2話「新しい日常」
海で、
山で、
森で。
そして、砂漠で。
あらゆる場所で、和澄は目を覚ました。
――「一つ目・戦術機巧体」
“WSM-503”として。
(あぁ……また最初からかよ……)
敵は手強い。
ほとんどの場合、すぐに撃破された。
(あー、もう! だから、なんなんだよこれ!)
カカシは、戦争の駒だった。
あるいは、“駒が持つ武器”にすぎなかったのかもしれない。
だが、そこに現実味はない。
戦争も、
武器も、
生死すらも。
軽い。
まるで競技をしているような感覚。
(てか……ゲームってなんだよ。“前の俺”って、どういう世界にいたんだ……)
相変わらず、思い出せることは何もない。
幸いにも彼は今、必要な知識のすべてを統計的集合知識網として持っていた。
銃の扱い、
状況把握、
行動判断。
柔軟性、
正当性、
忠誠心。
さらに、生命倫理からの解放。
“壊れる”ための存在。
あるいは、道端の石ころ。
(つまり……使い捨ての“モノ”扱いってことだろ?)
暗闇でログを見つめるたび、身体が破壊されるたび、引き金を引くたび、少しずつ和澄は実践していった。
というより――
(他にやれることがないんだよ……)
今日もまた、21.5インチの視界が広がる。
古き人の放つ矢は、厄介で危険だ。
直撃すれば、それで終わる。
知恵人と洞窟族の使う銃も油断できない。
一発当たれば、それで終わる。
歩く樹木と半身半獣の人が障壁魔法を展開している間は手を出すな。
弾切れになれば、それで終わる。
陸生巨竜には分隊で対処せよ。
運が良ければ倒せる。
ただし、飛竜に遭遇した場合――
諦めろ。
もう終わっている。
(さ。次いこ、次……)
和澄は照準を合わせ、トリガーを引く。
弾は当たらない。
照準補正が効いているにも関わらず。
それでも、ごくまれに敵を仕留めることがあった。
(え!? もしかして当たった!? うわぁ……なんかゴメン……)
横たわる死体は、任務評価を上げるオブジェクトにすぎない。
和澄は競技のルールに従い、来る日も来る日も戦場を駆け回った。
壊れるために。
◇◆◇◆◇◆◇
1,000回目の目覚め――
今日もまた、21.5インチの視界が広がる。
白くぼやけた、幻想的な風景。
(……汚れ? センサーエラーか?)
白いもや。
朝霧が林の中を漂い、木々の輪郭をぼやかしている。空気は湿っていて冷たく、風に揺れる枝葉の音が、不自然なほど騒々しかった。
まるで、林全体が“誰か”を守っているようだ。
(まさか……これも“魔法”とか言わないよな……)
この世界にある「魔法」は、まさに魔法のような技術だ。たとえば“この霧”すらも、大規模魔法によるものかもしれない。
それでも、和澄がすべきことは変わらない。
今日も彼は、戦う。
(作戦データでも見とくかな……)
装備や地形を見直そうとした、その瞬間――
視界に異物が映り込んだ。
(え)
人間だ。
(え!?)
「人間」が立っていた。
すぐそこに。
この世界ではじめて遭遇する人間。
(え、まってまって!? に、人間!? えっ、まじで!? うわーっ、まじか!?)
もう一度、HUDを確認する。
味方識別。
つまり――味方。
(しかも、二人!?)
一人は、短く刈り込まれた金髪に、明るい空色の瞳。グレーのスーツを着た、恰幅のよい人間。
名称――「ロバート・H・ドノヴァン」
階級――「不明」
役職――「国防副長官」
もう一人は、黒紫色の長い髪をなびかせ、白衣をまとった、細身の人間。
名称――「エヴリン・K・イノウエ」
階級――「不明」
役職――「上級研究員」
(おおおお! 人間! 人間だー!)
和澄はまず、二人の“仕様"が異なることに気付いた。
輪郭、骨格、体表の凹凸、重心位置。
肩幅と骨盤幅の比率。
代謝や柔軟性。
設計思想の違い。
(たしか……人間にも、型式とか分類みたいなのが……)
そう、人間には“種類”がある。
そこまでは思い出せる。
だが――その名称が出てこない。
統計的集合知識網を参照してみるが、それに関するデータはない。
(ええと……なんだっけ?)
