第十一話 学校1
朝のことだった。
制服に着替えていた俺は、用意された朝食を見て、テーブルに向かう。
テーブル、といってもフローリングの床にぽん、と置かれたものだ。一人暮らしの俺にそんなおしゃれなテーブルは必要なかったからな。
彼女と向かいあうように座る。……味噌汁に目玉焼きに、ホカホカご飯。
朝食はいつも菓子パンとかで済ませていたのでこれだけで、涙が出てきそうだ。
何よりうまい! 実紅は料理の天才だった。
「そうだ。とりあえず俺は放課後にまた実紅の迷宮に行くつもりだ。たぶん、5時半くらいになるか? 実紅もその時間で合流でいい?」
「合流? 私も学校に行くのはダメかしら?」
「え?」
「い、嫌だったかしら? ……久しぶりに学校に行ってみたかったのだけど、まあ……もう百歳近いし……無理かもしれないけれど……」
「いやそんなことないって! ただ、もう実紅は家で休んでるもんだとばかりに思ってたからさ。一緒に行くの大歓迎だ!」
「本当? それならよかったわ」
ほっとしたように息をつく。
……そもそも、だ。一緒にいても誰にも気づかれないんだしな。
「けど、授業とか聞いても退屈じゃないかな?」
「高校生活を送っているあなたを見てみたいのよ」
「……う」
「顔真っ赤よ? どうしたの?」
からかうように彼女が覗いてくる。
そ、そりゃあな。慣れていないんだから仕方ない。
頬をかいてから、こくりと小さく頷くしかできなかった。
俺は最後の仕上げに、ネクタイをしめる。
「ちょっと、曲がっているわよ?」
近づいてきた実紅が俺のネクタイをぎゅっとする。
「……実紅、ネクタイ結んだことあるのか?」
「前に言ったわよね。……将来の夢はお嫁さんだって。このくらい、覚えたのよ」
ちょっと頬が赤い。可愛いな……思わずぎゅっとしたくなって――してしまった。
「……い、いきなりなにするの」
「わ、悪い……その、我慢できなくて、つい」
「……もう。別にいいわよ」
実紅はそれでも嫌がっている様子はない。
俺は少しだけ彼女を抱きしめてから、離れた。
実紅は耳まで真っ赤だ。けど、俺もたぶんそれに負けないくらい赤い。
って、いつまでもこうしてはいられない。遅刻してしまう。
「それじゃあ学校行くか」
「ええ、そうね」
家を出て、俺は通っている高校まで少し早歩きで移動した。
〇
学校での俺は、正直言って周りから距離を置かれていた。
……というのも、この学校に元冒険者学園の生徒がいないのが原因だ。
というか、普通冒険者学園に通っている生徒が、一般校に通うことが少ないのだ。
冒険者として魔物と戦うのは無理でも、例えば、魔道具生成などの、生産職を選ぶ人がほとんどだからだ。
学校からもそれを勧められるし、実際俺もその道を提示された。
……ただ、俺の場合どっちにしろステータスが低かったことが災いしている。たぶん、別の道を進んでもいい結果にはならなかったのじゃないだろうか。
ステータスカードを持つほぼすべての人が、レベル1から2はあるのに、俺は0のままだったからな。
迷宮都市にはいくつか、こうしたステータスカードを持たない生徒だけを集めた高校があった。
俺は特にそういうことを知らず、今借りているアパートから近い高校ということでここを進学先にした。
だから、か。
元冒険者という肩書きを持つ俺からみんなが距離を置いているのだ。
……俺もどのように歩み寄ればいいのか分からない。
というわけで、クラスでの俺はぼっちになってしまった。……いや、冒険者学園にいたときよりもいいんだけどね。あのときは、あまりにも弱すぎてよくいじめられてたし……。
教室についた俺は、のんびりと周りを見ていた。実紅も俺の周りとの距離に気づいたようだ。
「冒険者って、昔からそうだけどまだ特別な扱いを受けることが多いのかしら?」
『そう、かも』
さすがに教室でぶつぶつ話すわけにはいかないので、俺はスマホのメモ帳を使って文字を打ち込む。
