表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殺意のバタフライ・エフェクト  作者: 知恵利一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/19

【第二部】第八章 リセットは砕けたポケベルから

ここまで『殺意のバタフライ・エフェクト』を読んでくださり、本当にありがとうございます。

何度も何度も繰り返してきたタイムリープ。

誰かを救えば、別の誰かが傷つく。

正しい未来を選んだつもりでも、世界は必ず別の形で歪みを返してくる。

そんな終わりの見えなかった因果の連鎖も、いよいよ核心へと辿り着きます。

神川と熊谷を止めれば、本当にすべては終わるのか。

そして、これまで散りばめられてきたポケベル、ぬいぐるみ、数字のメッセージには、どんな意味があったのか。

今回は、その答えに大きく踏み込む回です。

最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。

屋上の重い鉄扉を開けるのは、これで一体何回目だろうか。

繰り返される時間の跳躍。だが、精神的にも肉体的にも、僕はすでに限界を迎えていた。

タイムリープによって時間は巻き戻っても、魂に刻まれた疲労と傷は、何一つリセットされずに引き継がれるらしい。重い鉛を飲まされたような体が、自由を奪っていく。

「井下、まずは神川を自由にしてはいけない。奴を無力化して、縛り上げるぞ」

「――了解だ!」

井下は手頃なロープを見つけると、夜の闇へと姿を消した。

僕はあえて無防備に姿を晒し、貯水タンクが迷路のように入り組む屋上へと足を踏み入れる。

「――神川先生! いるんだろ! 姿を見せて話し合おう!」

「話し合う? 今更何をとち狂った発言をするんだ武沢。やはりお前は落ちこぼれのクズだな。現状の置かれている立場がまったく分かっていない」

暗闇から姿を現した神川は、こちらの策を何ひとつ察していない様子で、余裕の笑みを浮かべていた。

その隙を、井下が見逃すはずもない。背後から影のように忍び寄り、神川の頸椎を締め上げるように羽交い締めにした。

「ぐっ……!? 貴様ら……!」

倒れ込んだ神川の手足を、僕らは速やかにロープで縛り上げる。念のため、口元にもガムテープを強く貼り付けた。

この用意周到な制圧劇に、神川は怨嗟の眼差しで僕らを睨みつけることしかできない。

残るは――熊谷!

数分後、扉を蹴り開けて現れたそいつを、僕と井下は待ち伏せ、容赦なく取り押さえた。地面に突っ伏させ、その背中に膝を叩きつける。

「て、てめぇら……! タイムリープしてやがったのか! でなきゃこんな一方的な真似ができるわけが……!」

「正解だ熊谷! お前と神川先生が手を組んでいたことには、最初こそ驚かされたがね」

直下に突きつけられた冷たい現実に対し、熊谷の瞳に剥き出しの狂気が宿る。

「一つだけ聞かせろ。お前と神川先生は、一体どういう繋がりなんだ? 一見すると何の関係もないように見えたが……」

僕の問いに、地べたを舐める熊谷はしばし沈黙したあと、吐き捨てるように言った。

「……別に言ってもいいさ。俺とそいつは、叔父と甥の関係だ」

「――!?」

僕と井下は絶句した。

熊谷の実父が自殺したあと、彼を引き取った『裕福な親族』――それが、神川の家系だったのだ。あの豪邸も、その血縁の資産。

そして、神川の娘は、熊谷にとって『義理の従妹』にあたる。

脳内で、バラバラだったピースが一気に噛み合っていく。

僕が過去改変によって死なせてしまった神川の娘。彼女は、熊谷にとっても家族だったのだ。家族を奪われた痛みを共有する二人が、僕を復讐の標的にするのは動機として十分すぎる。

熊谷が時折見せた僕への協力的な態度は、すべて自分を捜査から外すためのブラフ。完璧な復讐を遂行するための罠だったのだ!

だが――だからといって、松木や遠藤にした道徳なき蹂躙が許されるはずもない!

被害者の人生を破滅させておきながら何ひとつ痛痒を感じない、根っからの鬼畜。それがこいつらの本性だ!