カカシにとって、人間は“人間”でしかない。
(ちん……? いや、まん……? なんかそんな感じだった気が――)
そのとき、集音マイクがドノヴァンの声を拾った。
「状況は?」
低い基本周波数、落ち着いた共鳴、振動数の少ない音。
イノウエがうなずく。
「はい、副長官。ここから約2キロ先に古き人と半身半獣の人の混成部隊が潜伏しています」
「林で2キロ先か……遠いな」
ドノヴァンが眉を上げた。
「たしかに遠い――しかし、“彼ら”にとっては、すでに射程圏内です。なにせここは――」
「異世界だからな」
「はい」
「私が特殊部隊で積んだ経験――いや、“人間の常識そのもの”が通用しない」
イノウエは無言でうなずき、淡々と説明を続ける。
「司令部によると、この地域に潜む敵は補給路を絶たれ、物資不足に陥っているようです。日に日に抵抗が消極的になっており、先日は別の小隊が陸生巨竜を三体撃破し、前線を200メートル以上押し戻しました。当該巨竜はシパクトリが一体、ココドリオが二体。死骸は“素材”として活用するため、その場で解体されました。その際、シパクトリから取り出された魔石は、なんと直径30センチ以上もあり――」
「簡潔に」
二人のやり取りは、決して効率的ではなかった。
非合理的な音声コミュニケーション。
(いいなぁ……俺も、あんなつまんない、どうでもいい雑談してぇ……)
カカシに、口はない。
――だが、“声”はある。
戦術AIは、戦術宣言束により意思疎通を行う。
高効率、
低遅延、
冗長性なし。
変調魔導符丁による、短距離通信。
それは、とても効率的で洗練されていたが。
……
[14:32:12.001] TX CMD=MOVE UID=KIK-660 POS=REL(+6.2,+0.8) DIR=018 SPD=1.4 POST=CROUCH COND=ON_ACK(COVER) TTL=2500 PRI=6 ACK=1 STAT=READY
[14:32:12.009] RX ACK UID=WSN-503 REF=MOVE(KIK-6603) STAT=READY
[14:32:12.018] TX STATE UID=KIK-660 STAT=EXEC
[14:32:15.350] TX CMD=ENGAGE UID=TEM-267 THR=ENEMY-07 MODE=SUPPRESS COND=ROE_OK & LINE_CLEAR TTL=1500 PRI=9 ACK=1 STAT=READY
……
はたして――
これは「会話」と呼べるのか。
少なくとも、和澄が想像する「会話」とは違う。
(もっとこう……無駄とか余韻があるというか……)
それでも、彼はパケットを送り続けた。
それは――
司令部への、
戦略システムへの、
ささやかな抵抗だった。
(意味があるとは思ってないけどな……)
言葉遊びを自慢するかのように、ドノヴァンが口を開く。
「ところで……エヴァ――」
わずかに言い淀み、すぐに言い直す。
「“ヒストラ”の様子はどうだ?」
イノウエは表情を変えずに答えた。
「依然として外部刺激への反応はありません。三ヶ月間ずっと、研究室で眠ったままです」
「……身体のほうは?」
「変化ありません。形状も、質量も、一定のままです」
「……形状に、質量か」
「あ、いえ……生物学的には“健康”というか……よく眠っているというか……」
「ふん」
その人物が何者なのか、分からない。
しかし――
カカシと同様、人間も“休眠状態する”という事実を知り、和澄はわずかに安堵した。
ドノヴァンがこめかみをトントンと叩く。
「……頭はどうだ?」
「それは……」
イノウエは一瞬だけ息を整えた。
「脳波や誘発電位の検査では……極めて“似た”パターンが出ています。PETやSPECTなどの検査機器があれば、より詳細な評価が可能ですが――数値上は『模倣』が成功している可能性があります」
「ほう」
「ただし――覚醒するまでは確定できない……ということです」
「ふん」
ドノヴァンはイノウエから視線を外し、短く言い捨てた。
「この件について、大統領が報告を求めてきた。カカシの進捗とは別件だ。まとめておけ」
「は、はい……」
二人はカカシの前を行ったり来たりしながら、途切れ途切れに雑談を続ける。
(はー……長ぇ……)
四半刻。
ようやくドノヴァンが壇上に立ち、わざとらしく腕を振り上げた。
「では、諸君――日頃の成果を見せてもらおう。作戦開始だ」
ドノヴァンに階級はない。
さらに、指揮系統にも記載がない。
それでも彼の言葉は、即座に“命令”として受理された。
(さ、行くか……)
作戦開始。
身体の中心に、“何か”が流し込まれるような感覚。
脊柱拘束基幹、出力上昇。魔導演算基盤の稼働率が一気に跳ね上がった。
感覚が研ぎ澄まされる。
疎開散開、
交互前進、
散兵線形成。
個ではなく、群。
部隊全体が一つの意思を持つかのように、カカシたちは前進する。
――ふと、疑問が浮かんだ。
今ここに、自分の「意思」は存在しているのか。
なぜ、何度破壊されても目覚めるのか、
そもそも、自分は生きているのか、
自分は本当に「和澄」なのか。
もしかして――
召喚されたのではなく、ただ、そう思い込んでいるだけなのでは。
(いやいや! それ考えるな……とりあえず今は、目の前のことに集中っ!)
