2話・未知の世界と… (大介視点)
柔らかさと、少しの湿り気のある植物の茎と葉の感触。
澄んだ中に若干の草木の青臭さを感じる。
『ふぅ。紗友里殿。大介殿。お怪我はございませんか?』
「あぁ。怪我はねぇけど少々疲れた。紗友里、怪我はないか?」
「へ?あ、うーんと……だいじょうぶです!」
転送…転移は荒々しかったが、無事に来れて良かった。
しかし、名前を言っている途中で転移が終わってしまうとは…。
いや、まだ希望は残っている……会った時に直接名前と文句を言えばいいだけのことだ。
『ふぅぅ』
「だ、だいじょうぶ?」
『はい。しかし、転移は元より、その最中に不可解な事もあり、その…少々疲れただけですので、心配には及びません』
「ボクくんも?私も不思議というか、頭の中に誰かが話しかけてきてさぁ」
ボク君の不可解な事は分からんが、紗友里にも話をしていたのか。
「ふっ」
「あ!先輩、何で今笑ったんですか!?」
「さぁな」
「驚きはしましたけど、別に騒いだりしてませんから!」
「はいはい。自発的に報告ご苦労様」
転移直後って事もあるから、今はタイミングが悪い。
落ち着いたら、シルディアさんと話した事を紗友里と共有しておくか。
「すぅぅ、ふぅぅ。静かで綺麗なところですね」
ここが青年が元々暮らしていた世界。
瓦礫と薬莢、血痕と放置された遺体が転がっているのとは対照的に、緑広がり静かでのどかな場所。転移直後に魔法使いと戦闘も覚悟していたが…
「あぁ。戦時中には見えんが……ボクくん、この辺りに魔法使いは?」
『ここは宿営地より内側にある草原。魔法使い様の目撃報告は耳にした事はございません。しかし、ボクがお二人の世界に行っている間に、宿営地が陥落していれば……』
つまり、宿営地の有無を確認しないと何とも言えないというわけか。
こういう時は早々に宿営地に向かうべきだが、俺と紗友里は魔法使いへの情報が乏しい。魔法使い=スナイパーと仮定して、陽が落ちた後に行動した方がいいか?
「ボクくん。両手震えてるけど、だいじょうぶ?」
『む…。刀を握れるので…ダイアス様に稽古をつけてもらっていた頃に比べたら、大した事はございません。お二人が良ければ宿営地に――』
「だーめ。ボクくん?その手、刀から離すことできる?」
僅かに腕の振るえが強くなったが、刀は握り締めたまま。
ボク君はまだ刀を握れているから大丈夫と言ったんだろうが、手を広げるのにも力が必要だからな。それが出来ないんじゃ、刀を握れないのと……ん?チッ!タイミングが悪い。
「はぁぁ……先輩?」
「あぁ。北東、背丈は百四十~百五十代、単独で近づいてきてんな」
『大助殿。紗友里殿。何の話されているのしょう?』
気配からして……六十四m/sってとこか。
速度だけならボク君や紗友里には遠く及ばんが、この速度で動き回られながら魔法……特に弾丸よりも小さく速い場合は少々厄介だな。
ボク君が目を向けて安堵しているって事は敵じゃないのは確かだな。
「間合い内。先輩…斬っていいですか?」
「やめろ。今のところ敵意や殺意は感じないから、相手の出方次第だな」
「でも、もし魔法――」
は?!いきなり速度が…
「紗友里!」
「――ッ!」
紗友里は武器を構えているのに、敵意や殺意は全く感じられない。
それどころか、俺達を見て不安や疲労が抜けたような表情になった。
「隊長。お迎えにあがりました」
『サーシャ。そうか、そういう事でしたか」
「どういう事ですか?」
『いや…。それより、村に行く途中だったのかい?』
「いえ?隊長と初めての音が聴こえたので、宿営地から走ってきました」
ふむ、宿営地がどれくらい離れているか分からないが、音を聞き分けて来たって事は、この子は俺達の中で一番察知能力が高いが、まぁ、なんというか…
「それで、この方々が――」
「か、かわいぃぃ!!」
「にゃ?!いきなりなんですか!放して…耳を触るにゃ!!」
カチューシャに見えたが、本物の耳だったか。
猫?狐の耳か?どちらも聴覚優れているから、耳だけでは分からんな。
まぁ、魔法使いがいる世界だから、獣人がいてもおかしくない……か?
