1.死ぬまで働いてはいけません
人は、死ぬまで働いてはいけない。
いや、正確にはーー死ぬほど働いてはいけない。
そんな当たり前のことを、俺が理解したのは、死の直前だった。
深夜二時。
いや、もう朝と言ったほうが近かったかもしれない。
パソコンの画面には未送信のメールが二〇件。
机の端には、冷めきった栄養ドリンク。
スマホには上司からの通知が三十七件。
『明日の朝イチで修正お願いね』
『もちろん、間に合うよね?』
『期待してるからな』
『先方資料、まだ?』
『昼までに修正して』
『悪いけど今日中に頼む』
期待、という言葉は便利だ。
人を雑に使い潰す免罪符になるのだから。
俺はキーボードの上に手を置いたまま、しばらく動けなかった。
指先の感覚が薄い。頭が熱いのに、身体は妙に寒い。
心臓の音だけがやけにうるさくて、耳の奥でどくどく鳴っている。
ーー帰りたい、と思った。
家にではなく、もっと遠い場所へ。
メールも電話も会議も締切も、なにもないところへ行きたいーー。
「……働きたくねえ……」
かすれた声で、たしかにそう言ったのを覚えている。
その次の瞬間、視界が傾いた。
床が近づいてくる。
いや、俺が落ちたのか?
俺このまま死ぬのかもーー。
あー。こんなことなら、社内メールで上司の不倫を目撃したことでもばら撒けばよかった。
それか、大事な会議をぶち壊した後に、辞表を叩きつければよかったな。
最後に思ったのは一つだけだ。
(もし、来世があるのなら、俺は絶対に働かない)




