16.性別は事前に確認しましょう
「それからーー」
リカルドが言葉を濁す。
「まだ何か問題が?」
俺は内心ヒヤヒヤしながら問いかける。
「いえ、問題と言いますか……、タロウの見た目や話し方が、明らかに変化しているのです」
老魔法使いが、隣で重々しく頷いた。
「殿下、おそらく、低位小鬼が名を得たことで、名持ち小鬼、あるいは小鬼族の上位個体へ進化したものと思われます」
「それだけではありません」
リカルドが言いづらそうに、ほんのわずか視線を逸らした。
「実は、我々も誤認していたのですが……」
「何をです?」
「タロウは……雌でした」
「……」
部屋が、しん、と静まった。
俺はリカルドを見た。
リリアを見る。
老魔法使いを見る。
誰も冗談を言っている顔ではない。
「……メス?」
「はい」
「タロウが?」
「はい」
「タロウなのに?」
「はい」
二回言ってしまった。
俺はゆっくりと目を閉じた。
昨日の俺よーーなぜ、名前をつける前に性別を確認しなかった。
ーーいや、でも確か太郎は自分のことを、『オレ』と言っていたはず……。
なんだ?この世界では雌でも俺という一人称なのか?
「リリア」
「はい」
「俺の命名センスに問題があるみたいな空気になってないか?」
「なっています」
「少しは否定してくれ」
「事実ですので」
リカルドが咳払いをした。
「本人は、名前を変えるつもりはないようです」
「本人って」
「はい。タロウ自身が、“アルト様にもらった名だから、このままでいい”と」
俺は黙った。
「……リリア」
「はい」
「……名前、本当に変えなくていいと思う?」
「本人が気にしていなければ、今さら変えない方がよろしいかと」
その時、廊下の向こうから、小さな足音が聞こえてきた。
扉の外で兵士の声がする。
「待て、タロウ!殿下はまだお話中だ!」
「申し訳ありません。でも、アルト様にお伝えしなければならないことがあります!」
俺は思わずリカルドを見た。
「……今の、タロウ?」
「……はい」
スラスラ喋ってる。
昨日まで「オレ、はたらく!」と騒ぐだけだった小鬼が、急に礼儀正しい言葉を喋っている。
ーー進化、恐ろしい。
扉が開かれると、兵士に止められながら、一人の小さな少女のような魔物が姿を見せた。
背丈は人間の子どもほどだが、尖った耳と、わずかに覗く小さな牙、浅葱色を帯びた肌が、人間ではないと示している。
昨日の小鬼らしい歪みはかなり薄れ、顔立ちは幼くも整っていた。
大きな琥珀色の瞳が、まっすぐこちらを見ている。
「アルト様!」
タロウは、ぺこりと頭を下げた。
「昨日は、名前を授けていただき、ありがとうございました!」
俺は無言でリリアを見た。
リリアは無言で頷いた。
ーーこの少女は、本当にタロウらしい。
「……タロウ」
「はい」
「お前、ずいぶん喋れるようになったな」
「はい。頭の中の霧が晴れたようです。言葉も、昨日よりずっとわかります!」
ーーすごい。名付け、すごい。
「あと、リカルドから聞いたんだけど」
俺は慎重に言った。
「お前、女の子だったのか?」
タロウはきょとんとした顔をした。
「はい」
「……名前、タロウだけど」
「タロウは、アルト様がくださった名前です。大切です」
まっすぐ言われて、俺は何も言えなくなった。
「嫌じゃないのか?」
「嫌ではありません。名前があるだけで、嬉しいです」
「……そうか」
俺は小さく息を吐いた。
まあ、本人がいいならいい。
そういうことにしよう。
リリアが静かに言う。
「アルト様」
「何だ」
「よかったですね。命名問題は解決しました」
「解決したのか?これ……」
タロウは一歩前へ出た。
兵士が慌てて止めようとするが、リカルドが手で制する。
「アルト様。お願いがあります」
嫌な予感、再び。
「黒樹の森の採石場跡に、わたしの集落があります。アルト様に、仲間を救っていただきたいのです!」
俺は額を押さえた。
「……リカルドさん」
「はい、殿下」
「街の防衛に、余裕はありますか?」
「昨日の戦闘で、皆、消耗しています。大人数を動かせば門の守りが薄くなります」
「ですよね」
うんーー聞かなきゃよかった。