「ボク君。あの女の子は?」
『サーシャはボクと同じ調査隊で、第二小隊の隊長です』
「ん?あの子も隊長なら、何でボク君のことを隊長って?」
『むかし……いろいろありまして』
いろいろ……人には必ず思い出したない過去がある。
ボクくんの表情を見るに、これ以上聞くのは野暮だな。
「紗友里、スキンシップはそれくらいにしとけ」
「え~。もう少しくらい――」
「……」
「は、は~い。わかりました~」
「ボク君、この子が来たって事は宿営地は無事って事でいいのか?」
『いえ……サーシャ。宿営地の現状を聞かせてくれぬか?』
戸惑いが混じった曇った表情と、口だけ動いて言葉を発しない間。
一応野営地は存続しているが、良い話ではなさそう。
「悪い事が二つと、良い事が一つ……いえ、二つです」
『なら、辛いだろうが悪い方から聞かせてくれぬか?』
「はい。まず、シル…シルディア様が……な……亡くなりました」
別人だと思いたいが、恐らく転移中に話かけてきた人だろう。
転移の最中……いや、ボク君やサーシャちゃんの方が、シルディアさんと関わった時間は多い。その分、心の傷は俺よりも遥かに深いはずだろうから、俺はまだ感傷に浸るべき時ではない。
『辛い事を……申し訳ない。これ以上は――』
「いえ!報告させてください!二つ目は調査隊の第四と第三小隊が消息不明。防衛隊と野営地を守っていた第五と第六小隊は全滅。サラさん率いる防衛隊も重傷者が多くて、現在第四と第三小隊の捜索と重傷者の手当をしてます」
宿営地を守るためとはいえ、被害が甚大すぎる。
人がいてこそ村となり、街となり、国になるんだけどな。
『サーシャ。捜索を開始してから、どれくらい経つ?』
「え?え、と…昨日の今だから、大体三十八時間くらいだと思います」
『む…。サーシャ。悪いが、お二人を宿営地まで案内してくれないだろうか?』
「それは構いませんけど…え?隊長はどうするんですか?」
『大助殿、紗友里殿。勝手で申し訳ないが――』
「そんな言葉はいらん。仲間のために早く行け」
「ボクくんが休めるように、私達もなるべく早く宿営地に向かうからね」
「……かたじけない」
音だけじゃなく、空気を揺るがすこともなく消えた。
一瞬の瞬発力だけなら、紗友里よりもボク君の方が速いな。
「えっと、これは、どういう状況にゃ?」
「サーシャさん。悪いが宿営地まで案内してくれないか?」
「そ、それは良いですけど、隊長はどこ行ったにゃ?」
「宿営地だと思うよ。捜索は悪い事じゃないけど、捜索をしてる人達が魔法使いに襲われる可能性もあるでしょ?これ以上の被害を生まないために、多分捜索の打ち切りを言いに行ったんだと思う」
万全の状態なら捜索は続けてもいいが、話を聞く限り調査隊と防衛隊は壊滅的な被害を受けているから、保身かつ残酷だが打ち切りが妥当だろう。
「そ、それは無茶です!」
「無茶?えっと、魔法使いってボクくんでも苦戦するほど強いの?」
「杖を持たない上級魔法使いには……ちがう!そうじゃない!隊長は二人の世界に行く前…防衛戦の時に大怪我してるの!」
「え?!その傷って、どれくらいの……いや、先輩!」
「チッ!あいつが元気になったら、ケツを蹴り上げてやる」
「それは駄目です!サーシャちゃん。今すぐ宿営地まで案内して!」
「もちろんです!!」
【とある魔術士の調査記録】
アルカディア大陸の中心には広大な平原が広がっている。
この大陸の上下…北と南側には、山を越えた先に大きな村?がある。
村の人達に何故あの平原にも居住区を広げないのか聞いたところ、どうやら作物が上手く育たたないらしい。具体的に、土の栄養は十分だから実りはするけど、大きさ,形,実の質,水分量において、全て偏りがあるとのこと。
それ以上に気になったのは、あの地に生活スペースを広げようとした人達全員が、あの場所に居ると気分が落ち着かないというか、言葉では表現しにくい不快感?不安感?を感じたとのこと。
僕も横断している時に、景色も空気もいいのに、何か居たら駄目な気がしたから、村の人達が言いたいことは分かる気がする。
根気強く聞き込みをして、あの平原は【最古の戦場】だという事が分かった!
その人も詳しくは知らないけど、遥か昔二人の魔術士が喧嘩をしたらしいけど、約八百万平方㎞を平原にする喧嘩は、もはや喧嘩ではなく殺し合いでは?と思う。
いや?どうなのだろう?
約八百万平方㎞を平原に変えたのは凄い事だけど、僕の目の前にいる魔法使いは、かつて大陸を塵にしたのだから、大陸が現存している分、喧嘩なのかもしれない。
記録内容が逸れてしまった。
平原には不自然な歪みや亀裂、陥没といった痕跡があった。
それに、あの平原にいると妙な気分になるのも、戦場跡地だった事が関係しているのかもしれない。作物が上手く実らないのも、何かしら影響があるのかもしれないけど……今度訪れた時に調べてみよう。
って、何で知ってるのに教えてくれなかったの!?
聞かれなかったから。
それはそうだけど……。
それに、謎は答えを追い求める時が一番楽しいんでしょ?
いやいや!確かに楽しいけどさ!それでも――
それより、その【音声記録術式】は、いつ閉じるの?
え?あ、あ!ちがう!これは記録じゃないから……
声だすと記録されちゃうよ?
そんなの分かってるよ!えっと、え~と……。
はぁぁ。少し貸して。
え?何でまた展開させちゃったの!?
きみが握るって決めた魔術書なら、きみ一人で出来ないといけない。さっき教えたとおりにやれば、術式は閉じるから、後は頑張ってね。
おはよう……なにしてるの?
あの、もう一回閉じるの……手伝ってくれませんか?
手伝ってほしいなら、起こしにくれば良かったのに。
いや、それは申し訳ないと言うか、出来なかったら置いてかれると思い…まし…て…
術式は閉じておくから、きみはベッドに……はぁぁ、何から何まできみと一緒にいると退屈しないね。




