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95.気持ちは変わらない





 夕食を終えた二人は、長兄オズマイズの案内で彼の私室へとやってきた。


「兄上、早速いいか?」


 のんびりお茶を飲みながら雑談などするような仲でもないので、フレートゲルトは早速相談に入る。


「おまえ、これ、結構大事だぞ」


 ざっと現状とこれからと最終的な目的を話すと、オズマイズは露骨に顔をしかめた。


 顔が父親に似ている。


 年々父親に似てきたな、とフレートゲルトは思った。

 悩んでいる時の父フィリックにそっくりだ。


 まあ、今はどうでもいいが。


 ……自分もいずれ似てくるのかなと思うと、ちょっと気持ちが沈んだが。それも今はいい。


「はあ……レインティエ殿下は霊海の森を越えた向こう(・・・)に婿入りしてたのか。俺の想像を普通に大きく越えているじゃないか」


「そうなのか? ……兄上でも解決は難しいか?」


「うーん」


 オズマイズは腕を組み、しばし思案し、そして言った。


 ――「ケイラ嬢を誘拐することだな」と。


 今度はフレートゲルトが顔をしかめる番だ。

 たぶん自分の顔も今は父に似ているんだろうな、と思いながら。


「現職の騎士で、将来の騎士団長とも言われる男の言うことじゃないだろ」


 誘拐。

 言うに事欠いて、まさか犯罪行為を推してくるとは思わなかった。


「あたりまえだろ。あくまでも表向きの話だ。

 そもそもケイラ嬢は、自分の意思でもって自分の足で行くんだろ? だったら誘拐は当てはまらない」


 確かにその通りだ。


「妙齢の女性が、自分の意思で、好きな場所へ行くだけの話だ。おまえはそれを手伝うだけ。どこに犯罪行為があるんだ?」


 オズマイズの言葉はやや詭弁っぽいが、しかし間違ってはいない。

 

「ただ、ケイラ嬢がいなくなる理由は必要だ。人が一人いなくなるって大変なことだからな。ましてや王城の使用人がいなくなるなんて、間者の疑いを掛けられかねない。そうなれば騎士団だって兵士だって血眼になって探すだろうよ」


「そのいなくなる理由が、誘拐?」


「いや、家出の方向がいいな。書置きでも残せばいい。ただし誘拐は途中で必ず入れろ。ケイラ嬢の移動の足跡を消すためにな。

 マート子爵家がケイラ嬢を探すかもしれん」


 ――知るのはもう少し先だが、マート子爵家は事業の失敗で借金を抱えている。


 ケイラの政略結婚を機に援助を求め、それで穴埋めするつもりで、このタイミングで政略結婚を言い出した。


 追いかけてくる可能性は高い。


「それと、大丈夫だとは思うが、ケイラ嬢の痕跡を追っていくうちにレインティエ殿下の婿入り先まで繋がってしまう可能性も、わずかだが発生してしまう。

 何せレインティエ殿下の専属メイドだからな。容易に関連付けられるだろう。


 ケイラ嬢はあくまでもフロンサード国内で消える必要がある。隣国が関わると面倒だからな。そして霊海の森とは違う方向へ行ってから、方向転換するといいだろう」


 ――さすがオズマイズ、頼りになる。


「もう少し詳しく話を詰めてくれるか? あと、父上には……」


「言わない方がいいな。あの人の立場ならレインティエ殿下の婿入り先を知っているはずだから、同じくその辺の事情を知っているケイラ嬢をみすみす見逃すことはあるまい。

 父上に言うなら、ケイラ嬢の安全と逃亡は諦めろ。


 だが事後報告はしろよ。

 全て正直に話して、そして父上にこっぴどく叱られろ。俺も付き合ってやるから」


 そんな頼もしい長兄との話は長々と続けられ、ケイラ・マート誘拐計画改めケイラ亡命計画は組み立てられていく。




 それから間もなく、ケイラ・マートは休暇を取り、王城を後にした。


 日数を指定して出した手紙で、「長い旅に出ます。このような形で職を辞する無礼をお許しください。」という書置き代わりのメッセージを残して。


 そして、彼女の姿と足跡は、消えた。

 まるで誘拐されたかのように、忽然と消えた。


 ――フレートゲルトの指示通りに。


 冬の最中に消えたケイラは、カービン家次男ジャクロンの婚約者の紹介で、秘密裏に修道院に身を寄せた。


 そこでひっそりと息を潜めるように過ごし、約三ヵ月ほどの時が流れた、春。





 マート子爵家は案の定、姿を消したケイラを探した。

 貴族学校でも、王城のメイドが消えたことが少しだけ噂になったが、すぐに消えていった。


「――フレートゲルト。後で必ず話せ」


 伊達に騎士団長ではないということだろう。

 父フィリックには、フレートゲルトの暗躍は完全にバレているようだが、なぜだか黙認してくれた。


 そんなこんなで、冬が過ぎた。


 無事貴族学校を卒業すると、すぐさまフレートゲルトは王都を発った。

 卒業旅行ならぬ修行の旅と銘打った時間で、つかの間の自由を得たフレートゲルトは、修道院にケイラを迎えに行く。


「気持ちは変わらないか?」


 そこで交わしあったのは、一言だけ。

 そしてケイラも「はい」と、一言だけ答えた。


 フレートゲルトは、すぐにケイラを連れて移動する。

 一日たりとも無駄にできない。


 もう、約束の時期は来ているから。

 サララの花は、咲き誇っているはずだから。





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