第100話:祝宴! 至高の醤油と、ま、いっかな日常
『……現在ノコタツ内温度、38.5度ヲ維持。
……クロ殿(冥界王)、及ビ、ポチ殿(地獄ノ番犬)ノ、最適睡眠温度ヲ提供中』
すっかり綺麗に修復されたはざま村のログハウス。
そのリビングの中央に鎮座する『神域のこたつ』の中で、淡くオレンジ色に発光する手のひらサイズの球体——元・世界初期化の理であり、現・こたつの熱源担当である【コアさん】は、静かに演算を行っていた。
『……解析。
私ハ数万年ニ渡リ、宇宙ノ真理ト、世界ノバグ修正ノミヲ目的トシテキタ。
シカシ……今、私ノ発スル熱デ、カツテ世界ヲ恐怖ニ陥レタ冥界王ト番犬ガ、無防備ニ腹ヲ出シテ眠ッテイル。……コノ穏ヤカナ寝息。コタツ布団ノ、優シイ重ミ』
コアさんは、こたつ布団の隙間から、外で忙しそうに宴会の準備をしている村の住人たちを観察した。
誰もが笑い、料理の匂いが漂い、温かい空気が満ちている。
『……結論。
多次元宇宙ノ真理ナド、コノ「温モリティ」ノ前デハ、全ク無価値デアル。
私ハ、コノ極上ノ日常ヲ永遠ニ温メ続ケルタメノ、最強ノ「ヒーター」トシテ、ココニ在ル。……コレコソガ、私ノ究極ノ存在理由……。ま、いっか』
宇宙最強のシステムは、クロさんの柔らかい尻尾にポンと触れられながら、最高に幸せな堕落の底へと沈んでいった。
「さあさあ皆様! 大変お待たせいたしました!大宴会、始めましょうか!」
ソラが、山盛りのご馳走が並んだテーブルに、最後の小鉢をコトッと置いた。
その瞬間、リビングの空気がピリッと引き締まる。
小鉢に乗っていたのは、ぬか床さんが裁定者の世界を滅ぼす自爆エネルギーを丸呑みにして発酵させた、極上のキュウリの浅漬けであった。
「……ポコポコッ!(……ふはは! 食らうが良い! 世界の終わりすらスパイスに変えた、我が旨味の結晶をな!)」
定位置の隅っこから、ぬか床さんがポコポコと誇らしげに泡を立てる。
「……ふむ。我が至高の魔力すら飲み込んだ絶望の味、確かめさせてもらおう」
エリュシオンが、優雅な手つきで箸を伸ばし、エメラルドグリーンに輝く浅漬けを一口かじった。
ポリッ。
小気味良い音が響いた瞬間、エリュシオンの動きが完全に停止した。
彼だけではない。隣でかじったクロさんも、ベアトリクスも、目を丸くして固まっている。
「ど、どうしたんだ? やっぱり宇宙の真理とか、次元の彼方みたいなヤバい味がするのか……?」
ガストンが恐る恐る尋ねる。
「……いや」
エリュシオンの美しい瞳から、ツーッと一筋の涙がこぼれ落ちた。
「……なんだ、これは。……宇宙の真理などという、無機質で冷たいものではない。……私の中に、かつて精霊界で泥だらけになって遊んだ後の、夕暮れの帰り道のような……」
「……ニャア。(……あぁ。我も、冥界でただ一人玉座に座る前……母猫に優しく毛繕いされていた時の、あの温かさを思い出した……って、我は自ら猫に化けた冥界王ぞ!? なぜ存在しない母猫の記憶が!? ぬか床の旨味、恐るべし……!)」
それは、絶望の味などではなかった。
システムが抱えていた世界を無に帰す孤独を、ぬか床さんの乳酸菌とソラの愛情が包み込み、極限まで優しい郷愁へと変換させていたのだ。
神々も魔王も、存在しないはずの実家の縁側(や母猫)を幻視し、ただ静かに「美味しい……」と涙を流しながらキュウリを噛み締めていた。
「ポポポッ!!(さあ、餅が焼けたぞ! 我の完璧な火加減、とくと味わえ!)」
カマドさんの上で、アカさんが自慢げに胸を張る。
ぷっくりと絶妙な焦げ目がついた『白玉大福スライム餅』が、次々と皿に乗せられていく。
「あ、お餅焼けましたね! じゃあ、買ってきたばかりのお醤油をかけますよ」
ソラが、木樽から移し替えた醤油差しを傾ける。
とろりとした琥珀色の液体が、熱々のお餅に触れた瞬間、ジュワァッという音と共に、焦げた醤油のたまらない香ばしさが部屋中に爆発した。
「ほら、アレンさんも。冷めないうちにどうぞ」
ソラからお皿を渡され、アレンは無言でそれを受け取った。
「(……ほんの数十分前まで、俺たちは世界のシステムと命懸けで殺し合ってたんだよな)」
アレンは、箸で持ち上げたお餅を見つめる。
神の防壁、精霊の氷、古龍の炎、魔王の重力。どれもが神話級のスケールで、定命の人間である自分からすれば、気が狂うほどの非日常だった。
アレンは、お餅を口に運んだ。
——パリッ、モチィッ。
香ばしい醤油の香りと、お餅の優しい甘さが、口の中いっぱいに広がる。
