第7話 VSルーメア
「グレイもきっと喜んで兄上すごいって言うはずです!」
ジャットとスニは儀式の参加を妨害されている俺のために、参加賞みたいな精霊石をこっそりと取りに来たんだという。
ジャットとスニがたどたどしくアシュフォード男爵家のお家事情を説明すると、ルーメアは心底嫌そうな顔をした。
「ふうん、ガキらしい浅はかな正義感ってほんとに苛つくわねえ。魔族としてはそっちの継子いじめの母親の方が欲望に忠実で好感がもてちゃうんだけど。そうねえ、アナタ達はご褒美にここで殺しちゃうんだけど、母親にはなんで我が子が死ぬはめになったのか、理由を教えてあげようかしら。憎い側室の子供のせいなのよって」
ウフフと冷酷な表情で笑うルーメア。
自分たちを始末するのだというルーメアのセリフに兄たちは無邪気に笑顔を返す。
祭の儀式で訪れた子供たちを操り封印を破らせ、あとは用済みだとばかりに全員の命を奪おうとする、原作通りの展開。本来はここで主人公のグレイがやってきてあっという間にルーメアを叩きのめすんだ。
俺が取得に失敗したチート能力で。
だから今の俺にできることと言えば…………
「ヒロト、あんた……」
「ごめん、姉ちゃん。あとは頼んだ」
「ッ…………分かってる、あんたそういう奴でしょ。いっつも考えなしに飛び込んでって。私がどんだけフォローしてると思ってんのよ!」
立ち上がる俺を止めようとして伸ばしてきた姉ちゃんの手を、ちょっとだけ握り返してすぐに離す。
泣きそうな顔の姉ちゃんが歯を噛みしめる。止めることはできないって分かってるから。
しょうがないんだよ。俺はチートで無双するタイプはもちろん、無能力者が努力と ひらめきで勝利するのタイプもどっちも好きだけど、どっちにしても子供見捨てる主人公なんて見たことないんだよ。
俺は覚悟を決めて動き出した。手を固く握りしめる。
こわばる顔に触れて無理やり笑顔を作る。
「兄さん、ここにいたんだ!」
俺は木の陰から出ると、枯れ枝を踏みしめ、音をたてながらルーメアの元に駆け寄っていく。
「あん? ―――――なんだ、あの時のガキじゃない」
一瞬身体をこわばらせ、瞳を紅く光らせたルーメアが言った。
「わざわざ魅了を使うほどじゃなかったわね。ちびのメスならともかくこっちのガキは何の耐性も魔力もないんだから」
「うわあ、祠のお姉さんだー。ボク、グレイって言います。仲良くしてください!」
いい感じにバカっぽくルーメアに近づくと、ジャットとスニがガードしてきた。
「ルーメアさま、こんなやつ放っておきましょう」
「おいグレイ、ルーメアさまキレイな人だからお前は近づいちゃいけないんだぞ!」
嘘だろ、ちょっと見直したと思ったらまたクソガキムーブしてきやがったぞこいつら。俺はお前らを助けにきたんだよ!
