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怪物使いの村 後編09

 事が起きたのは、紫玖家──つまりは頼池(らいち)様と初めてお会いした、月牙様のご実家でございました。


 蓮池に囲まれた部屋に、相も変わらず美しい茶器や壺が並べられ。頼池様もまた、絵画の一部のようにそこに在られました。


「セキショウ集落の件は、ご苦労様でした。しかし、学院の技術には毎度目を見張ってしまいます。機巧の鳥はもちろん、我々の怪祓の技まで、絡繰(からくり)に取り込んでしまうとは」


 頼池様の言葉は穏やかでしたが。その紺色の目は、全く笑っておりませんでした。神聖なものとされてきた怪祓の技を、機巧に竜沁を倒すだけで発動してしまう。

 それは確かに、修練を積んできた聖職者・術者たちにとっては、面白くない事象だったのでございましょう。


「……それは、僕が」


「──ご子息が機巧術師としての教育を受けていて。かつ、自身専用の術式を構築しているからこそ、機巧術式が発動したのです」


 月牙様を遮り、イリス様は飄々と肩をすくめました。


「同じ怪祓の術式を、私や他の機巧術師が使おうとしても、安定させられません。伝統と最先端の機巧技術。両方に精通したご子息だからこそ為した結果。そう、思っていただければ」


「……。そうですか」


 頼池さまは、口端だけで笑みをつくりました。


「あなたは昔から、新しい技術(もの)が好きでしたからね。その好奇心が、セキショウ集落を良い方向に導いた事は、好ましく思っています」


 そこで言葉を切り。頼池様は、ワタシの方に首を回しました。

 温度のない、硝子玉(ガラスだま)のような瞳が、肩を跳ねさせるワタシを映します。


「──ところで、その鬼奴子(きなご)の同行についてですがね」


 頼池様の言葉とほぼ同時に、月牙様がワタシの前に身を傾け、静かにお父上を見据えました。


「何か? この娘の旅費や生活費は、本人が(・・・)稼いでいます。同行したとて、僕の業務に差し支えはありませんよ」


「……」


 月牙様が旅の道中、『着物を繕う時の相場は?』『裁縫用具の相場は?』『では必要な道具を買ってきなさい。僕から業務を委託します』などと。

 理由を付けて、ワタシの日用品を拡充させていた事を思い出しましたが、それはそれ。


 ワタシを隠そうとする月牙様の肩には、ピンと張り詰めた糸のような緊張を伴っておりました。


「金銭の事は、さしたる問題になりませんよ。貴方も年頃(・・)ですしね。多少の遊び(・・)なら、私も目こぼしするつもりでいたのです……それは生娘のようですから、まぁ、後腐れも無いと思っておりましたとも」


 イリス様が、息を呑む音が聞こえました。茶器の水面が震え、周囲が恐る恐る青年に視線をやれば──


()を愚弄するか、頼池」


 ──月牙様は、冬の湖面のような冷ややかな視線を、頼池様に向けておられました。

 庇われているワタシが縮こまるような怒気を、頼池様は腕組み半分に受け流し。


「事実を述べただけですとも。貴方は、その娘を隠す為に、我々を欺こうとしましたね。私宛ての書簡はもちろん、宿泊地の変更も。公的な書類──芸人登録(・・・・)まで、その娘に避けさせた時期があったでしょう」


「……」


「一時的とはいえ、隠し事をされてしまうとね。困るのですよ。監視を目の届く範囲に置かない、という約束を守れなくなってしまいます」


 風が吹き抜けるまで、双方無言で睨み合い。先に笑いをこぼしたのは、月牙様でした。


「では、何です。この娘が私と縁組した事にでもすれば、同行を正式に許して頂けるのですか、頼池殿(・・・)?」


「また心にもない事を。それに、認める訳が無いでしょう。鬼奴子の縁組なんてものは」


「では、さっさと結論を述べなさい。回りくどい話を、長々と聞く気はしません」


 月牙様の表情に、頼池様の護衛が槍を持つ手を強く握る中。頼池様は、口を開きました。



「その娘、私に譲っていただけませんか?」



 思考停止。当事者のワタシが動きを止める中。月牙様は、嘲笑の声を上げました。


「人質のつもりか? 僕を従わせる為に、そのような下劣な真似に走る必要はありません。しかし、もし、僕が責務を放棄するのが不安で仕方ないと言うのなら、彼女の身柄は学院(・・)に預けましょう」


