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VICE  作者: 鱈井 元衡
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第五話「重圧の一発」

 なんてこった。これで銃弾はあと二発しかない。

 まだ十人以上殺すべき人間が残っているというのに、この切札と言える猟銃はもはや二回しかその出所を許されていないのだ。

 いずれにしろ異形男をしばしの間無力化することはできた。あとは、この短い間に完全に始末するほかはない。

 驚くべきことに、まだ手と足は動いていた。ただ神経が生きているだけとは思えないほど、それはゆっくり動いて餌を求めているようだった。俺が強く腕を握っても抵抗しないほど弱ってはいたが。

 俺は肩を蹴って、もはや人食いの一部が虫の息であることを確認するとそれを引きずりながらトンネルを昇っていった。思ったよりだいぶ体は軽かったので、最初それが本体かどうか疑った物だ。少ない筋肉で怪力を発揮できるように変化したためだろう。その生命力に感激している暇はない。俺は無残に食い殺された屍――そのうちの一人の顔は、昔どこかで見た気がする――を踏越えながら、この薄暗い通路を抜けだしていった。


 俺が目指した場所はガソリンスタンドだ。トーナメントの運営はゲームを円滑に進めるため、会場の各地のインフラを整えている。その使い方は自由だ。命を食つないでもいいし、あるいは奪うのでもいい。

 瀕死の状況とはいえ、まだ腕は微かに動いている。他の腕も満身創痍ながら、指にまだ血が通っている風に見えた。

 何より、頭の傷口から煙が立っている。さすがに頭を再生することは難儀だと思うのだが、これほど人間を遠く離れた姿になりかけてる奴なら、ここからまた元気を取り戻す可能性も0ではない。

 ガソリンスタンドがどういう場所なのか、俺はよく知らない。何でも自動車に燃料を供給する施設とのことだ。春原県では自動車を使う人間はいない。バイクに乗る人間はいるが、大体は徒歩だ。

 俺は倉庫の中に入り、石油タンクを運び出した。店の中に置いてあったマッチを使って、火を起こした。

 異形男は、ぐっすり休んでなおアスファルトへ血をしたたらせ、呼吸を続けている。

 もしこの状態から復活したら、さらなる異形に進化してしまうかもしれない。下手すると、一つの身体から二つの生命体が誕生するのに

 ガソリンをその上にぶちまけた。遺体は派手に燃上がった。まるで命そのものが輝いているかのようだった。

 異形男がこれで蘇ることもないだろう。

「一名死亡。残り十一名」

 ついにアナウンスが鳴響いた。さすがにずば抜けた再生能力といえど、塵になれば生き返ることはできん。

 俺はそれに一抹の虚しさを感じた。どんどん祭りが終わりに近づいていく。

 この祭りが終わって、俺が優勝したら、俺は一歩人間としてさらなる高みに至ることになる。

 そうなれば俺はあいつらの中でまた上に立つわけだ。そうして起きることは……。ああ、これは全世界を震え上がらせることなのだ。

 だが全ては結局さして意味があるわけではない。ただ、いつか来る死までの余興に過ぎない。そうやって生涯を送ることを非難する人間がいるならさせておけばいい。俺たちはもう、人間としての理を外れてしまったのだ。

 ふと、俺は物思いに耽ってしまった。

 それにしてはミラクル女も、爆弾男も、殺しに対して何かの意義を感じているような風だった。殺しに目的を見いだして生きている内に、精神がおかしくなるのは当然なことだろう。もっとも俺は素面しらふのつもりなのだ。殺しは殺しだ。それ以外の何物でもない!

