29 初恋
俺は、父親をよく知らなかった。
母親の話によると、頭は悪くなかったが浮気者の自由人だったらしい。
奴は、俺が小学生になるとすぐに別居先でどこかの女と駆け落ちしてしまい、行方知れずとなった。
母親は、本音かどうかはわからなかったが「厄介者が居なくなって良かったわ」と喜んだ。
離婚届も印を推してあったので、すぐ処理された。
俺は父親の顔すら覚えていなかったので、残された数枚の写真を見ても、何となくこんな顔だったかな、と思うくらいで、別に寂しくもなかった。
母親も俺を愛して育ててくれた。
だから不満などなかったし、幸せだった。
ただ、周りはそうは思っていなかった。
「あの子可哀想なんだよ」
「何が?」
「お父さんいないんだって」
「マジかよ」
そんな噂をされた。
だから父親参観日が嫌いだった。
今日は母親が代わりに来てくれた。
いちいち「お父さん何で来ないの?」とか
説明が面倒くせーんだよ
どっちも来てねーヤツだっているじゃねーか
母さんも忙しいっつーのに
俺は、面倒臭いクラスメイトを嫌いになった。
そんな日の帰り道、母親の働いている会社の会長と道端で偶然出会った。
会長のじーさんは細身の派手なスーツを着ていたが、スラリと背が高くて細いくせに貫禄もあり、お洒落でカッコ良い人だった。
母さんは直ぐに腰を折って挨拶をした。
それを見たら、こっちが弱い立場みたいで嫌な気分になった。
「会長!ご無沙汰しております。息子の瑠加です。ほら、ご挨拶なさい」
「どーも」
だから、ちょっと感じの悪い挨拶をしてしまった。
「瑠加!」
「いやいや賢そうなそうな子だ。うちの麗と同い年だな。仲良くしてくれるか?」
じーさんは怒らなかったばかりか、少し面白そうな顔をして俺を見た。
俺は少し戸惑って返事が出来なかった。
そして、じーさんの後ろからピョコンと顔を出した女の子を見て、俺は固まった。
麗と呼ばれた女の子は、スルスルとした髪の毛を腰まで伸ばし、白いワンピースを着た妖精のような子だった。
「よろしくね、瑠加」
「お、おう」
この時、俺は生まれて初めて一目惚れをした。
「瑠加」と可愛い声で呼ばれたのも嬉しかった。
後からクラスの女子から聞いた話によると、俺は実はそこそこモテていたらしい。
クラスの女子は俺の目つきが怖いとかで、あまり話しかけれないでいたんだとか。
でも麗は、そんな俺に最初からビビることなく、可愛く話しかけてくれたんだ。
肌白っ!
妖精か?
てか人間じゃねーだろ
可愛すぎる
一方の麗も、瑠加を見て唸った。
将来が楽しみな美人顔ね
ハイ、合格
幼い頃から肉食の麗だった。
そして、大人から自分へ向けられる愛情を十分理解していた麗は、上目遣いに祖父を見上げると、ぎゅうーっと腕にしがみついた。
「おじい様、私、瑠加と一緒に習い事がしたいわ」
祖父の中で、脳内ジジバカが炸裂した。
「よしよし、わかったわかった。わしに任せておきなさい。さて、麗がこう言っておるんだが。授業料はうちで持とう。どうかね?佐々木君」
じーさんは俺の母親に尋ねた。
パワハラともいう。
「え?あ、はい!勿論、喜んで!ね、瑠加」
母親は俺の頭を掴んで下げさせた。
「ってーな、何すんだよ!」
俺は母親の手を振り払った。
麗の前で格好悪い姿をみせたくなかったから、イラっとしたんだ。
その様子を見た麗は無言で俺に近づくと、そっと俺の頬に手を当てた。
俺は瞠目した。
「あのね、瑠加は、お母様に似て美人さんなの。だから、お母様に感謝なさい、わかった?」
至近距離で妖精のような麗に「だからそんな態度はダメよ」と言われメッと叱られた俺は、ボーッとした。
じーさんはニヤニヤしながら俺達を見ていて、母親も急に大人しくなった俺を見て吹き出しそうになるのを必死に我慢してたよな。
それから俺は、すぐにレイの家で習い事を始めたんだ。
「ねぇ瑠加」
「何?」
「瑠加は、お勉強の他に習いたいものはあるかしら?」
「俺?何で」
「折角おじい様がお許しくださったんだから、何かあればやっておいたほうがいいわよ?」
「そーだな。でも習い事って高いんだろ?今も家庭教師雇ってんじゃん。金かかるよな」
「遠慮しなくていいのに」
「ムリムリ。麗と違ってうちは貧乏なんだぜー。片親だし、学校だって公立だしよ」
「そう?でも瑠加のお母様はウチで働いていらっしゃるんだから、お金はあると思うわ。まぁいいけど」
「それと瑠加」
「?」
「これから先ね、何か嬉しいこと悲しいこと腹が立つことなんかがあったら私に言ってね?チューしてあげるから」
「全部じゃねーか。ってか何だよ、チューって」
俺は赤くなった顔を誤魔化すために、下を向いた。
「私ね、美人さんが大好きなの。こないだもね、執事の髙橋がボンヤリ考え事してたから、チューしてあげたの」
「は?!髙橋って奴も男?」
「そうよー、なかなかいない、中世的な魅力のある美人さんなの」
「で?!そいつ大人だよな?なんか言ってた?」
俺は焦って立ち上がった。
俺以外にもチューしたい男がいるのかと思うと、嫌だった。
それと、こんなに美人で可愛い妖精のような麗にキスなんかされたら、相手がどうなるかも心配だった。
でも麗は、残念そうな顔になって言ったんだ。
「うん。それがね、麗様、申し訳ございませんが私はロリコンではございませんし、婚約者が泣いてしまいますので二度とおやめください、なんて言われちゃったのよ?喜ぶと思ったのに、ビックリよねー」
「いや、それ向こうの方がビックリだっただろ」
「でも、瑠加はいいでしょ?婚約者もいないんだし、ロリコンでもないんだから」
「いや、そーゆー問題じゃねーと思うけどな」
「あら悲しいわ。瑠加も嫌なの?」
「いや!嫌じゃねぇよ、全っ然!」
「なら良かったわ」
そう言うと麗は、テーブルに身を乗り出して俺にチュッとキスをした。
俺はその日「腹痛ぇからもう帰る」と真っ赤な顔を見られないように頑張って家へ帰ったんだっけ。
ルカは、王都のカフェテラスで美味しそうにケーキを食べるレイを見つめた。
レイは俺にとって初恋の女の子で
ファーストキスの相手なんだよな
太陽の光がレイの胸元まで伸びた薄茶色の髪の毛に反射してキラキラと光っていた。
本当に綺麗だな
レイが、ルカの視線に気づいて妖精のように美しく微笑んだ。
ちなみに、あの後瑠加からキスの理由をしつこく聞かれた麗は、己の煩悩に任せてしたとは言えず、苦し紛れに「アラ?キスなんて挨拶なのよ」と答え、「そうなのか」と自分のせいで幼い瑠加に間違った認識を植え付けてしまったことを、スッカリ忘れてしまったのであった。