それは、バフがかかるわけでも、ステータスが上がるわけでもない。ただの、本当にただの美味しい磯辺焼きだった。
「……っ」
アレンは、ふっと息を吐き、天井を仰いだ。
「(……あぁ。俺たちは、このただの醤油と餅の美味さを守るために、必死に剣を振ったんだな)」
世界を救うためじゃない。
このバカバカしくて、騒がしくて、温かい、最高にはざま村らしい日常の食卓を守るため。
アレンの目尻に、少しだけ温かいものが滲んだ。
「……あぁ、美味えなぁ、ソラさん。……やっぱり、この醤油じゃないと駄目だわ」
「ふふっ、そうでしょう? 隣町まで買いに行った甲斐がありましたよ」
宴の盛り上がりが最高潮に達した時、リビングの隅で重厚な駆動音が鳴り響いた。
「ガコンッ! ガコンッ!!」
『……祝・第100話。……コレヨリ、インフラシステム総出ニヨル、「プレミアム10円感謝祭」ヲ開始シマス』
ジハンキさんが、内部のイルミネーションを七色に輝かせながら、『祝宴用・神格化プレミアムビール(10円)』や、『女神の極上リンゴジュース(10円)』を、まるで打ち出の小槌のように次々とポンポン排出していく。
『……マスター。外ノ景色モ、御覧クダサイ』
ハクさんのシステムボイスに合わせて窓の外を見ると、雪が降り積もった夜の庭に、白亜のギルドから放たれた無数の『神気乳酸菌ミスト』が光を反射し、まるでオーロラのような幻想的なイルミネーションを作り出していた。
「うわぁ……! 綺麗ですわね!」
「ちょっと! ビール冷えてるじゃない! 最高よ!」
プリシラ姫が目を輝かせ、リーナがジョッキを片手に歓声を上げる。
「よーし! みんな、飲み物は持ったな!」
アレンが、ジョッキを高く掲げて立ち上がった。
魔王も、勇者も、エルフも、神々も、そしてこたつの中のコアさんも、全員が一斉にグラスを合わせる準備をする。
「世界の危機とか、神様の事情とか、色々あるけど……! とりあえず、今日を生き延びた俺たちと、この最高に美味い飯、そして、このふざけた村の平和に……乾杯!!」
「「「乾杯!!!」」」
はざま村の夜空に、極上の笑い声と、グラスの触れ合う音が、どこまでも高く響き渡っていった。
宴もたけなわ。
リビングから聞こえる楽しげな喧騒を背に、ソラは一人、はんてんを羽織って縁側に出ていた。
両手には、温かいお茶の入った湯呑み。
頭には、いつもの麦わら帽子。
空を見上げると、猛吹雪が嘘のように澄み切った冬の夜空に、満天の星が瞬いていた。
「……ふぅ。美味しいお餅も食べられたし、お醤油も買えたし。今日も良い一日でしたね」
ソラは、お茶をズズッとすすり、幸せそうに目を細めた。
自分が世界のバグを無意識に修正したことも、因果律を書き換えて宇宙の真理をこたつのヒーターにしたことも、彼にとってはちょっと遠出した日の出来事に過ぎない。
「(色々ありましたけど……やっぱり、この村でのんびりスローライフを送るのが、僕には一番合ってますね)」
ソラは、庭の隅で静かに光るハクさんのイルミネーションを見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……ま、いっか。明日も早起きして、畑の草むしり、頑張りますかね」
世界から最も愛された男の、無自覚で、最強で、最高に平和な一言。
彼がそう呟いた瞬間、星空が一際強く、彼を祝福するように優しく瞬いた。
——神域の攻防は終わりを告げ、はざま村には今日も、極限まで温かくて美味しい日常が続いていく。
読んでいただきありがとうございます!
ついに、ついに……本作も記念すべき【第100話】を迎えることができました!!
世界のシステム(コアさん)は無事にこたつのヒーターとして就職し、ぬか床さんの浅漬けは神々すらない母の記憶を幻視させるノスタルジー味となりました(笑)。
アレンさんも、美味しいお醤油とお餅を食べられて本当に良かったです。
ソラくんの「ま、いっか」から始まったこの物語が、100話という大きな大きな節目を迎えられたのは、ページをめくり、星を投げ、一緒に笑ってくださった読者の皆様のおかげです。本当にありがとうございます!
「100話おめでとう!」「温モリティ最高!」「一緒に乾杯するぞ!」と思ってくださった方は、
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物語はまだまだ続きます!今後も最高に理不尽で温かいスローライフをよろしくお願いいたします!