「武沢――こいつら、どうする?」

井下が拳を握りしめ、殺気を押し殺した声で尋ねる。

「警察に突き出す。裁くのは法だ。僕たちじゃない」

僕は携帯電話を取り出し、通報した。

やがて、夜の街に赤色灯の光とサイレンが群がり、パトカーが数台階下に集まってくる。

拳銃を所持していた熊谷は銃刀法違反、神川もメスを所持していた現行犯だ。松木や遠藤の被害届が出れば当分の間、シャバの空気を吸うことはできないだろう。

これで、一連の悪夢は収束した。

明日からはまた、ごく普通の、どこにでもある高校生活に戻る。

――そう、僕は信じて疑わなかったのだ。



それから数日が過ぎた、ある日の放課後。


「お前はまだ、すべての謎を解き明かしていない」


駅の構内。下校中の生徒たちで賑わう人波の中で、突然そう声をかけられた。

声の主は、黒いフードを目深に被った人物だ。

街の喧騒から逃れるように、フードの男は僕を駅の裏手にある薄暗い路地へと誘導する。

怪しいとは思いながらも、不思議と殺意や悪意が感じられない。それどころか、どこか強烈な『既視感』に背中を押され、僕は素直にその男の後を追った。

「……こんな人気のない場所まで引っ張って、僕に何の用だ? それに、すべてを解き明かしていないって、どういう意味だよ」

僕の視線は、フードの下から覗く男の口元に向けられる。

「……ふふっ、種明かしをしてあげよう。お前はタイムリープした時、過去の自分の身体に『未来の魂』が入る現象について、疑問を持ったことはないのか?」

「……何が言いたい!?」

「同じ時代に、同じ人間の魂はふたつ共存できない。未来から新しい魂がやってくると、その時代に元々あった『過去の魂』は、押し出されるように弾き飛ばされるんだよ」

男の言葉に、背筋が凍りつくような寒気が走る。

「弾き飛ばされた過去のお前の魂は、どこへ行ったと思う? ……それはな、お前が肌身離さず持っていた、あの『ポケベル』だ。ポケベルこそがお前の魂の依代(器)だったのだよ。そして、遠藤はそのポケベルに残されたお前の魂の叫びを、彼女自身の感性で数字の暗号として解読し、メッセージとして変換していたに過ぎない。だからこそ、あの数字は彼女にしか解けなかった」

言葉が出なかった。

ポケベルに刻まれていた《061102710(やり直せ)》という不気味なメッセージ。あれは……過去に置き去りにされた『僕自身の魂』が、未来から来た僕に向けて発していた悲痛な警告だったのだ!

「そして松木もそうだ。過去へ跳んだ際、弾き出された彼女の元の魂は、彼女が一番愛着していた『ぬいぐるみ』に宿った。だからこそあのぬいぐるみは、自分が殺される運命を回避しようと、必死にメッセージを残そうとしていたのだよ」

「……っ! だが、あのロッカーにあった鍵も、ポケベルの存在も、未来の熊谷が差し入れた『聖書』の中に仕込まれていた! 一体誰がそんなことを……! 熊谷に指示を出した黒幕は誰なんだ!?」

「ふふふ……さあ、誰かな? もう薄々、気づいているのではないかい?」

男の手が、目深に被っていたフードへと伸びる。ゆっくりと捲り上げられたその顔を見た瞬間、僕は息をすることすら忘れた。

目元に刻まれた深い皺。白髪の混じった髪。

だが、それは間違いなく――毎日鏡の中で見ている『僕自身』の顔だった。

「お……お前は……僕なのか……!?」

「驚くのも無理はない。私は、お前がホームレスとして惨めに死んでいった愚かな世界線とは違う。あらゆる分岐の選択肢を誤らず、完璧な正解へと導いた――完成された存在としてのお前だ」

「成功者の……僕……ということか」

「今の私は科学者だ。誰もが望む究極のガジェット……タイムリープ・システムを完成させた男だよ。さあ、理解できただろう? お前たちをこの掌の上で躍らせていた『観測者』の正体が!」

老いた自分――科学者武沢は、嘲笑を浮かべながら上着の内ポケットから『それ』を取り出した。

金属の冷たい光沢を放つ、もう一台のポケベル。彼がこの時代へと跳んでくるために使い、そして未来へ帰るための「帰還用ガジェット」だ。

「さあ、過去の私。惨めな私よ。従うんだ。お前が諦めた完璧な未来を、私が構築してやる」

科学者武沢は、自画自賛するように両手を広げた。

だが――僕の胸の中に湧き上がったのは、感動でも感服でもなかった。猛烈な「怒り」と「拒絶」だった。

「断る」

「……何?」

「何度も経験してきてわかった! 過去をやり直すことは……他人の人生を奪うことにもなるんだ! 自分のために誰かを犠牲にし、過去を改変して得られる成功なんて……そんなものは人道に反している!!」

「ハッ、バカめ! 負け犬の倫理観か! 私はこのガジェットで、いつだって未来へ戻れるし、いつでもやり直せるのだぞ! お前のような落ちこぼれとは違う!」

「いいや――お前はもう、どこへも戻れない。戻させないっ!」

「な……なに……!?」

次の瞬間――僕は残された全神経を腕に集中させ、前傾姿勢で踏み込んだ。

隙を突かれた科学者武沢の目が見開かれる。僕は彼の右手から、あの帰還用ポケベルを力任せに奪い取った!