「その必要はありませんとも。それに、これはその娘の親権者(・・・)からの要望でもあるのです」


「……叢雲(むらくも)は。この娘の師父は、亡くなっているでしょう。それに、旅館の女将には、僕が直接確認を取って」


「書面上の親権者は、かぜひら亭の女将ではありませんからね」


 何が、起きているのか分かりませんでした。

 ワタシはただ、師父が亡くなった後。訳のわからぬまま、師父の知り合い達の元へ。

 そして女将に連れられて、旅館で働き。縁組の話が来る前にと、月牙様を頼って旅を始めました。

 書面上の親権者なぞがいる事も。それが女将でない事も。いま、自身の身柄が取り沙汰されている事も。


 ──全く、何も、意味が分からなかったのです。


「杏華。僕がこれからする質問に、『はい』か『いいえ』で、素直に答えなさい。良いですね?」


 声をかけられ、ワタシは顔を上げました。


「いま、君は自分が置かれている状況や、親権者について理解していますか?」


「いいえ……」


 月牙様も当然、ワタシの親権者ではございません。伴侶なんてものでもない。ただ、ワタシの幼いわがままを聞いて、ワタシを連れ出してくれた青年は。


「ではもう一つ。君はまだ、旅を続けていたいですか?」


 普段と変わらぬ。初夏のせせらぎのような声で、ワタシに尋ねました。


「……」


 ワタシはためらい、頼池様を見ようとしましたが、その視線を月牙様は遮りました。数秒の沈黙。そよぐ蓮花を背景に、澄まし顔の青年を見上げて。

 ワタシは、ただ無言で頷いたのです。


「結構。では、茶番(・・)はここまでとしましょう!」


 にっこり、破顔。拍手(はくしゅ)一発、空気を震撼。先ほどまでの剣呑な空気はどこへやら、急に笑い出した青年は、頼池様に向き直りました。


「僕の機嫌を損ねる事は、貴方にとって建設的とは言えない振る舞いです。僕が一時期、この娘の同行を伏せた時期がある事は事実ですが、宿の女将に承諾を得るまでの期間だけ。その後は貴方宛への報告も正式に行ったし、貴方は、同行の許可を与えています」


「そうですね」


「では、なぜ今になって許可の打ち消しを試みて。その上で、わざわざ僕を挑発する形を取ったのでしょうね」


 状況が変わったなら、自分を説得すれば良いだけの事。学院預かりの提案を一蹴したなら、こちらに説明せずに、引き離したいだけの理由があるという事か。

 月牙様の質問に、頼池様は困ったような笑顔を見せました。


「……もう少し、茶番が必要ですか?」


 青年は、ふと立ち上がり。なぜか礼装の袖を捲り上げました。


「ええ。貴方が在りたい旅を、お望みならば」


 対する頼池様は。身を乗り出しかけた護衛士に手を上げて合図し、こちらも苦笑しながら立ち上がりました。


「痛くはしないでいただけると、助かるのですが」


「勿論です。しかし、歯は食い縛っておいて下さい。手元の狂いはあるかもしれない」


「ちょっと月牙、何する気よ」


 冷や汗を滲ませるイリス様を制して、月牙様は笑いました。


「ここは、水音(・・)がうるさいので。親子水入らずで、少し喧嘩をして来ます」


「……は?」


 直後。月牙様の拳が、頼池様の顔面にまっすぐ叩き込まれました。

 

「はぁああぁあっ⁈ 」


 イリス様の絶叫を伴奏に、頼池様はあり得ない勢いで吹っ飛び、欄干(らんかん)は纏う風の余波で大破し。

 ──パリン、と。見えない何かが破砕する音が、同時に響きました。


(この音、結界が割れた時の……)


 部屋に張られていた、見えない結界を。月牙様が頼池様を砲弾(たま)に破壊した。

 それがかろうじて認識できた直後には、頼池様は蓮池の向こうに飛んでいってしまい。ドベシャバシャアッ!と、人体からしてはならない音が後から響いて参りました。


「すぐ戻るので、待っていなさい。イリス、時雨。それから黒葉(こくよう)。他の護衛が来たら、適当に止めておいて下さい」


 目を剥くイリス様と、狼狽する頼池様の護衛に手を振って、月牙様は悠々と水面を渡り。そのまま蓮の茂みに消えてしまいました。


「月牙様、頼池様になんて無礼を……時雨様、そこを通して下さい」


 黒葉、と呼ばれた頼池様の護衛を遮ったのは、時雨ちゃんです。


「だめだよ。頼池にも止められてたでしょ」

「しかし」


 押しても通れぬ、時雨ちゃん問答。苛立ちを表情に浮かべた護衛に、少女は。


「頼池の護衛は、わたしとあの子(・・・)の言うことが、聞けないんだ。それはきっと、頼池も困っちゃうね」


 無表情のまま、言葉だけで護衛を封殺してのけました。


「杏華。他の護衛は黒葉さんが相手しているから、私たちは待っていましょう。よそ者だしね」


 イリス様に促され、浮いた腰を下ろします。

 ぎゃいのぎゃいのと騒がしくなっている扉の外に視線を向けながら、ワタシは、ふと言葉を落としました。


「月牙様は……紫玖家(ここ)でお育ちになったわけでは、無いのですか」


「どうしてそう思ったの?」


「いえ、何というか。お聞きしていたお育ちのわりに、お父上に遠慮がないというか……気を許して(・・・・・)おられるように見えたので」


 月牙様と旅をする過程で、理解した事。

 それは彼が、信頼していない相手には一貫した笑顔を貫くという習性です。

 頼池様への態度は、反抗期の息子のようでいて。同時に、イリス様やエヴァ様など、友人に向けるような親しみの口調だと、感じたのです。


(それに頼池様は、月牙様の自由意思をとても尊重なさっているように見えます)


