第六話「死神の追跡」
「君はヴァイスにふさわしくない戦い方をしているよ」
年下の子供にそんな口の利き方をされるのは、慣れていない。
「見た所君はかなり荒々しい戦い方をしているねえ。それでもヴァイスと言えるのかい?」
ヴァイス。俺たちの仇名というべきか。
この春原県に突如生まれ、闘擾をこととする人間――県外からはそう呼ばれている。人間の姿をした悪徳。
俺たちは確かにこの世の悪そのものだ。
そして、その悪をいつか世界にまで及ぼすものなのだ
「うるさい。お前も黙って俺に殺されるがいい」
敵の姿は見えない。奴がどこから声が出しているのかすら分からない。すぐ近くに迫っているにも関わらず、その近くには誰もおらず、距離感がつかめないのだ。
どこに隠れている。
俺は初めて、屈辱を感じた。それまで何度この戦場で生伸びることに苦心したかしれない。そしてそのたびに強くなってきたのだ。それなのに、まだ俺の強さは想像したよりも大きなものではないということなのか。
敵がまだいるという事実と、こんな敵に苦戦しているという現実。
「よせ、愛次。こんなさっさと殺すべきだ。ねちねち責めている内に制限時間を越えてしまうぞ」
「でも兄貴、こいつはすでに何人も殺したあとがあるぜ。血がついているし、顔の傷もまだ癒えていない」
傷、と言われて俺はなるべくその会話を聴かないようにした。それまで忘れていた痛覚がふと蘇ってきそうになるからだ。痛みを感じて戦えるものか。
そしてそんな状況の悪い時に、またも腕から血が噴出した。奴はまるで、長い爪で引っかいてくるらしい。
俺より図体が小さいだけに、どんな動きをしてくるのか予想ができない。ただ、かろうじて感じられる風と息から攻撃パターンを予想することしかできない。
無論、一回か二回爪が皮膚に刺さったのを感じた。だが、痛みはさほど感じない――体の一部をもっていかれるほどの被害を受けてもさして痛みを覚えなくなるような気がした。この鈍感さも、俺の誇りだ。
急に『兄貴』と呼ばれた敵の声が、
「さっさと殺してしまえ。お前は俺がしとめる」
感覚を研澄ませる。
「ああ。兄貴に殺されるのは俺一人でいい……」 ふざけた冗談を交わしながら、俺をじわじわと追いつめて行く。
兄弟ですら、無残に殺し合う。それがこの県の掟。
「そこか!」 俺は斜めに左腕を突出した。そしてその先が、何かにぶつかった。
「チッ! 小癪な!」
そこに敵の姿はあった。俺よりも年下の、小柄の少年。
背も低く、一目では戦いに向かないような容姿。しかし思ったよりもその身体は強く、掌で俺の拳を受止めていた。
「さすがだ」
ジャブを打ち始めた。
俺はその一つ一つを迎撃つ――が、かなりそのタイミングが遅い。下手をするとかすってしまいそうになる。
やはり戦闘で体がそろそろ限界を迎えているのだ。何回か休息をとったにしろ解けない緊張のせいで次第に感覚が鈍ってきている。そうすぐには回復できない。
「僕にかなうかな?」
決してなめていない。むしろ、それは強者の余裕、貫禄すら感じさせる。
俺の目の前がにわかに赤く染まりだした。愛次がまるで血に染まっているかのようだ。いや、もとから顔に血痕が残っているのだが、これは充血や幻覚の類ではない。明らかに俺の体には異変が起きていた。
「そんな程度の覚醒で僕が倒せると思うのかい?」
愛次の姿がまたもや薄くなり、背景に同化しようとしている。ドラム缶や鉄筋などほぼ灰色一色の物体が散乱する中で、奴の姿は生気を失ったように白くなっている。
「僕も、実は覚醒したんだ。四人か殺したくらいにね」
落ち着いて会話を話す隙もない。俺は宙がえりを打ちながら愛次の攻撃を避け続ける。
「まさかこんな早くから覚醒するなんて思ってなかった。でもあのお方の目的にかなうならそれでいい。僕が最初にあの境地にたどり着くんだ。誰もたどり着いたことのないあの境地」
「そうしたら、どうするんだ!?」 俺は叫んだ。ここで何とかして敵を動揺させなければならない。一瞬でも時間を稼がなければならない。
すると、愛次の動きが止まった。身構えたまま、いつでも命を奪えるような強打が出せる姿勢で俺を激しくねめすえる。俺もまた、愛次の姿勢を若干真似て、数秒間対峙する。
「お前はこのトーナメントに勝って、どうする?」
不思議がる愛次。
「君みたい人間が春原県にいるということが信じられないな。あのお方のお目にかなわない人間など生き残れはしない」
「俺は断罪される。断罪されるのならもっと重い罰を受けた方が良い。それが心地いいことなのだから」
「なぜそこまでして、生きることに執着するんだ? まるで君は戦いが嫌いであるかのようじゃないか」
弟の拳が再び服をかする。
「じゃあ、消えちゃえ!」
俺に油断があったことは否定しない。
愛次は一瞬で、堅固な脚を俺の脇腹に刻みこんでいた。それは、いまだかつてない不覚だった。
後ろからも、強烈な視線を感じる。愛次の兄だ。俺の死を願ってやまない、敵が、ここにもいる。
「お前みたいに弱い人間はさっさといなくなれ! この愛次に手を出していいのは俺だけなんだ」
「そうだ。僕たちは殺し合うんだ……!」
こいつらは自分たちが殺合うことに至福の喜びを感じているらしい。
俺にとっては異常な性癖としか思えない。
愛次は俺の首を絞め上げ、そのまま片手で宙に持ちあげた。
「お前を、鼻をつぶして殺す!」
愛次は、俺に顔を近づけて、指を挙げる。
「いや、もっと派手に殺してやろうか……」
俺はしかし、そんな簡単に従容と死を受入れる人間ではない。思いきり左脚を挙げて、愛次の股間に蹴りを加える。動揺した愛次の胸を俺は勢いよく蹴り上げた。愛次は痙攣して、それから動かなくなった。
「プレイヤー死亡。残り十名」
例の監視カメラが、蠅のように鳴きながら周囲を周回している。
振り向くと、愛次の兄が、姿を現していた。弟と、見た目も顔もうり二つだった。
奴は最初棒のように突っ立っていた。それから、急に遺骸にかけより、
「お前は! 俺が殺すっていったろ……!」
弟を抱きかかえながら叫ぶ。
「てめえ……絶対に殺す」
憎しみのまなざしを向けて。俺は、思わず口角がゆるんだ。
「兄弟同士で殺すお前たちの願いは永遠にかなえられなくなったな」
踏みにじる喜びに顔をゆがめながら、俺は兄に言った。
なぜ、殺すことにそこまで価値を感じるのか。人間に生きる価値なんてそもそもないくせに。
虫であれ、人であれ、ただの殺しでしかないものに、善いとか悪いとか評価する必要があるものか。
「お前、いい顔をしてるよ。俺たちの営みに何の意味もないのに、あるかのように錯覚している」
「てめえ、殺しを何だと捉えている!?」 愛次は空しく抗弁しようとするばかり。
その本末転倒さを笑おうとした直前に、またもや別のアナウンスが鳴響いた。
「戦闘終了まで残りあと三時間」