「大変ね。私も……そうだったわね。S級ってだけで、やっぱり距離を置かれることがあったわ」
……強すぎると、そういうこともあるんだな。
しばらくして教室が騒がしくなってきて、やがて教師が入ってきた。
「それじゃあ、ホームルーム始めるぞ」
もうそんな時間か。
実紅と話していたらあっという間に時間が過ぎたな。
〇
昼休みになり、俺は実紅が用意してくれた弁当を持って教室を出た。
人の少ない場所は知っているので、そこに向かう。
「はぁ……つっかれたぁ!」
「お疲れ様。けど、まだ二時間あるわね」
もう早退して迷宮に潜りたい気持ちだったが、仕方ない。
弁当を取り出して、食べていく。
「学校生活で誰かの手作り弁当を食べる日が来るとは思わなかったな」
「そう? あなたの初めてになれてよかったわ」
……実紅はすぐに俺をからかうようなことを言ってくる。
「まだ、高校生活には馴染めてない感じね」
「……そう、だな。ていうか、入学式から一か月経ってるし、もうたぶん卒業までこんな感じじゃないか?」
「……入学式から一週間で友達作れないと終わり、っていうのは今の時代もあるのかしら?」
「ああ、もちろんな……」
「忌まわしき風習ね……」
俺たちは揃ってため息をつく。
実紅も似たような体験があるのかもしれない。
ただ、今こうして彼女と一緒にいられるだけで嬉しかった。
「私、冒険者学園にしかいなかったから、一般校って新鮮だわ」
「俺も、ちょっといろいろ驚いている。冒険者学園ってみんなギラギラしてるもんね」
「そうね。周りみんなライバルみたいで、いつも切磋琢磨してたわね」
「……のんびり、してるんだよな一般校って。別に悪い意味じゃないけどな」
「そうね。私もいい意味で、そう思うわ」
だから、ちょっと余裕が持てるようになったのはある。
冒険者学園にいたときは、今以上に焦りがあった。周りと常に比べられ、自分が大きく劣っているのがわかっていたからだ。
努力して、努力して……それでも、届かなかった。
「冒険者学園にいたときは、闇雲に頑張ってたんだ。有名になりたいとか、強い冒険者になりたいとか、誰かを助けたいとか……そういうの色々考えて、けど……漫然としてたかな」
「誰だって普通はそういうものよ」
「もっと、現実的に目標を立てていれば、もうちょっとだけ、マシなステータスになってたかもって思うんだ」
例えば、今は……ゴブリンを倒してステータスをあげる、という目標があった。
冒険者学園にいたときは、焦りもあって目の前が見えていなかったと思う。
とにかく早く強くならないと! ってばっかりだった。
「だから、実紅という助けたい人ができてよかったと思う」
「……あ、あなたね。いきなり、そんなこと、いわないでよ」
顔を真っ赤にしている実紅に、俺も思いだして照れてしまった。
何言ってるんだ俺。
恥ずかしそうにしている実紅が可愛くて、俺はちらちらと見てしまう。
……やばいな。朝からちょっとおかしいかも。
彼女と見つめあうこと数秒――。
「実紅……そのキス、してもいいか?」
「な、なによいきなりっ」
「……い、いやその、えーっと」
……なんだか無性に、彼女が愛おしくなって、何かしたいと思ってしまった。
き、気持ち悪がられてしまっただろうか?
「わ、悪い、その――」
「……別に」
そこで、彼女は顔を真っ赤にしたまま、唇を僅かに尖らせて。
「……いいわよ」
消え入りそうな小さな声でそういった。
い、いいのか。
ドキドキ、と心臓が高鳴る。彼女をじっと見つめ、そしてゆっくりと近づく。
そっと触れて、すぐに離れた。俺にはそれが限界だった。
ゴブリンと対峙しているときより、動悸する。
「……」
唇に手をあてた実紅は、ふふ、っと柔らかく微笑む。
「健吾、今他人から見たら一人で顔を真っ赤にしている変な人になっちゃってるわよ?」
「……そ、そうだよな」
「それでも、もう一度いい?」
嬉しそうに笑う彼女に、
「……いいよ」
受け入れるしかなかった。




