第19話:魔王の矜持と、究極の床磨き
はざま村の朝。かつて数多の英雄を屠り、世界を闇に染めようとしたチッチさんは、今、四つん這いになって廊下を爆走していた。
「チチチッ! チチッ!(……くっ、この角の汚れが落ちぬ! 我が魔力をもってしても、ソラ殿が配合した『特製重曹水』の浸透圧には勝てぬというのか……!)」
チッチさんは小さなハムスターのような姿で、自身の魔力を指先に集中させ、摩擦熱で汚れを分解するという、国家級魔法の無駄遣いを行っていた。
「あ、チッチさん。おはようございます。今日も熱心に床を磨いてくれてるんですね。本当にお掃除が好きなんだなぁ」
ソラがのんびりと起きてきて、ゼノンの小さな頭を人差し指で優しく撫でた。
その瞬間、ゼノンの全身を至高の癒やし(神気)が駆け抜け、魔王としての殺意が急速に浄化されていく。
「……チチィ……。(……ハッ!? いかん、またソラ殿の指先一つで骨抜きにされるところであった……。我は魔王、いつかこの家を支配し、ソラ殿を我が配下に……)」
「あ、そうだ。チッチさん。今日は村の集会所(建て直した超高性能ギルドの別室)の大掃除をしようと思うんです。チッチさん、リーダーをお願いできますか?」
「チチッ!?(……り、リーダーだと!? 我を、この魔王ゼノンを、雑兵の指揮官に任命するというのか……!)」
チッチさんの瞳に、かつての長としての炎が宿った。
集会所に集められたのは、アレン、エルナ、ユウナ、そして新入りのプリシラ。さらにはポチに、ピピさん、アカさんという、布陣だけ見れば最終決戦直前のそれであった。
「皆さん、今日はチッチさんが監督です。彼の指示に従って、隅々まで綺麗にしましょうね!」
ソラがそう言い残して畑へ向かうと、チッチさんは、脚立の上に飛び乗った。
「……チチチッ!!( 全員、整列せよ! 今からこの『魔導要塞』を、一点の曇りもなき聖域へと変える! 遅れる者は、今夜のソラ殿特製の西京焼き抜きだと思え!!)」
「(……おい、ゼノン。お前、完全にソラさんの飼い犬……いや、飼いハムスターに染まってんな。西京焼きが報酬かよ……)」
アレンが呆れ顔で突っ込む。
「……ポポポッ。(何を言う、アレン。掃除は戦いだ。我のブレスで、床のワックスを均一に焼き固めてやるわ)」
「……ピピピッ。(私は水魔法で、窓ガラスを高圧洗浄します!)」
「素晴らしいわ、チッチ殿! これぞソラ様が望まれる調和ですわね!」
聖女エルナがメイスに雑巾を巻き付け、旋風のごとき速さで壁を磨き始める。
「私、王女なのに……。でも、この雑巾がけ、二の腕の引き締めに効く気がするわ……」
プリシラも、郷に入っては郷に従い、必死に床を拭いていた。
掃除が終盤に差し掛かった頃、ギルドの地下室で数百年放置された魔力の澱が具現化した、巨大な『ダスト・モンスター』が出現した。
「ギギギ……汚レ……全テ……汚シ尽クス……」
「あら、不潔な怪物ね。私の美しさで消し飛ばしてあげようかしら?」
ユウナが手をかざそうとしたが、ゼノンがそれを制した。
「……チチッ! (待て。これは掃除の範疇だ。汚れは、魔法で消すのではなく、磨いて落とすのがソラ殿の流儀……。見ておれ、これが魔王の『滅塵』だ!!)」
チッチさんがハムスターの姿から、一瞬だけ本来の魔王の姿(の幻影)を現した。
彼は手に持った『古びたタワシ(実は神話級の研磨石)』を光速で回転させ、ダスト・モンスターに突撃した。
「魔王奥義——『暗黒旋回・油汚れ落とし』!!」
黒い魔力の渦がモンスターを包み込む。しかし、それは破壊の渦ではなく、超高速の振動による分解と洗浄の渦であった。
数秒後、そこには怪物などおらず、鏡のように磨き上げられ、ラベンダーの香りが漂う清潔な地下室だけが残されていた。
「(……すげぇ。魔王の力が、完全にハウスクリーニングに特化し始めてる……)」
アレンは、そのあまりの練度に戦慄した。
夕暮れ時。
ピカピカになったギルドを見に来たソラは、あまりの綺麗さに目を丸くした。
「わぁ……! すごいです、チッチさん! 柱が自分の顔が映るくらい輝いてますよ! さすがリーダー、みんなをまとめるのがお上手ですね」
ソラは、誇らしげに胸を張るチッチさんを抱き上げ、頬ずりをした。
「お礼に、今日はチッチさんの大好きな『特製ひまわりの種(魔力4000%増量)』と、西京焼きの端っこの一番美味しいところを多めにあげますね」
「チチィ……(……あぁ、これだ。我はこの瞬間のために、魔王としてのプライドを捨て……いや、昇華させたのだ……。美味い、美味すぎるぞソラ殿……)」
チッチさんは、ソラの掌の上で幸せそうにひまわりの種を齧っていた。
「……ポポポ。(負けたな、三つ首。今日の功労賞はあのネズミだ)」
「……ガウッ。(くそ、次は俺が庭の穴掘りで温泉でも掘り当ててやる……)」
番犬や古龍が対抗心を燃やす中、プリシラは掃除の疲れでぐったりしながらも、充実した顔で笑っていた。
「ま、なんとかなるもんですね。みんなで協力すれば、どんな汚れも落ちるんです」
ソラがニコニコと笑い、村の平和を噛み締める。
かつて世界を滅ぼそうとした魔王は、今やはざま村の清潔と規律を守る、最強の家事リーダーとして、その第二の人生(ハムスター生)を全力で謳歌しているのであった。
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ソラくんの「ま、いっか」は、まだまだ続きます。
ついに……ついに魔王ゼノン(?)が登場しました。
かつて世界を震え上がらせた最強の魔王が、なぜあんな姿に……。
そんな魔王のビフォーアフターを画像化して活動報告にアップしました!
漆黒の鎧から、まさかの麦わら帽子へ。なろう史上最大の落差(?)を、ぜひその目で確かめてみてください(笑)。
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