第五百九十五話 近衛騎士エルマと、ふたりの近習
私の名はエルマ。
第四王女殿下の護衛を陛下より直々に拝命した、魔術騎士である。
我が主君・シーラ殿下は聡明にして慈愛に満ちた御方であり、生まれもっての才と、母君たる王妃様から内外における『美』を継承された至高の存在であり、忠義を捧げ不惜身命を貫くに足る人物である。
王妃様やシーラ殿下の優しさは驚嘆に値するが、一方で『優しすぎる』という欠点も持つ。
嘗て私の上司であった人物は、こう云ったものだ。
「欠点と長所が同一である場合、なるべくならば、それを活かしてやれる道を考えるべきであろう。その欠点が愛おしいのであれば、我々臣下が泥をかぶり、嫌われ役を買って出ても、その美点を守ってやるべきだと私は思う」
私は、この言葉を気に入っている。
王妃様や殿下は、あのままで良い。
代わりに私が殿下に近づく不逞の輩を処断し、睨みを効かせれば良いのだから。
――その不審人物との出会いは、唐突に始まった。
それはまだシーラ殿下が本当に幼く、ちいさな時。
生まれながらにして才気煥発な殿下は、好奇心もまた、極めて旺盛であった。
「わぁっ、わぁ……っ! 外の世界とは、こんなにも賑やかなものなのですね……! 見て下さいエルマ、あちらに、ついたてがありますよ!? あの向こうにも、魔導試験を受けに来た方々がいらっしゃるのですよね……っ!?」
「近づくのは、おやめ下さい。あちらは平民たちの試験会場。どのような者がいるか、分かったものではありません」
殊更平民を見下すつもりは無いが、貧しい者に節度ある態度を求めるのも、また無謀なことではあるのだと思う。
総じて平民には、卑しい存在が多い。
これは教育が行き届いていないことと、金銭的な理由によるのだろう。
無論、例外的人物もいるのだろうが、基本的には警戒しておくに、しくはない。
けれども殿下は持ち前の好奇心により、『それ』と知り合ってしまった。
あの、奇妙な兄妹たちと。
――私はアレを、この世に現れた『異物』だと思っている。
マルヘリート様や宮廷魔術師フィロメナ様は、事もあろうにアレを味方に引き込もうとしているみたいだが、私は、アレは警戒すべき存在だと考えている。
殿下に近づけるべきではないと思っているのだ。
アルト・クレーンプットという少年は、あのピュグマリオンと同じく、得体の知れない不気味さがあった。
我が殿下のように『幼少にして聡明』なのではなく、『別の何かが子どもに化けている』ような違和感があった。
現在、あの白い子どもは見習いとして王城内を歩き回る立場となり、そしてアルト・クレーンプットは、よりにもよって殿下の御伽役へと抜擢されてしまった。
そして今日は、あの子どもが登城してくる日なのであった。
※※※
「エルマ様、おはようございます」
深々と腰を折るのは陛下の近習のひとり、伯爵家令嬢のマレインである。
殿下より少しだけ年上のこの少女を、私は気に入っている。
マレインは恭謙にして礼儀正しく、そして良き善性を備えていた。
幼いながら、信頼に値する人物だ。
「お、おはようございます、エルマ様……!」
少しだけ遅れて礼をしたのは、侯爵家令嬢のイザベラ。
彼女は近習の中では最年少である。
気が強く、気位の高い少女ではあるが、この子もまた、基本的には善良に位置する者であろう。
私は彼女の祖父であるベイレフェルト侯を知っているし、その娘でありイザベラの母であるアウフスタ婦人とも面識があるが、あの血筋からこの性格が生み出されるとは、正直思っていなかった。
或いは、後天的な理由でもあるのだろうか?
その価値観を良い方に導いた、師や友のような存在が。
マレインが私に問う。
「エルマ様、本日は殿下の御伽役が来訪されるのですよね?」
「……………………ええ、その通りです」
絞り出すようにして、私は答えた。
マレインの云う通り、今日はあの『異物』がやってくる日。
寸毫程も油断は出来ない。
「私たちは同席できない――いえ、しなくて良い……のですよね?」
そう云ったのは、イザベラ嬢。
近習というのは、将来の腹心候補でもある。
だから国によっては密談などの場にも側仕えを同席させ、早くから経験を積ませることもあるのだとか。
けれども、彼女たちにはそこまではさせないことになっている。
流石に幼すぎるし、何よりも近習やその『実家』が、シーラ殿下の味方でいるとは限らない。
残念ながら、この国の政治や勢力図は、複雑怪奇な伏魔殿となっているのだから。
私が頷くと、イザベラ嬢は残念そうな、拗ねたような顔をする。
(仕事の不満を顔に出すのは良くないことだけれど、まだ幼い子どもであることを考えれば、やむをえなくはあるか……)
それに殿下は、『何を云われても薄く笑っているだけの相手』よりも、きちんと喜怒哀楽を顔に出す人物のほうを好まれるだろうから。
可愛らしく口を尖らせる少女の横で、礼儀正しい近習は、ちいさく首を傾げた。
「それにしても、殿下の話し相手になられるのは、どのような方なのでしょう……?」
御伽役の正体は、基本的に伏せられている。
『誰が殿下に近づけるのか?』が広まってしまうと、不利益しか生じない。
基本的にはその存在も登城日も秘匿されてはいるが、この娘たちは、当日の勤務なので知らされている。
マレインは続ける。
「聡明な殿下のお相手が務まるんですもの。博識で話し上手な方なのでしょうね?」
「き、きっと年上の、頼りがいのある人に違いないわ! ……です」
妙に力の入ったするけれど、何か思い入れのある人物でもいるのだろうか?
