであれで──」
何度も確認しては、書き進める。
しかし、思った通りの文章が書けずに消去。永遠とこの繰り返しである。
阿久津は頭を悩ませていた。
きっかけとなったのはつい先日のこと。
彼が教師を勤めている、から紅第三中学校の卒業式直前まで遡る。
「入学が決まったんですか!?」
その知らせを阿久津が聞いたのは、事件に巻き込まれていた刀真が、退院した直後のことだった。
「はい! 色々ありましたがなんとか。」
病み上がりにも関わらず元気に答える姿は、先日の彼とは別人のように思える。
「とにかく良かった、おめでとうございます!」
阿久津は自分のことのように嬉しかった。
教え子の成長というものは、教師にとって一つのゴールのようなものである。
「そうだ! せっかくですから何かお祝いの品でも送りましょう。」
帰宅の道のりで彼は考えた。
どんな物なら喜んでもらえるか。
彼の好きな物は?これまでの刀真との記憶を辿ってみるが、阿久津は彼のことをよく知らなかった。
簡単には思いつけそうにない。
「困りましたねえ。」
自宅に入った彼の目に一冊の本が飛び込んだ。
それは最近の愛読書となっている書師走筆彦の二作目、『衝撃』である。
「本──小説?」
彼にはまさに“衝撃”であった。
とても良い案を閃いたと、感動で心を震わせる。
そうと決まれば、早速準備をしなければならない。
阿久津は急いでパソコンの電源を入れた。
「待っていてください斬咲くん、私の超大作をあなたに贈ります!」
それから数日が経つも未だに未完成。
卒業式にも間に合わず、それでも阿久津は書き続けていた。
刀真を祝いたいという気持ちだけを糧にして、彼は書き続けていた。
「漫画にするべきでしたか。」
無論、絵なんて描ける訳がない。
名のある作家達がホテルに缶詰などと聞くが、少しだけその気持ちがわかった気がした。
手が止まってから数十分。
阿久津は『衝撃』を手に取った。
「続き──どこまで読んだんでしょうか?」
またしおりを挟んでいなかった。
適当にページをめくっていると、ある文章に目を惹かれる。
“八木は驚いた。
良子の右手の薬指には、八木が半ば無理矢理渡したプレゼントが付けられている。
「あれはガチャガチャの景品だぞ?」
安っぽいとか、そういった問題ではない。
大の大人の贈り物が玩具の指輪である。
良子はそれをしっかりと、しかも嬉しそうに、薬指にはめているではないか。
「物などどうでもいいのか?」
大切なのは相手を想う気持ち。
八木は以前、良子に言われた言葉を思い出していた。
気持ちがあれば贈り物の中身など関係ない。
それは八木にとって正しく衝撃だった。”
「相手を想う気持ちがあれば、」
阿久津はその通りだと思った。
初めから文才のない素人が出来の良い小説など書ける訳がない。
だが、刀真に対しての気持ちは嘘ではないのだ。
「ありのまま書きましょう。」
阿久津は再び、パソコンと向かい合った。
キーボードを打ち込みタイトルが入力される。
『侍と刀』
“──魔王の技が与七にクリティカルヒットする。
めちゃくちゃ痛かった。
「ぐわっ。」
与七は膝をついた。
「ぐわははは! これで終わりだ。」
その時、与七の刀が光り輝いた。
「何ィ!?」
「これが拙者の本当の力だ。」
想いの力が与七に刀を引き抜く力を与えた。
「そんな馬鹿なァァ!!」
「とどめだ──!!」
超必殺のサムライインパクトレボリューションを放つ。
ドカーン!
魔王を倒した。
「やったぜ!」
こうして世界に平和が訪れた。”
「これは酷い。」
阿久津は頭を悩ませた。
祝いの品を渡せる日はどうやら遠いようだ。
──終──