兄二人を無視して俺はルーメアに向かう。
「ルーメアさま、父上の書斎にしのびこんで王立学園からきた手紙を見てきましたよ!」
「うん? なんでそんなことを…………もしかして前にかけた魅了が残ってた? それにしても自発的に私のために働くって。眷属の適性があるのかしら?」
んなわけねえだろ。
でもまあ、そう勘違いするのは都合がいい。
こいつが一番知りたい情報は分かってる。王立学園からやってくる調査員のことだ。邪鬼ガルグランの封印が弱まっていることは感じ取ってるだろうけど、国側がどこまでそれをつかんでいるか、それは絶対に気になるはずだ。
「もっと詳しく言ってみなさい、坊や」
「はい! なんか国のあちこちでガルグラン様の眷属や手下の祠とか墓を回っていて………………」
俺は書斎で盗み見た手紙の情報を伝えてやる。
学園の調査員は他の眷属の祠を調べて国中を回っていること。過去の封印術式に現在失われた技法があって、それの再現のために研究に来たいのだと。
「そう、失われた術式とかあからさまな言い訳。そうやってガルグラン様の眷属を再封印しているというわけね。でも逆に言えばガルグラン様復活のお手伝いのために最初に駆けつけられるのはこの私ということ。それはとってもステキなお話…………それじゃあアナタ達はご褒美に苦しませずに殺してあげるわ。さあ、いらっしゃい」
ルーメアがなまめかしく指を動かして言った。
「はーい」
「うわーい」
兄二人がまるで飴玉でももらえるのか、って感じでルーメアに近づく。
俺は負けじと二人を押しのけてルーメアに飛びついた。
「んぐうううううううう!」
「痛ッ!? このガキ、何をっ!?」
俺が飛びついたのはルーメアのひょいひょいと曲げる仕草だけでいちいちエロい指。多分永久歯に生え変わってる歯で全力で噛みついた。
魔力無しで身体強化もできない俺。筋力から体格までルーメアに勝てる要素はないけれど、唯一そんな子どもの身体でも持ってる攻撃手段。それがこの噛みつきだ。
子供でも大人を泣かせるほどの攻撃力。下手すりゃ歯が生えたばかりの幼児に噛まれただけでも大ダメージが発生するんだ。俺達はよく親戚の子どものお守りを任せられるからな。身をもって知ってるんだ。
「離せこのガキッ!」
「うわっ!?」
空いてた方の手でルーメアが俺の顔に容赦なくパンチを叩き込んできた。
俺は弾き飛ばされ、ジャットとスニにぶつかって二人をクッションに地面に転がった。
「いっ…………てえ」
「えっ、何で俺たちこんなこと……?」
二人が正気に戻ったが、かまっている暇はない。俺は立ち上がりルーメアの身を睨みつける。
「どういうこと!? 私の魅了が効いていない!? でも、こいつの顔、完全に私に釘付けだったじゃない!?」
ああ、釘付けだったよ。ただしお前のおっぱいにな。
つーか、そこしか見てねえよ。また瞳を直視して魅了されたらやっかいだからな。ちゃんと対策はしていたけどさ。
「なっ!? このガキ、その手はッ!」
ルーメアが俺の左手に目をむける。
俺の握りしめていた手から血が滲んでいるのに気づいたらしい。
今まで裁縫用の布を握って隠していたけど、左手には刺繍針をぶっ刺したんだ。さっきルーメアに近づく前の仕込み。痛みで笑顔を作るのに苦労したぜ。
「魅了破りの方法を! ガキがそれをやるのか!」
そう、魅了とか催眠や幻覚は自分で身体を傷つければ痛みで破ることができるんだ。
日本では常識。これが知識チートだぜ。
「そう、やっぱりなんでかアンタは私の能力のことを知っていたってワケ。でも舐められたものね。ただの噛みつきだけで私に勝てるとでも思ってたのかしら。魔力無しのあんたには他に刃向かえる手はないものねえ。魔力の素質があった分、まだアンタの妹の方が抵抗できたでしょうに」
だろうな。
俺の姉ちゃんはいつだってすごいんだよ。
「――――まさか!」
ルーメアが自分で言って気付いたみたいだ。
振り返って目にしただろう。
姉ちゃんが小さな身体で堂々と立って、ルーメアに狙いを定めている姿を。
「我は ここに 神に 代わりて 告げる…………」
右手を向けて、小さく口にしているのは光属性の古代魔法の呪文。
姉ちゃんの増大した魔力量の殆どを使い切って、復活したてのルーメアに辛うじて効果がありそうな攻撃手段。
古代魔法は先史文明で使われてたすごい魔法って設定。