「なっ……何をする! 返せ!!」

「二度と……やり直させない!!」

僕はそのポケベルを、駅裏の冷たいアスファルトへ叩きつけた!

さらにブーツの踵で、粉々に砕け散るまで何度も、何度も踏みつけた!

バチバチッ! という電子音と火花が散り、ガジェットはただの歪な金属片へと成り果てた。

「あ……あああ……! 私の……私の帰還装置が……! バカな、何ということを……! これでは私は、未来へ帰れないではないか!!」

科学者武沢が悲鳴を上げ、膝から崩れ落ちる。

だが――本当の恐怖は、ここからだった。

突如、周囲の空気が重く澱み始めた。

科学者武沢の輪郭が、まるでノイズの走るホログラムのようにチラつき始める。

「な……なんだ……!? 体が……光が……!?」

僕は砕けたポケベルを踏みつけたまま、冷ややかに老いた自分を見下ろした。

「お前は科学者を名乗りながら……この世界の『絶対のルール』を忘れていたようだな」

「ルール……だと……!?」

「ひとつの時代に、同じ人間の魂はふたつまでしか共存できない。ひとつは僕の身体にある未来からきた魂。もうひとつは、あのポケベルの中に弾き飛ばさせてしまった僕の過去の魂……。だがお前は、三体目の武沢として、肉体ごとこの時代へ干渉してしまった」

科学者武沢の顔から、一瞬で血の気が引いていく。

「まさか……世界の修正力(バグの消去)が……!?」

「そうだ。未来へ帰る術を失い、この過去に囚われたお前は……この世界にとって『存在してはならない三体目の異物』として認識されてしまったんだ。過去の改変を繰り返したお前は、今度こそ世界そのものに消去されるんだよ!」

「嘘だ……! 嘘だ嘘だ嘘だ! 私は成功者だ! 私は完璧な未来を創り上げたのだぞ! こんな……こんなバカな過去の自分に……消されるはずが――!!」

科学者武沢の金切り声が、夜の路地に響き渡る。

だが、世界の因果システムは容赦なかった。

彼の肉体は足元から粒子のように崩壊を始め、強烈なホワイトアウトの光の中へと飲み込まれていく。

「貴様ぁぁぁぁぁぁッ――!!」

絶叫を残し、科学者武沢は魂ごと、この世界から完全に消滅した。

あとに残されたのは、夜の静寂と、砕け散ったポケベルの破片だけだった。

「……終わったんだね」

物陰から、足音が近づいてくる。

振り返ると、そこには井下と遠藤が立っていた。二人はすべてを目撃していたのだ。

「ああ……。僕のタイムリープ能力も、あのガジェットも……全部消えた」

ポケットの中を探る。

僕の持っていたポケベルの画面からは、あの《061102710》の数字が綺麗に消え去り、二度と動かないただの電子機器へと戻っていた。

「もう……やり直せないんだな」

井下が、どこか晴れやかな顔で呟く。

「うん。誰かを救えば、別の誰かが不幸になる……そんな歪んだ因果の連鎖も、これで終わりだ。これからは……どんなに辛いことがあっても、やり直しなんて効かない『一回きりの現実』を生きていくしかない」

遠藤が僕の隣に並び、そっと夜空を見上げた。

「……それでいいのよ。完璧な未来なんていらない。あたしたちは、傷つきながらも……今を生きているんだから」

東の空から、ゆっくりと朝焼けの光が差し込んできた。

平成が刻まれてからまだ数年。その街並みが、温かい茜色に染まっていく。

過去は変えられない。変えちゃいけない。失ったものも、背負った罪も、消えることはない。

けれど僕たちには――二度とやり直せないからこそ愛おしい、泥臭く眩しい「未来」が、目の前に広がっていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

今回、ついにタイムリープの裏側にいた「観測者」の正体が明らかになりました。

それは、まったくの第三者ではなく――別世界線で成功者となった、もう一人の武沢。

ホームレスにまで落ちぶれた自分。

過去を何度もやり直してきた自分。

そして、すべての選択を正解へ導いたと信じる科学者の自分。

同じ人間でありながら、選んだ道によってここまで違う存在になってしまった二人を、最後に対峙させてみました。

そして武沢が選んだのは、「完璧な未来」ではなく、「もう二度とやり直せない未来」です。

どれだけ後悔しても、失敗しても、過去へ戻って帳消しにはできない。

だからこそ、今の選択には意味があり、これからやってくる未来にも価値がある。

『殺意のバタフライ・エフェクト』という物語で描きたかったテーマの一つが、ようやくここまで辿り着きました。

ただ――本当に、これですべてが終わったのでしょうか。

武沢、遠藤、井下。

三人がこれから歩いていく「一回きりの未来」を、最後まで見届けていただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