28.指先王子、畑を作る
「――おまえ俺のものにならないか?」
お、おう。
「あの……すまないが、私には嫁と子供がいるから……」
まだ候補ではあるが。
でも、未来の嫁と子であることは本当に間違いないことである。断固としてここで断らないと色々と大変なことになりそうなので、少々前借りだ。
「全員まとめて面倒を見る」
お、おう。剛毅な男だな……
「すまないが、白蛇族から離れることができないから……」
「……そうか。残念でならんな」
他意はないのだろう。
「俺のものになれ」も、本当に文字通りの意味で、男と男でなんだかんだという意味ではあるまい。たぶん養子とか従者とか弟分とか、そんな感じだと思う。
大狩猟で怪我をした戦牛族のこの大男は、一番初めに私の針治療を受けた者である。
今日で三日目の朝だ。
恐ろしいもので、この男が折った腕は、もう完治している。
聞けば、元々種族的に自然治癒力は高いらしい。
だが、骨折が三日で治るほどは、早くはないそうだ。
ささやかながら私の針治療の効果があったようで、それを気に入ったらしく、この身を所望されてしまった。
――だが生憎私は入り婿であり、己の所有権すら儚いものなので、好い返事ができるわけがないのである。
昨夜、タタララの弟と会ったり、向こうの集落の話を聞いたりと、いろんな事情を知ることができた。
一夜明けて、私はまた日常に戻る。
昨日知り得た情報を考えながら家の仕事をこなし、なんとか問題解決の策がないかと頭を捻りつつ大狩猟の日から療養している怪我人を治療し。
そして――新たな仕事に着手しようとしていた。
「畑? ……フッ」
ナナカナはすっと目を細めると、フッと鼻でせせら笑う。
「素人が畑に挑むの? あんまり畑をなめないでほしいんだけど」
おっと。
子供でありながらも、何やら一家言ありそうな態度である。
私も畑を持ってみたい、という話はしていた。
ナナカナは畑に詳しいようで、畑や作物についていろんな話を聞いてきた。
そして、いざ「本当に畑を持ちたい」と切り出したら、
「どの辺に作るの? 何を育てるの? 教えてあげるけど最初からうまく行くと思わない方がいいよ」
これである。
この態度である。
とても露骨な上からの態度である。
ふむ、背伸びする子供って可愛いな。
「なんで頭撫でるの?」
いつになく得意げで子供らしいナナカナをおだてつつ、具体的に話を詰めて行く。
場所は、ナナカナの家庭菜園から少し離れた場所。
私の家のすぐ隣の空いたスペースを耕そうと思っている。私の畑も家庭菜園程度の規模でいいので、世話にあまり手間暇が掛からない程度の広さでいい。
「実は婆様に黒長芋と縞大根の種を貰ったんだ」
先日の大狩猟の宴で、あの蛮族蛮族したシャーマンと少しだけ話す機会があったのだ。普段は本当に会わないから。
ぶちぶち文句を言われつつ「何か困ったことはあるか?」と遠回しに訊かれ、「特にない。畑をやってみたいくらいだ」と答えたらくれたのだ。
こうして実際に畑を作ろうと踏ん切りをつけたのも、種を貰ったからである。
「いいね。これから本格的に暑くなるし、黒長芋と縞大根ならすぐ育つと思うよ」
そうかそうか。畑に詳しいナナカナが言うなら間違いないな。
「レインの畑は全部黒長芋にして、いっぱい砂糖を作ろう」
「それは君の畑だけでいいんじゃないか?」
前に砂糖を作った辺りから、ナナカナの畑は黒長芋のみになってしまった。
もちろん、育ったそれらはすべて砂糖になる。
「ダメだよ。あんなものじゃ砂糖が足りないよ」
そ、そう……まだ少量しか作れない現状で、ナナカナには砂糖ブームが到来しているからな。きっともっともっと作りたいのだろう。
ちなみにナナカナは、集落でよく飲まれているお茶のようなものに、砂糖を入れて楽しんでいる。