古精霊の力を借りて発動させる魔法で、魔力の量と高度な制御技術に加えて当時の言葉で正確な発音で呪文を唱えないと発動できない。原作の学園二年目の冬休み編で南国の遺跡に行ったときに、メインヒロインが隠れ住んでたエルダーエルフから授かったっていう展開があったんだ。
もちろんこんな序盤でネリィちゃんが使えるはずがない魔法だ。
だけど考えてみればその正しい呪文ってのは俺が考えてたわけで、その作り方は俺がカッコいいって感じるかどうか。
つまり原作で未登場の古代魔法の呪文だって、俺がピンとくる言葉を連ねていけば自然と正解になる可能性が高いってことだ。
後は正しい発音だけど、実はこの呪文ってルビを振ってたのはそのまんまラテン語だったんだ。スマホの翻訳ソフトに俺の考えた呪文を入れるとさくっと変換してくれるから、それをそのまま採用してたんだ。
いいよね、ラテン語。
ぱっと見では意味は分からないけど、何か一語ごとに神格宿ってる感じで雰囲気ばっちり。いろんな漫画とかで採用されてるのも当然。
もちろんこの世界にスマホもネットもないけど、今まで暗唱してきた漫画とかのラテン語呪文や技名の知識がある。
特に意外と琴姉ちゃんがラテン語の知識豊富で。ラテン語に複数形主格があるとかよく知ってんなあと思ったよ。
そうやって二人の記憶を合わせて作ったお手製のラテン語辞典から、俺のセンスでこれだ!ってくる呪文を選んで、それを姉ちゃんが発動させて、手応えあるぞってなる呪文を探したんだ。なんかパズル解いてるみたいな感じで。
何だかんだ深夜テンションで二人で大盛りあがりしたその成果がいま結ばれようとしている。
「汝の罪は 天に届き そして 裁きの光が その身を悉く 焼き尽くさん…………」
「ちいっ!」
「んがああああああああ!」
回避しようとするルーメア。そのお尻から出てる黒くて細い尻尾。先っぽの♤形になってる所に俺は噛みついた。
「信じるからな愚弟! スターライト・ライン!」
「しまった!?――――」
姉ちゃんの手から放たれた夜間の工事用のライトってくらいのすさまじい光がビームのようにルーメアの身を包む。ついでに俺も半身がビームに当たるけど、邪な心を持つ魔の者にしか効かない設定なのでノーダメージ。てか姉ちゃんは俺がダメージくらうかもって心配してなかったか?
「やった! 悪者を倒したぞ!」
「やったのか! ネリィ!」
泣いてたジャットとスニが歓声を上げた。よりによってそれかよってセリフで。
くっそ、こいつら余計なことしか言わねえな。
変なフラグが効いてしまったのか、光のビームが直撃したルーメアは。
「やってくれたわねえ、この小娘がっ!」
黒いボンデージファッションがボロボロになって露出度を上げながらも、意識を保って立っていた。
反対に姉ちゃんが魔力切れで倒れる。
「やばい!――――がふぉ!?」
姉ちゃんに近づこうとするルーメアに慌ててに飛びかかった俺も、裏拳で吹き飛ばされてしまう。
「アンタはこっちの小娘を始末してから相手をしてあげる。ここまでコケにされた以上、アンタはじっくりと時間をかけていたぶってあげるから待ってなさい」
ルーメアはそう言ってゆっくりと姉ちゃんに向かっていく。
早く助けないと…………
でももう身体が動かない。右足がへんなふうに曲がっちゃっている。血が流れているせいか身体が冷たくなってるのを感じる。
だから、俺にはもう泣くことしかできなかった。
「うわあああああ――――ん!」
「うわ……わあーーーー!」
「お母さまーーーーー!」
ジャットとスニも俺の血だらけの身体を見て、悲鳴を上げて泣き出している。
「ちっ、ほんとガキの泣き声ってのはうざいわねえ」
「あーーーーーん!」
姉ちゃんも前のめりに倒れたまま、女の子の甲高い泣き声をあげる。
ルーメアはそこで足を止めた。
「はーん、アンタたち。もしかしてそうやって泣き声をあげて助けを呼んでいるつもりなのかしら。村の人間なら子供を助けにきてくれるでしょうからねえ。でもね、言っとくけど、この村に私に敵う人間がいるとでも? いるならこの子供だけで私を相手どろうなんてさせないものねえ」
そうだ。
男爵も巫女の婆ちゃんもゴッゾ爺さんだって、このルーメアにかないっこない。姉ちゃんの光魔法が効かなきゃもう村には勝てる人間はいないんだ。
「うわあああああ!!!」
だから俺はただ泣き続けた。