プロローグ:Vtuber
画面の向こうで、絶世の美少女が笑っている。
猫のような瞳を細め、フリルのついた甘い衣装を揺らし、鈴を転がすような声で、僕らの名前を呼ぶ。 バーチャルYouTuber。
いつしか世界を席巻したその存在を、人々は「現代の魔法」と呼んだ。 二次元の完璧な『器』に、生身の人間という『魂』を吹き込む禁忌の錬金術。それはアニメのキャラクターが意思を持って僕らに語りかけてくる、夢の空間だった。
光のあたる場所では、美しいお伽話が語られる。
数万人もの観客が、彼女の一挙手一投足に熱狂し、チャット欄には秒単位で文字が奔流のように流れ落ちる。画面を彩る極彩色の投げ銭――スーパーチャットは、まるで信仰の証を捧げる儀式のようだ。ファンは彼女を『推し』と呼び、彼女もまたファンを『家族』と呼ぶ。完璧な双方向の愛が、そこには完成しているはずだった。
――けれど、魔法の代償はいつでも等しく支払われなければならない。
『器』という美しい皮膜を一枚剥ぎ取れば、そこにはあまりにも生々しい、どろどろとした現実の歪みが横たわっている。
生放送というやり直しのきかない戦場で、一瞬の失言が引き起こす数万、数十万規模の炎上。昨日まで「愛している」と囁いていたファンが、ほんの些細なボタンの掛け違いで、狂気的なアンチへと変貌する。
インターネットという匿名性の海から放たれる、姿の見えない刃。「〇ね」「消えろ」「裏切り者」。画面を埋め尽くす罵詈雑言は、アバターを透過して、その奥に潜む『魂』――ひとりの脆い人間の精神を、確実に、そして冷酷に切り刻んでいく。
大人たちの事情もまた醜い。
巨万の富を生み出すキャラクターの『権利』を巡り、企業はタレントをただの使い捨てのパーツ(声のモデル)として扱い、時に冷酷に切り捨てる。一方で、富と名声を集める一握りの『トップスター』の影には、機材代とアバターの制作費で借金を背負い、誰にも見つけられないまま暗闇で摩耗していく、星の数ほどの『底辺配信者』たちがいた。
虚構と現実。
偶像と人間。
熱狂と憎悪。
これは、二次元の仮面を被ってしまったがゆえに、狂った現代の濁流に呑み込まれていく彼女たちの物語。 神様のような美少女の皮を被った、ただの不器用な少女と――。 そして、彼女たちの『魂』を守るために、泥を啜る覚悟を決めた人間の、剥き出しの記録だ。