「もっと砂糖を育てるんだよ」
砂糖を育てる。
黒長芋は煮たり焼いたりして食べても美味しいと思うのだが。
しかし、もはや彼女にとっては、砂糖の原料以外の物ではなくなってしまったのかもしれない。
「私は縞大根も育てたいんだが」
縞大根は根菜である。
縞模様の入った大根という感じで、味もそれに近い。ただし絶対に人型に育つ。
よく見ると苦悶の表情を浮かべているかのような模様も見えたり見えなかったりするが、あくまでもそう見えるだけである。
初めて見た時はマンドラゴラ関係の野菜かと思ったが、全然関係ないらしい。
……今気づいたが、関係ないって言われる方が逆に気になるな。なぜ人型に育つのか。こちら側の動植物は神秘に満ちている。
「ダメだよ。砂糖を育てるんだよ」
「いや、ちゃんと野菜も食べないと。ここのところ肉がメインの食事ばかりだし」
ここのところ野菜が不足している。
アーレ・エ・ラジャもタタララも肉が好きだし、ナナカナは果物が好きだし。
おまけに肉と並ぶ主食に近かった黒長芋が、最近は砂糖に化けるせいで、摂取している野菜の量が少ない。
塩もそうだが、偏った食生活はあまりよくない。
なんとか嫁と子供とついでに嫁の友達の健康状態を管理したい。それが台所を預かる者の使命であり義務でもあると思うのだ。
「ダメだよ。砂糖を育てるんだよ。砂糖を育てて」
子供は頑なに拒否するけど。
「いけません。私は縞大根を育てます」
「なんでー? 砂糖を育ててよー。ねえねえ。……ねえ! 砂糖! 砂糖!」
ナナカナが私の服を掴んでグイグイ揺するが、私は断固として縞大根を育っ……あっ力が強い!
「――帰ったぞ。何をしている」
育てる作物で微妙に揉めていると、アーレ・エ・ラジャとタタララが帰ってきた。
夏間近の昨今、すっかり日が長くなった。
まだ太陽は沈もうともしていないが……どうやら今日の狩猟は早めに切り上げたらしい。
彼女たちは、狩ってきた獲物や森の恵みを手に持ったまま、不思議そうに私たちを見ている。
「た、助けて……」
ナナカナが引きずるんだ。
腕を掴んでずるずると引きずるんだ。
砂糖を欲して私を引きずり回すんだ。
こんな、こんな親を力ずくで引きずり回すような子に育てた覚えはないのに。
「……なんだかよくわからんが、ナナカナ。やめろ。レインが泣きそうだ」
「だって! レインが黒長芋を育てないっていうから!」
――今現在、砂糖の存在はナナカナの独占状態である。ただでさえ生産量が少ないのにアーレ・エ・ラジャやタタララまで欲しがり出したら貰いが少なくなると考えてだ。
私としても、もう少し生産量の確保と砂糖を作る手間が省けるようにならないと、これ以上要求されても応えられないので、ナナカナと一緒に口を噤んでいる。
まあ、料理の調味料に時々使う程度である。
「黒長芋ならおまえの畑で育てているからいいじゃないか」
「……むう……」
さすが家長、強い。発言力がある。入り婿の私では引きずり回されるところを、ほんの一言二言でナナカナを納得させた。
「ここに畑を作るのか? ――よし、今日はまだ陽が高いからな、もう少しだけ働くか。タタララ、付き合え」
「ああ」
戦士たちの協力もあり、地面はあっという間に耕された。
ここに、集落にある大きな畑から貰ってきた土を混ぜ、二、三日置いて馴染ませると、完成だそうだ。
ナナカナの言う通り三日ほど土を馴染ませて、それから一緒に種を植えた。
私の指先は、かつて聖女が持っていた「豊穣」の力が少しだけ宿っているおかげで、すくすくと育ってくれた。
大狩猟で怪我をし、療養していたほかの部族の者たちが引き上げていった。
なんでも、もうすぐ雨季が来るらしく、その前に集落に帰りたいそうだ。




