20.まさしく、再利用キャンペーンです
森を出る準備は、思ったよりも早く進んだ。
理由は単純だーー。
持っていける物が、ほとんどなかったからである。
住み慣れた場所を離れるというのに、荷造りに時間がかからない。
それは便利というより、ひどく寂しいことなのだと思う。
俺なんかは、前世での思い出の品が何一つ持ってこれなかったのだから、それはそれは寂しい思いをしたものだ。
気がつけば順調に移動が始まり、リカルドを先頭に、隊列が組まれた。
一部の小鬼たちは、まだ警戒しているのだろう。
何度も騎士や魔法兵の方を見ては睨みつけている。
年老いた小鬼は、足を止めそうになるたび、若い小鬼に支えられて前へ進んでいた。
子どもたちは状況を完全には理解していないのだろう。
不安そうに親らしき小鬼にしがみついている。
人間側の騎士たちも、明らかに緊張していた。
ーー昨日まで敵だった魔物を護衛しているのだから、無理もない。
いや、護衛という言い方は違うか、まさに、監視しながら移動させている。
人間と小鬼。
そりゃ、まぁーー当然、空気は重い。
タロウは、小鬼たちを宥めるかのように、話しかけながら進んでいた。
人は……いや、魔物も、責任感を持つと急に顔が変わるようだ。
前世でもこんな顔つきの奴をたくさん見てきた。
新人だった部下が、小さな案件を任された途端に、妙に大人びた顔をすることがあった。
その顔を見るたびに、俺は思ったものだ。
ああ、また一人、こちら側に来てしまったな、と。
できれば、タロウにはそうなってほしくない。
だが、もう遅い気がするーーというか、タロウをこんなふうにしたのは俺だったな。
「……アルト様……申し訳ありません」
突然、タロウが申し訳なさそうに言う。
「何がだ?」
「私が仲間を助けて欲しいとお願いしたにも関わらずーー皆、このような態度なので……」
「なんだ、そんなことか。それでいいんだよ」
「……よろしいのですか?」
「いやいや、この反応が妥当だよ。それに、全員が同じ方向を向いている集団ほど危ないものはない。誤った選択をした時に止める奴がいないと困るしな」
タロウは、少し考え込んだ。
「……それは、人間の群れでも同じなのですか?」
「あぁ、同じだよ。人間は特にーー過ちばかり犯す愚かな生き物だからな。違う意見を持つ奴がいるってことは、結構大事なことなんだと思ってるよ、俺はね」
俺は「はぁ」と、小さく息を吐いた。
「まぁとにかくさ、誰か一人に頼りすぎると、そいつが倒れた時に全員が倒れちゃうだろ?つまり、信じることも同じでさ、誰か一人を信じすぎると信じる相手がいなくなった時に大変なことになってしまうんだ。だから、疑う奴も必要だし、別の意見を言う奴も必要ってことさ」
「アルト様は……私たちに、アルト様だけを信じ、頼り過ぎないように……とおっしゃりたいのですね」
(おお!タロウは察しがいい!)
「そう!まさに、その通り!」
俺は強く頷いた。
***
そうして俺たちは、かつて開拓村だった広大な土地に到着した。
「……おいおい。想像以上に、何もないな」
俺は思わず呟いた。
いや、正確には、何もないわけではない。
壊れたものなら、たくさんある。
風に倒れた柵。
雪と泥に半分埋もれた畑の跡。
屋根の抜けた納屋。
壁だけが残った家屋。
割れた窓枠。
人がいた痕跡だけが残り、人だけが消えている。
まさに、そんな土地だった。
「こちらの広大な土地一帯が、かつての開拓村です」
リカルドが言った。
俺は黒樹の森へ出発する前に、たまたま地図でこの土地を知り、なぜこんな広大な土地を長年放置しているのかーーと有効活用しようとしただけなのに、まさかここまで何もないとは思わなかった。
「十年ほど前までは、この一帯に開拓村があったのですが、冬の飢饉と魔物被害の多さから長らく放棄されてきたのです」
「……なるほど」
俺は、周囲をもう一度見回した。
もっとこの土地について調べておくんだった。
まぁしかし、状態はひどいものだが、黒樹の森の採石場よりはましだろう。
つまり、面倒ではあるが、それはきっと最初だけだ。
「アルト様」
タロウが俺の隣に立った。
後ろでは、小鬼ゴブリンたちが不安げに広大な土地を見つめている。
ーーまぁ、なんてったって、夢の新天地というよりは廃村再利用キャンペーンだからね。
「よーし、では、皆さん聞いてくださーい!僕はこの地を、新しい管理区にしたいと思います。これから、ここに入る皆さんには、僕の作る規則に従ってもらいまーす!従えない者は、出ていってもらって結構でーす。以上!」
俺は全員に聞こえるように声を張った。
久々に大きな声を出したせいか、立ちくらみがした。