 家庭環境が複雑で。継母に疎まれ肩身が狭かったという話は聞けど。

 家族に複雑な印象を抱いているであろう月牙様の、幼子のように不安定な人格と。頼池様の父親像とは、どうも想像(いめーじ)が結び付かなかったのです。


「月牙様は、ご自身を山育ちと仰っておりましたし……普段は、あまりお会いになっておられなかったのですか」


「それは、」


「そうだよ」


 眉を下げたイリス様を、時雨ちゃんが遮りました。


「頼池はここ。月牙は、もっと山奥の別邸で暮らしてたから。たまにここに来て、会ってはいたけどね」


 焼き菓子を悠々と食べる時雨ちゃんを見ながら、イリス様は眉間を押さえため息ひとつ。

 何事か、と押し寄せた護衛たちの抑えが限界に達したところで。蓮の葉をかき分け、紫玖親子は再び姿を現しました。


「月牙様」


 思わず駆け寄り、青年を見上げます。

 蓮池に進んでおきながら、泥汚れひとつない青年は。しばらく真顔でワタシを見下ろしたあと、急にくしゃりと唇を引き結びました。


「……」


 続いて手を伸ばし。ワタシの肩に触れようとした後。躊躇って引っ込めた手で、ワタシの頬を掴んで伸ばしました。


「あう、なん、何でございますか急に」


「君の同行許可を、正式に取り付けました」


「ふぁい?」


 ワタシの頬を掴んだまま、青年は淡々と続けました。


「君の分の旅費も経費計上して良しとの事ですが、仕事として正式に預ける作業も増えますから」


「ふぁい」


「ハスノハにいる間に旅装を拡充してから、次の街に向かいます。良いですね」


分かりました(ふぁふぁりふぁしふぁ)


「真面目に返事をしなさい、馬鹿者」


「頬をつねっておきながら、何という理不尽!」


 開口一番、大抗議。ワタシがキャンと吠える様子に、青年は無言で目を細めました。


「……あの、月牙様。ワタシのわがままを通す為に、何か」


 ご無理をなさったのではございませんか。訊ねかけたワタシの額をべしっと指で弾き。青年は、悶絶するワタシを無視して踵を返しました。


「頼池殿。また、改めて伺います。引き続き、書類や根回しの準備をお願いします」


「仰せの通りに」


 喧嘩してきた、という割に淡々と会話を済ませ。月牙様は、部屋の外に出て行ってしまわれました。続けて、時雨ちゃんも席を立ち。


「──イリス・デューラー。学院代表者として、少しお話の時間をいただけますか」


「……。勿論です」


 まだ、大人の話が続きそうだと判断したワタシも。逡巡(しゅんじゅん)しつつ、二人を追うために立ち上がりました。


「その……頼池様。旅の同行許可をいただき、ありがとうございました」


 何が起きていたのかは、正直さっぱり分からずじまい。このお方の事も、苦手でございました。

 しかし礼は尽くすべきと判断し、頭を下げたのでございますが。


「私は、貴女に感謝しております」


 返しの言葉に意表を突かれ、思わず視線を上げました。


「私は、あの子に最も近しい大人の一人でありながら。彼が苦しみ、助けを必要とした時には、何もしてやれず、ただ国外に追いやる事しかできなかった」


 そして今は、彼をそのまま自由にさせるべきだったと思いながら、国内に呼び戻している。保護者としては失格だ、と。白髪混じりの男は自嘲します。


「あの子は私が嫌いですから、借りを作りたがらない。その彼が、君の事では、自ら借りを作りにきたのです。乗らない手はありませんよ」


 これで彼に貸しを作れる、と。臆面もなくワタシに告げる精神性はどうかと思いましたが。

 彼なりの、月牙様への愛情表現ではあったのでしょう。


「叢雲の娘、杏華。ひとつ、貴女にも忠告を」


 ──当時は理解できませんでしたが。ワタシのモノ扱いを徹底して、月牙様の事の神経を逆撫でしながら、慈愛を見せる姿勢も。


「彼は、庇護下の者に慈愛を見せますが。同時に、蛇のように執念深く、度を越した執着を見せる事もある。そういう血筋(・・)なのです。絆されて人生を狂わせぬよう、気を付けなさい」


 コンコン、と。両手でけものの耳を作り。どこかで見覚えのあるからかい方をされた理由も。


「……?」


「おや、失礼。今のはお忘れなさい」


 何も、分からないまま過ぎ去りましたが。


「どうかこのまま、良い旅を。あなた方の行く先に、()き風の助けがありますように」


 あの時、授けられた言葉だけは、心からの祈りを伴っていた。それだけは、理解できているのです。

 

◇GIS操作のクセ

 地図を元に踏査や分析を行うけもの屋にとって、地図作成ソフトGISの操作は、基礎技術のひとつである。しかし、元のデータの取扱いや、操作のクセによって地図構築の手順が異なってくるため、同じ結果の出力に謎の個人差が生まれがちである。困ったね。

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