94.腹を括らなきゃいけないって話
貴族学校は冬休みに入った。
最上級生である騎士団長の三男フレートゲルト・カービンは、今度の春には卒業して、フロンサード騎士団に所属することになる。
学生として時間の余裕がある時期は、今が最後になるだろう。
朝から晩まで剣の訓練をして、部屋に戻れば、手紙が届いていた。
それに目を通し、薄々感じていたことを強く認識する。
「――そろそろどっかで腹括んなきゃな」
霊海の森の向こうにいる親友からの手紙。
ここのところ頻繁にやり取りしているのは、ケイラ・マートを森の向こうへ移動させる計画が立ち上がったからである。
親友とのやり取りを交わすごとに、不明瞭だった状況がはっきりしてきた。
それと同時に、様々な思惑も動き出していた。
フレートゲルトは、この問題の、ど真ん中にいる。
知らない間にそんな立ち位置に立っていた。
自覚したのはほんの最近。
ふと「あれ? これ俺が動かないと何もかも動かなくなるんじゃ……?」と思った辺りからだ。
フレートゲルトも、森の向こうへ行った第四王子とだいたい一緒である。
家の後継ぎは優秀な長兄がいるし、もし長男に何かあっても次兄がいる。フレートゲルトが家を継ぐことはまずない。
そして、兄たちは優秀だ。
騎士としても、政治屋としても、フロンサードの要人としてなくてはならない存在になるだろう。
いや、もうなっているかもしれない。
そんな兄たちがいるから、フレートゲルトは気楽だった。
その辺は親友と一緒だった。
気楽に剣の道を追求し、のめり込んできた。
――そんなフレートゲルトは、謀や計画など、まるで得意ではない。
兵法くらいは学んでいるが、基本的に上に立つ者ではなく上からの指示で動く者だと自覚していたし、これから先もずっとそうだと思っていた。それでいいと思っていた。
そんな己が、まさか何らかの計画の中心に立つ日が来ようとは。
「……とりあえず飯食うか」
腹が減っていては何もできない。
――色々と考えることが多くて戸惑っているが、腹を括ってやるしかない。
つい先日、マート子爵家が動いた。
危惧していた心配そのままに、「不良債権の押し付けにしか思えない政略結婚」を組ませようと、ケイラに縁談を持ち掛けたのだ。
金持ちの後妻……息子に家を継がせた先代侯爵で、ほぼ寝たきりの七十歳の老人だ。
もう明らかに、ケイラを給料のいらない使用人として娶ろうとしている。
唯一の救いは、先代侯爵の評判は悪くないことだ。
ただ、さすがに孫同然の年齢差は、政略結婚が普通にある貴族社会でも眉を潜めるものがある。
ただでさえケイラには不名誉な事実があるのに、更に「金銭目的だとしか思えない結婚」までしてしまったら、完全に未来が潰れてしまう。
先代侯爵が亡くなった後、ケイラは本当に行き場所を失うだろう。
あまりにも風聞が悪すぎるのだ。そんな彼女を使用人として雇う者も、また結婚相手として見る者も、いなくなるだろう。
――だが、ケイラも貴族の娘だ。
たとえ老人相手でも、評判がすこぶる悪い相手でも、親が決めた結婚を拒むわけにはいかない。
それが貴族社会なのである。
「兄上、ちょっと相談したいことがあるんだが」
「ん?」
カービン家のテーブルには、二人だけが着いていた。両親は夜会に呼ばれて今日は不在である。
フレートゲルトと、もう一人。
ついさっきまで一緒に訓練をしていた長兄、オズマイズ・カービンだ。
大柄なフレートゲルトより少し小柄なのに、単純な力も剣の技量も頭の出来さえも、フレートゲルトを軽く凌駕する優秀な兄である。
「まあ顔は勝ってるけどな!」とフレートゲルトは思っている。
でも顔立ちはお互いそっくりなので、もう嫌になるほど父親にそっくりなので、正直どこがどう勝っているかなんて本人以外はわからない。
オズマイズも騎士である。
秋に魔獣討伐の遠征に出ていて先日帰ってきた。冬の間は家にいるらしい。
「女の口説き方はジャックに聞けよ。俺はわからん」
ジャック――ジャクロン・カービンは次男である。
母親似の美形でかなりモテているが、すでに恐ろしい婚約者がいるので、モテようがモテまいがあまり関係ない。でもモテる。
そのジャックは、今頃は恐ろしい婚約者と逢引き中だ。
「女のことなら最初からオズ兄上には聞かないだろ」
「はっはっはっ、フレは可愛いな。明日は足腰立たなくなるまで可愛がってやるからな」
オズマイズは笑っている。
だが、笑っていない。
冗談のつもりだったが、少々気分を害してしまったようだ――フレートゲルトは気を取り直して話を進める。
「実は」
「まあ待て。女の話だろ?」
「あ? いや……」
「レインティエ殿下の専属メイドのことだろ? じゃあ女のことじゃないか」
「な、なんで……!?」
「なんでも何もない。おまえが頻繁に王城に手紙を出したり顔を出したりしていたからだ。レインティエ殿下がいないのに、おまえが王城に関わる理由はないだろう」
確かに、ない。
ケイラと手紙でやり取りしたり、王城で行う騎士の訓練に参加するついでに直接会ったりしていた。
だが、フレートゲルトがケイラと関わる理由は、傍目にはないのだ。
「おまえの動きは目立っていた。
カービン家次期当主として、おまえが王城で何をしているかくらい把握しておく必要があった。果たして父上に迷惑を掛けるようなことはしてないか、とな」
ここ最近、フレートゲルトが頻繁に、特定の使用人と関わっている。
ちょっと調べれば、婿入りに際して王城からいなくなった第四王子レインティエの専属メイドだったという。
まず考えられたのが、フレートゲルトと特定の使用人の逢引きだ。
たとえ多少の年齢差があろうと、男と女とは、何があるかわからないところがある。
とある国では、王太子が庶子の女と結ばれたりしたこともあったとか。
男女の関係は常識では測れないものがある。
――だが、そういう形跡はない。
――じゃあ何が目的なのか。
「相談事、結構面倒な奴じゃないのか? ならば二人きりで聞いてやる」
周りに使用人がいる。
彼らは、重要でもそうじゃない話でも、騎士団長であり現カービン家当主であるフィリック・カービンに告げ口するだろう。
息子たちの思惑と、騎士団長であるフィリックの思惑は、かなりのズレが生じてしまう。
家庭内のことならともかく、家庭の外の話なら、フィリックは平気で国のために息子たちの感情や目的を切り捨てる。
兄はとりあえず、自分の胸だけに納めておくからまず話してみろ、と言っている。
フィリックが、フレートゲルトの悩み事を台無しにしないように。
「ありがとう、兄上。じゃあ後で」
「ああ」
そうして一旦話を終え、続きは食後に兄の部屋で行われた。
そして――
ざっと現状とこれからと最終的な目的を聞いたオズマイズは、考えた末に、言った。
「――正攻法では難しい。時間も掛かる。でも春までしか時間がないんだよな?
じゃあやるべきことは一つだ。
ケイラ嬢を誘拐することだな。でもって行方不明になったことにしてから向こうに送れ」