廊下の窓から外を見れば、ちょうどそこにはフィロメナ様に連れられている『異物』の姿が。
この時、私はちょっとした失敗をした。
私があまりにもハッキリとそちらを向いたので、二名の近習も、何事かと視線を追いかけてしまったのだ。
同時に、ふたりの表情が変わる。
「わわ……っ! お見かけしたことのない子どもが歩いていますね? どちらも凄い美形さんですけど、ご兄妹でしょうか? それにしても、あの男の子のほう、どこかで見た憶えが……?」
「――え……っ!? な、何で、あいつが――」
どちらの反応も、少し妙な感じだった。
しかし私が注視すべきは、あの兄妹――その、兄のほうなのだ。
今もあの脳天気な妹と、互いにアメを食べさせ合ってニヤニヤと笑っているが、私はだまされない。あれは擬態だろう。
殿下の御為にも、警戒を怠るわけにはいかない。
(今日は私が絶えずアレの傍にいて、シーラ殿下に危険が及ばぬようにしなくては)
その為に、入り口まで出迎えに行ってやろう。
私はふたりの近習に振り返る。
「では、私は殿下のもとへ戻りますので、貴方たちもしっかりね?」
「え、はい……。ですが、あの子たちは……?」
「どうして、あいつがここに……?」
彼女たちの声を聞かないようにして、私は足早にその場を去った。
※※※
「あら? エルマ様、どうしてこちらに?」
扉の前で待ち構えていると、フィロメナ様が私を見て不思議そうに首を傾げた。
まあ、出迎えの予定はなかったのだから、これは当然かもしれないが。
彼女はしっかりとアルト・クレーンプットの手を握り、締まりのない顔をしていた。
王国きっての才媛ではあっても、この趣味はいかがなものかと思う。
『異物』の子どもはフィロメナ様から逃れようとして失敗し、手をつながれたままで私に頭を下げた。
何というか、こんな一礼ひとつ取ってみても微塵も子どもらしくなく、そこがまた警戒感をかき立てる。
一方、その妹のほう。
こちらは太平楽を地で行く存在なようで、特に警戒は必要ないだろう。
私に向かって、笑顔で手を振っている。
「お久しぶりです! ふぃーです! にーたが好きです!」
一応、私のことを憶えていたらしい。
会釈をするとこちらへ近づいてきて、口の開いた袋を差し向けてきた。
「これ、アメ! アメ甘い! ふぃー、甘いの好き! どうぞ!」
「え、ええ……。どうも……」
思わず、受け取ってしまった。
こうも邪気のない笑顔を向けられると、どうにもペースを乱されてしまう。
子ども故の大らかさのせいだろうか?
或いはこの子は、ひょっとしたらとんでもない大物なのかもしれない。
「それ、美味しい! 食べてみて?」
「…………」
本当は、今食べるつもりはなかったのだが。
圧に屈し、私はアメ玉を口に放り込む。
「ふへへ……。美味し?」
「え、ええ、まあ……」
「ふへ~……っ。良かったの!」
銀色の髪をした幼女はお日様のように笑って、それから兄のもとへと駆けて行き、勢いよく抱きついた。
「にーた、にーた!」
ひそひそ話をしているつもりなのだろうが、声が元気良すぎて丸聞こえだった。
「あっち、人が隠れてる! ふぃー、わかる! ふぃーも、かくれんぼしたい!」
それは、廊下の曲がり角に潜んでいる二名の近習のことだろう。
あのふたり、こちらが気になったようで、私の後を付けてきたのだ。
(それにしても、この距離で気付くとは……。この子、カンが良いのだろうか? それとも、たまたま目に入っただけなのか……)
私ならば振り返らずとも気配で分かるが、この子がそんな修行を積んでいるはずもない。
ならば、矢張り偶然の類だろう。
私の視線を感じた銀髪の少女は、アメの袋を大事そうに抱きかかえた。
「みゅみゅ……っ! アメ玉、もっと欲しがってる!? でもこれ以上わけると、ふぃーが甘いの食べられない……! にーた、ふぃー、どうしたら良い!?」
オロオロとしながら兄にしがみつく少女に、私は毒気を抜かれてしまった。