バケツ頭を軽く横に振る。
(ん?)
その瞬間、視界の端に違和感が走った。
(うおっ!)
ずっと後方にいたはずの人間が、すぐそこまで来ている。
(ななな、なんでいんの!?)
まるでピクニックに来たかのような足取り。
まるで無敵の人だと言わんばかりの様子で、二人はさらに前進してくる。
(おいおい正気か!? 人間アホなの!? あれじゃ狙い撃ちどころか、ただの的だぞ!?)
ふいに――
風が止んだ。
森の音が消える。
(あ、これ……やばい?)
「行き止まり」の気配。
ドノヴァンとイノウエが“今日死ぬ”と直感する。
考えるより先に、身体は反応していた。
(やばっ! あいつら死ぬぞ!?)
バケツ頭と下半身が180度反転。
二人へ向かって駆け出す。
(く……)
世界が、遅い。
すべてが引き伸ばされる。
視界の端が黒く染まり、解像度が急激に落ちていく。
二人は鳥でも見ているのか、空に浮かぶ浮遊鱗片を指さしながら、のんびり口を開けている。
和澄は腕を横に伸ばし、地面を蹴った。
瞬間負荷率――1,000%。
駆動部――焼損開始。
(届……け……)
ようやく視界の端に現れた、“一本の線”。
林のずっと奥――
目視範囲外の先から放たれた「矢」
それは和澄をゆっくりと追い越し、一直線にドノヴァンへ向かっていった。
(ああ……ダメか……)
矢が二人に届こうとした――その瞬間。
目の前で、矢が止まった。
(え)
空中で。
(まじ?)
力を失ったように、矢が落ちる。
ぽとり、と。
(え……どゆこと……)
和澄はそのまま地面に突っ込んだ。
ズザザッ!――
湿った土と枯れ草がレンズに張りつき、視界を茶色に染める。
頭の後ろから、ドノヴァンの叫び声が聞こえた。
「な、なんだ今のは!? こいつ、飛びかかってきたぞ!? どうなっている!?」
イノウエがわずかに間を置いて答える。
「攻撃を、受けたようです」
「……なに?」
「攻撃です」
「……説明しろ」
「最低でも約1,800メートル先。遠射魔法が付与された“矢”によるものです。誘導術式も重ねられていました」
二人の声は妙に落ち着いていた。
命の危機にさらされたとは思えないほどに。
イノウエは矢を拾い上げて、森の奥を見た。
「副長官と私の持つ『力』により、あらゆる攻撃や魔法は完全に無効化されます。とはいえ――実際に自分で経験すると驚きますね……」
「ふん。制御すらできん“力”に、大した価値などない……」
技能、
加護、
権能。
呼び名は、なんでもいい。
異世界を訪れた人間に与えられる特殊能力。
それが発動したのだ。
(なんだそりゃ……)
仕組みは不明。
だが――結果だけは理解できる。
それが、彼らの仕様なのだ。
(てかあのさぁ! 人間なにそれ!? そんなことできんの!? 先に言っといてくんねーかな!? 作戦データに載せとけ!?)
安心したのか、ドノヴァンが和澄の体を足でつつく。
「――で。こいつは、なぜこうなっている?」
(ちょ、やめ――すぐ起きるから!)
イノウエは答える。
「ログによると『WSM-503』は我々の“盾”になろうと行動し……失敗したようです」
「“自己犠牲”か」
「いえ……むしろ問題が……」
「なんだ?」
「戦術AIのバージョンによって、交戦中そのような行動を取る可能性はあります。ですが、交戦判定前にこのような行動を取るのは異常です。それに……実戦検証機である一つ目には高精度レーダーが未搭載のため、目視圏外からの攻撃に反応するはずもなく――」
「もういい」
(よくねーよ! てか自己犠牲とかじゃねーし! つい勝手に動いちゃったんだっつーの! お前らが意味分かんねー“力”持ってんなら、最初からなんもしねーわ!)
背後から銃声が周囲から聞こえる。
すでに交戦が始まっているようだ。
和澄は自分の状態を確認する。
……
―― 致命的損傷|CRITICAL ERROR
腰部主駆動部=NO SIGNAL
大腿部リンク機構=NO SIGNAL
膝関節駆動部=NO SIGNAL
足部姿勢制御=FAILED
―― 移動能力評価|MOBILITY CHECK
自立=UNAVAILABLE
歩行=UNAVAILABLE
匍匐=AVAILABLE
……
(腰から下は完全アウト……)
だが、まだ戦える
彼は上半身だけで体を起こし、無理やり向きを変えると、視界を遮る倒木に向かって匍匐する。
(援護射撃くらいはできるだろ……)
ドノヴァンがつぶやいた。
「根性はいいな」
(そりゃどーも)
「はい。カカシは、止まるまでは戦い続けます」
(そりゃそうだろ)
「どの程度で止まる?」
「脊柱拘束基幹、または魔導演算基盤に致命的な損傷がない限り、戦闘を継続します。行動不能時には自壊コマンドが作動し『覚え石』製部品は完全に初期化され、“ただの石”へと戻ります」
ひと呼吸あって、ドノヴァンが言った。
「見せてくれ」
(ん? んんん?)
