第八話 竜胆迷宮3
迷宮で安全な場所は二か所ある。
一つは安全地帯と呼ばれる場所だ。迷宮によってまちまちであるが、魔石に囲まれた空間があり、そこには一切魔物が近づかないのだ。
現在研究されている部分では、それらの魔石が魔物の嫌がる魔力を発しているからだそうだ。
それらの研究から、市区町村には結界装置も作られたが……まだまだコストがかかるそうだ。
そのため、本当の緊急時以外は起動しない、という決まりだ。……本当の緊急時というのは、実紅のように封印の必要が出た場合の時間稼ぎ、と考えて間違いない。
そんな事態に遭遇したことは、少なくとも俺が生きてきた中ではなかった。海外では、何度かあったらしいが。
もう一つは、階層と階層をつなぐ階段だ。
基本的に、魔物は階層の移動を行わない。……ただ、外に魔物が出てくる現象のように、自然迷宮では誰も魔物狩りを行わないと、魔物たちの移動が始まってしまう。
そうなると、なかなか厄介だ。下の階層からあがってきた魔物が、上の階層の魔物を倒し、進化することもある。そうして移動した本来の階層以上の強さの魔物と対峙し、パーティーが全滅してしまったなんてこともあるとか。
だが、この迷宮は封印迷宮だ。人工的に作られたこの迷宮であれば、少なくとも、一階層と地上をつなぐ階段に魔物は出現しない。だからこそ、長年放置されてきたんだろうしな。
俺たちは今、その階段に来ていた。
「……なんとか、見つからずに戻ってこれたな」
「健吾、敵を回避するの上手ね」
「……まあな。一人で迷宮潜ってると、嫌でも鍛えられるんだ」
常に敵の先手を取り続けないと本気で死ぬからね。
その技術が無駄にならなくてよかった。
「たぶん健吾、基礎基本はそこらの冒険者よりもずっと優れていると思うわ。迷宮の歩き方や、トラップの警戒とか……全部私よりうまいと思ったわ」
「そんなことないと思うが……」
「そんなことあるわ。誇っていいわよ」
実紅にそう言われるのなら、たぶんそうなんだろう。
一人でやってきたことが無駄にならなくてよかったと心から思った。
「それより……」
実紅はちょっとワクワクしたように俺のアイテムボックスである袋を見てきた。
「素材の吸収、してみてよ」
「……そうだな」
やはり、元冒険者の彼女もこういうのに興味があるようだ。
その前に俺はステータスを確認する。
まずそこで驚いた。
鏑木健吾 『竜胆実紅の敵にのみ使う』
レベル0
物攻C(60)物防D(53)魔攻E(47)魔防D(55)敏捷D(52)技術C(60)
スキル 『吸収:EX』
「全部のステータスが結構あがっているわね?」
「平均、5くらいかな? ……魔物を倒していきなりこれだけあがるって普通じゃないよな?」
「ええ、そうね……そもそも一体倒したってあがらないことのほうが多いわよ」
「だよ、な。ってことは――」
「考えられるとすれば三つね。一つは元のステータスが低かったから。もう一つはゴブリンが格上だったから、とかかしら。それとも私が封印された迷宮だったからかしら?」
「やっぱり、竜胆迷宮内だったからとか?」
「ええ。そういう契約をしたからこそ、ここまでステータスがあがったのかもしれないわね」
「もしかしたら、それらの相乗効果かもしれないな」
「ええ。それも考えられるわね」
とりあえず……ゴブリンを倒せれば、ステータスはかなりあげられそうだ。それがいつまで続くかはわからない。
同じ魔物を何度倒してもステータスが全く上がらない、みたいな現象もあるらしいからな。
一年間、ひたすらゴブリンだけを倒すみたいな実験を行ったが、一週間程度でステータスに変化が出なくなり、一か月で打ち切られたとか。
逆に言えば、その実験が成功すれば、すべての冒険者候補はひたすらゴブリンを狩り続ければS級冒険者になれたかもしれないというわけだ。
「とにかく……今は吸収だな」
「そうね」
楽しみだね。一体どんな成長をしてくれるのか。
俺は取り出した素材と魔石をとりあえず分けておく。
「同時に吸収しないの?」
「うん。どっちのほうがステータスの伸びがいいか調べるためにな」
「……なるほど。冷静ね」
ワクワクしていたらしく、彼女はそこまで頭が回っていなかったようだ。
「いや……ステータスの伸びが悪い方は、今後売ろうかと思ってたんだよ」
「なるほど、現実的ね」
そう。まだ余裕はあるとはいえ、今後のことを考えればお金は貯蓄できるようにしておく必要がある。
両親へのお返しと……第一、迷宮攻略したら結婚生活が待っている。
貯金なしの男ではダメだろう。
まずは素材を体内に取り込んだ瞬間、どくんと心臓が一度脈打つ。
……だが、それほどの変化はないように感じた。ステータスを確認するが、すべてが+1、あるいは+2程度だった、
いや、決して低いわけではない。だが、さっきのステータスアップを見ていた手前、若干の拍子抜け感があった。
だからこそ、次は魔石だ。
まあ、そんなに上がらなくてもゴブリン狩りでステータスはあげられる。
そんな楽観的な感覚で吸収したのだが……瞬間、力が沸き上がってきた。
ステータスカードを取り出し、目を見開く。
「嘘……っ、こんなにあがるなんて!」
見れば、実紅もかなり驚いていた。
……俺だってそうだよ。
鏑木健吾 『竜胆実紅の敵にのみ使う』
レベル0
物攻B(76)物防C(65)魔攻D(59)魔防C(65)敏捷C(62)技術B(72)
スキル
『吸収:EX』
→『ゴブリン』
すべてのステータスが+10近くされていた。今まで貧弱だったステータスがたかが一度の戦闘でこれほどあがるとは思ってもいなかった。
それに、よくわからないスキルまで獲得していた。
「凄いわねっ、健吾」
実紅が俺のステータスカードを覗きこみ、跳ねるように喜んでいた。
「あ、ああ……それに、なんだこのスキルは?」
「……派生スキル、かしら? 昔みたとき、こんな表記のされ方だった気がするわ」
派生スキル。俺も確かに聞いたことがある。
例えば、ファイアショットを使い続けていたら、新しくファイアキャノンを覚えた、とかそんな話は聞いたことがある。
スキルによっては、使っていけば、成長するというのは冒険者なら多くの人が知っていることだ。
だが、『ゴブリン』? これに疑問を抱かずにはいられなかった。
……使って、みるか?
「悪いスキルではない、と思うわ」
「……そう、だな」
どのみち、だ。今の俺には、力が欲しい。使ってみるほかなかった。
実紅と一度視線をかわし……俺はスキル『ゴブリン』を発動した。