 ……実際、これによって俺は相当孤立していた。みんな、人を殺すことに何かの価値を感じている。

 それを一番よく俺に知らしめているのが、あの――吉岡よしおか佐一さいちだ。

 俺とはだいぶ性格が違う。

 俺よりも陽気で、この世界の残酷な理を当然として受け入れている。



 ◇


 俺たちがこんなことをしているのも、全て、あのお方の計画だ。


「お前は外の世界が気にならないのか?」

 俺は殺しのこととは無関係に、問うた。

「外の世界だって? あいつらは殺しに慣れていないからな。戦ってもさして意味がないだろう」

 佐一の回答は別に珍しくもない。俺たちは友人どころか、家族や親戚すら殺す対象として普通に見なしているのだ。というより、戦って死ぬことを誇らしいとさえ。死への恐怖がないと言えば嘘になるが、それでも俺たちは殺される覚悟で戦場に向かうことを追い求める。

 こんな殺人鬼どもに囲まれれば、いやでもそんな価値観が身につくものだ。

「お前は殺し合うことを否定するのがあの御方を冒涜することにだと分からんのか?」

「そんなことは言ってないだろ。ただ俺はそれでいいとは必ずしも思っていないだけであって」

「だから甘いんだ、久治。トーナメントに勝残れないだろうが」

 春原県では死や殺しといった言葉が日常的に使われる。

 逆に外ではそうではないということだ。死は人間にとって一番根源的な事象なのに、それを言いふらすことが不謹慎らしい。不思議ではないか。

 思えば全く俺は県外に出たことがない。許されていない。

 春原県はごく狭いが、その中には都市もあれば田園もあり、少なくとも窮屈さを感じたことはない。戦闘訓練のための環境は充実している。

 春原県には数万人の住民がいるが、その内百人は毎年死ぬ。度重なるトーナメントを生延びても亡くなる人間は多い。

 何より、十歳の時に山の中に放り込まれ、猿や狐と闘いながら二週間生き抜くように命じられるのだ。俺はたまたま体が強かったから生延びれたが、他の人間は大体死んでしまった。

 そのためか基本的に老人の姿はほとんど見えない。俺みたいにならなかったほとんどの人間は県外に退避してしまたのもあるが。外の方では普通に百歳を越える人間が大勢いるというのだから驚きだ。俺なんぞ五十歳も生きたら十分だ。

 あのお方が何を最終的に目指しているかは知らないが、とにかく俺たちはその歯車として生きている。

 佐一はいつも(将来必ず殺し合う)仲間にこう語った。

「あのお方はいつも、殺すことを推奨している。殺すことが人類を進歩させてきたことはこれまでの歴史が証明している」

 それから決まって残念そうに、

「倫理だの道徳といったものに縛られてどれだけ人類の進歩が妨げられてきたか」

 佐一はただ陽気なだけではない、それ相応の学識や理知もある。その聡明さの向かう所は、いつも戦いと死とにある。

「俺たちはゲーム以外の殺しはしない。でもあいつらはゲーム以外でも殺すんだぞ、恐ろしいことだと思わないか?」

 トーナメントで死亡し、公園の柱に吊るされたプレイヤーの屍を指さしながら佐一が云う。すでに、骨と皮ばかり、それも物好きな烏についばまれていよいよ原型をとどめなくなっている。

「俺たち、ああはなりたくないよな」

 春原県では、人間は死ぬと葬式なんてものはあげない。あんな風に、自然にさらされ、動物の餌になるのを待つしかない。

 俺に取って何より忌まわしいのは、天寿を全うすること。むしろ誰かと闘って、負けて、盛大に殺されたいのだ。戦場こそが俺たちの墓場なのだから。どうせ敵同士として殺し合う日が来る。だから命を奪ってやる。それが友情というものだ。


 ◇


 急にたばこが吸いたくなってきた。俺の知る三川久治は、こんな感傷にふけるような男ではなかったはずだ。たばこでも吸って、この生の虚しさを忘れてしまいたい。

 俺はただの大河の一滴に過ぎない。この春原県の社会がトーナメントを通じて繁栄し、少しでも長生きさせる遊びに手を貸しているだけだ。全てはこの世界にさらなる死と破壊をもたらすために。


 猛火を背にして俺は立ち去った。

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