「はい、副長官」
(まってまって? 今なんて?)
草を踏む足音が近づいてくる。
肩にかかっていた標準突撃銃が、あっさりと引き抜かれた。
(は? ちょ待っ――)
イノウエが淡々と言い放つ。
「構造上の弱点は、脇腹から腰部にかけてです。したがって――このあたりを狙えば」
(は? ちょ、なに言っ――)
「タン、タン、タン」
乾いた発砲音が、近くで聞こえた。
◇◆◇◆◇◆◇
和澄は少しずつ異世界での生活に慣れてきた。
というより――
それ以外、他にやれることがなかったからだ。
(いやまじで……)
起動回数が2,000回を越えた頃――
いつものように目を覚ますと、見たこともない場所にいた。
(……どこだ、ここ……)
真っ白で、明るく、清潔な部屋。
いままで見たどの空間より“異世界”を感じる。
白衣姿の人間が数人、スーツ姿の人間が数人、全員が無言の立ちすくんでいる。
(人間にしちゃ無口なやつらだな……)
扉が開き、誰かが入ってくる。
「こちらです、大統領」
ドノヴァンの声。
彼の声は、いつもより丁寧に感じた。
すぐ目の前まで迫ってきた人間の上に、見たことのない役職が表示される。
名称――「ヴィクトリア・ヘイズ」
階級――「なし」
役職――「大統領」
ゆるくうねる白灰色の髪に、灰色の瞳。
身体にフィットするスカートスーツを着た、柔らかい印象の人間。
外見上の特徴はドノヴァンよりも古い。
だがその眼光は、その場にいる誰よりの鋭かった。
彼女は振り返ると、小さく手を叩いた。
「すばらしい出来だわ! これが何倍、何十倍もアップグレードされるなんて……想像するだけでゾクゾクしてくるわ」
ドノヴァンは穏やかな微笑みを返す。
「お褒めいただき光栄です、大統領。では引き続き――」
「もちろんよ! 次の議会で予算を増やしましょう」
「ありがとうございます」
「その前に……まずはすり合わせを行いたいわ。そう――」
ヘイズは唇を湿らせると、一行をぐるりと見回す。
そして、ドノヴァンに視線を定めた。
「ロバート、今夜の予定は?」
わずかな間。
「……承知しました」
(え……どういうこと? なにそのやり取り……)
そのとき和澄は、なんとなくドノヴァンを“赦す”気持ちになった。
人間が持つ不条理を見出したのだ。
(なんていうか……人間も人間で、大変なんだろうな。きっと……)
心境の変化が影響したのか、身体の動きも変わり始めた。
無意識に身体が反応するようになった。
開けた場所では、反射的に姿勢を低くする。
立ち止まらなくなった。
射線上に立たなくなった。
3,000回――
「音と気配」への感度が上がった。
足音、魔法の発動音、矢の風切り音等。
それらから距離と方向を推定できる。
「静か過ぎる場所」にも違和感を覚えるようになった。
戦場での有意性が認められ、身体が「二つ目」にアップグレードされた。
(視界が二倍!? めっちゃ見える!)
水平約100度、垂直約25度ほどの「視界」により、世界が大幅に“広がった”。
4,000回――
遮蔽を使い、「当たらない距離」で撃ち返す。
言語化できない「違和感」で足を止める。
「何もしない」という選択を取る。
「環境と同化する」動きを覚えた。
“戦い方”が、変わった。
作戦の質も変化してくる。
小隊規模での海岸上陸作戦。
空から繰り返し投下される日々。
その一方で、暗所・閉所で一週間以上潜む任務もあった。
4,500回――
詳細な作戦データを与えられるようになった。
同時に、「情報不足」にも慣れていく。
そして、再アップグレード。
身体は「四つ目」へ。
この頃には、中隊規模の作戦にほとんど参加しなくなっていた。
小規模掃討、敵拠点への直接打撃。
秘密潜入、破壊工作、夜間突入、建物制圧。
待ち伏せ、そして逆待ち伏せ。
任務は、より静かで、より不確実なものへと変わっていった。
5,000回――
「自分の死に番」が予測できるようになった。
要人警護、身柄護送。
捕虜奪還、あるいは抹消。
非戦闘員の救出。
高価値目標の捕獲、排除。
もはや、敵に破壊されて眠ることは、ほとんどない。
装甲輸送車の懸架アームが、いつもの寝床になった。




